聞かせたい人
――あの頃、三人が揃わない時には、他の二人で遊ぼうって事になるのは少なくて、学年が違う事もあって、圭介の都合が合わないことが多くなった。
そんな時、響と二人で遊ぶ訳ではなくて、一人で過ごしていた。響から私を誘う事もなかったし、お互いに圭介抜きで遊ぶなんて考えてもいなかったんだと思う。だから、響が一人で何をしているかは知らなかったし、別にそれでいいと思っていた。
あの日はお母さんに頼まれてお使いをした帰り道だった。
私は、歌を思いっきり歌える場所を探して、買い物袋を片手に、学校とは反対側の河原の土手を歩いていた。その辺りは町からも離れる方向で、民家もポツポツとあるだけで、歌うには最高の環境だった。
小学校低学年の時には人前で大きな声で歌う事に抵抗はなかったのだけど、高学年になってからは周りの目が少しだけ気になる様になってしまった。歌い終わると拍手をくれる人もいたけど、やっぱり少し迷惑を考えてしまう。
カラオケに行くのも考えたけど、一人で入る勇気はなかったし、狭い部屋の中で歌うのは嫌いだった。でも、その河原でなら思いっきり歌っても大丈夫そうだと思った。
土手を降りて、川のすぐ近くまで歩くと思った通り静かだった。窪んだ地形のおかげか、周りの音が聞こえにくい。
風が強くて、寒さに負けて今日は返ろうかと思って土手を上がろうとした時だった。
聞き覚えのある歌声が、風に乗って飛んできた。最初は空耳かと思ったけど、耳を澄ますと確かに聞こえる。
私の胸はその声に答えるかのように段々と高鳴り、足は自然と風上に向かって進んだ。
――いや、でも、まさか、そう思いながらも足は止まらない。
早く確かめたい。もっとはっきりと聞きたい。聞き間違いでないなら一緒に歌いたい。
そう思って、声のする方へ走った。
すぐに歌声の主は見つかった。
「やっぱり……」
歌っていたのは、響だった。
走ってきた私に気が付く事もなく、大きな声で歌っている。
普段の大人しくて恥ずかしがり屋の響を思うと、外で歌っているなんて不思議な光景だった。その不思議さに足は止まって、響に見つからないように物陰に隠れる。
――なんで?
頭に浮かんだ疑問に答えは出ない。
何で歌っているのかは分からないけど、でも、やっぱり上手だな。好きな声だなと、思った。話す時よりも少し高くて、のびやかで柔らかい。どんな音でも出せそうな、甘く優しい声。響らしい歌声。聞いているだけで落ち着いてきて、心地良い。
歌っているのは何の曲だろう。確かに聞いたことがあるんだけど……。
思い出そうとしても思い出せなかった。
しばらく響の歌を聴いて、見つからないようにこっそりと家に帰った。
家に帰った後、お母さん得意のホワイトシチューを食べている時も、温かいお風呂に入っている時も、響が歌っていた歌の事を考えていた。
「いつ、どこで聞いたんだっけ?」
モヤモヤした感情だけが溜まっていく。
風呂から上がって、自分の部屋に戻りベッドに寝転がっても、まだ考えていた。
昔流行った曲だ。でも、テレビやラジオで聞いたんじゃない。
「あー、もう!」
とても大切な事の様な気がしていて、それが思い出せなくて歯がゆかった。
仰向けのまま足を高く上げて、乱暴にベッドに打ち付ける。
「痛い! あー、思い出せない!」
諦めかけてそっぽを向くと、本棚にあったアルバムに目が引き付けられた。
同時に、記憶とあの曲が結びついた。
「そうだ! あの歌――」
本棚に転がる様に近づいて、アルバムを引っこ抜いてページをめくる。幼稚園の頃の、お遊戯会の写真を見て、自分の記憶が正しいと確信した。
あの歌は、響の歌声を初めて聞いた歌だ。
あの後も何度か幼稚園でも歌を歌う機会はあったけど、響の声は一層小さくなっていて、聞こえなかった。
思い出せて、すっきりして、これで良く眠れると思って再びベッドに寝転んだ。
目を閉じると、もう一つの疑問が浮かんできた。
――でも、なんであの歌を歌っていたの?
何度もあの歌ばかり歌っていたのはなぜだろう。まるで練習している様に繰り返して。
「聴かせたい人がいる……とか?」
誰だ、そんな羨ましいやつは。
でも、響が歌を聴かせたい人? 親しい人だよね、両親とか、それか圭介か私くらいしか浮かばない。しかもあの歌って事は――
「あっ」
――そこまで考えて、答えが浮かんだ。
私に、聴かせたかったの?




