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僕が歌う君の歌  作者: 岬ツカサ
二章 変わらない二人と譲れないもの
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ヒロインになる

 歌音ちゃんの体がびくっと震えた。

「やっぱり、そうなんだね」

 返事はないままだったけど、歌音ちゃんの目に力が入った様に見えた。

「だったらさ、なんで響くんと付き合わなかったの?」

 自分でも驚くくらい、口調が強くなってしまった。

 歌音ちゃんはそれでも怯まずに、携帯を操作して文章を打つ。

〈私だって、付き合いたいよ〉

「だからその理由を聞いてるの」

 さらに強い口調になってしまう。

 歌音ちゃんは私を見つめて、苦く笑いながら入力する。どこに笑う要素があったのか分からなくて、見下されてるみたいに感じた。

〈怒ってるね〉

「怒ってないよ」

〈だったら、苛立ってる〉

「苛立ってもない!」

 嘘だ。こんなにも分かりやすく声に出てしまっている。

〈私も、怒ってるよ。なんで私が響と付き合えないの? 私の方が響の事を好きなのにって、凄く怒ってる。叶ちゃんが羨ましくて仕方がないよ。でも、怒ってるって伝わらないでしょ? そう、伝わらないんだよ。こんなものじゃ〉

 歌音ちゃんが携帯を強く握りしめた。力を込めすぎて小さく震える手を見て、やっと彼女の強い感情に気が付いた。

 私の事を見下していたんじゃない。言葉を持つ私を羨んでいたんだ。

「でも、だからって、付き合わないの?」

 響くんの気持ちには気付いていたでしょ? と続けたかったけど、今にも泣きだしそうな彼女の横顔を見て、言えなくなった。

 しばらく、沈黙が続いた。

 日は完全に落ちて、辺りは真っ暗になっていた。暗闇に浮かぶのは民家のオレンジ色の明かりだけだ。

〈圭介の事、叶ちゃんは知らないんだよね?〉

「うん、知らない。幼馴染の男の子って事だけしか」

〈そっか、だったら、教えてあげる。ちょっと時間かかるけどいい?〉

 私が頷いたのを確認して、歌音ちゃんは携帯に入力し始めた。

 十分ほどが経って、やっと打ち終わったのか、携帯を見せてくる。

 そこには、幼稚園の頃から仲が良かった事、歌音ちゃんが響くんの事をずっと好きだった事、圭介君に頼んで響くんに告白しようとした事、自分のせいで圭介君が亡くなった事、圭介君が亡くなった後、響くんがしてくれた事が書かれていた。

 言葉を交わせないから、歌音ちゃんと深く話した事はなかったけど、今日初めて、歌音ちゃんの事を知れた。

 そして三人の事を聞いたことで、一つの仮説が立った。それは卑怯だけど、私が勝つには重要な事だった。

「……」

〈分かった? だから、私は響とは付き合えないの〉

 歌音ちゃんの立場で考えたら、何も言えなかった。

 私だって、同じ状況になったら動けなくなってしまう。

 好きだって、言えなくなってしまう。

 ――でも、それより。

 そんな状態でも、ずっと愛情を与えられたら、どれだけその人の事を好きになってしまうんだろう。私なんかには想像も出来ないくらいに、響くんは歌音ちゃんの支えで、救いだったはずだ。当然、歌音ちゃんの想いだって積もっていく。

 私だって長い間片思いをしていた。でも、その想いと、歌音ちゃんの想いはどっちが強いだろう、重いだろう。

「聞かなければ良かった」

〈駄目だよ。ちょっとは苦しんでくれないと。不公平じゃない〉

 歌音ちゃんはそう言って、悲しそうに微笑んだ。

 溜息をついて、後ろの鉄棒を掴んで天を仰ぐと、一面の星空が広がっていた。黒と光の混じった闇色に包まれて、自分の小ささを実感させられる。

 空を見ていたらふと、疑問が浮かんだ。

「じゃあさ、なんで私と付き合う事に反対しなかったの?」

〈そうしないと、響が幸せになれないから〉

 帰ってきた短い返事は、期待していた通りのものだった。

「じゃあ、なんで今日は一緒に来たの?」

〈……響の横にいるのは、私〉

「それって結局響くんの事縛ってるよね?」

〈違う。居て当然だから、家族だから居る。一回でも遠慮して譲ったら、それこそ壊れちゃう〉

「それだけで壊れる関係だって分かってるんだ? 分かってるのに「彼女は作ってもいいけど、一番は私」って顔してるの? それが一番響くんが苦しむんじゃないの?」

 嫉妬が半分、響くんの恋愛感情が抜けてしまった原因を作った歌音ちゃんへの怒り半分で捲し立てた。

 そうしないと、同情して、味方してしまいそうだった。

 だって、こんなにお互いが好きなのに、好きって言えないなんて、不幸すぎる。

 でも、私だって。

 私だってずっと好きだった。六年も見てた。やっと好きだって言えた。付き合ってくれた。デートも出来た。部屋にも行った。

 これから、響くんが本当に私の事を好きになってくれるかもしれない。

 自分の想いがどれだけちっぽけに見えたって、それが私のありったけなんだから、悪あがきくらいしてもいいはずだ。

〈傍にいるくらい、いいでしょ〉

 歌音ちゃんは瞳に涙を溜めていた。じっと私の目を見つめて、離さない。

 意思の強さに頷きそうになってしまう。

 でも、駄目だ。本当に響くんと付き合っていくなら、歌音ちゃんの望みを聞いてはいけない。

「……さっき話してたタイムカプセルに、なにかあるの?」

〈……なんで今その話になるの?〉

「傍にいたら、さっきみたいな反応するでしょ?」

 その度に私は不安になる。

 響くんの感情が戻って、捨てられるんじゃないか。

 私の事なんて忘れちゃったみたいに、歌音ちゃんの方へ行ってしまうかも知れない。

〈さっきの反応って〉

「響くんの質問に、固まったでしょ? タイムカプセルに何を埋めたかって話の時」

〈そんな事ない〉

「あったよ。分かったもん。ねぇ、何があるの? どこにあるの? そんなに大切な物なの?」

〈たいしたものは入ってないよ。埋めた場所は小学校のけやきの根元。……気になるなら掘ってみたら?〉

 これ以上、何も話したくないように見えた。

 自分と響くんとの関係をこれ以上壊すなと、これ以上取らないでくれと、眼が語っている。それでも、それだから、私は冷酷にならないと勝てないと思った。


「ねぇ、いつまで響くんを縛ったままにするの? 私なら、響くんを幸せに出来る。お願いだから、もう響くんを解放してあげて」


 ひどい事を言っているのは分かっている。でも私は心配で仕方なかった。響くんに好かれている自信もなくて、少しの事で崩壊してしまいそうな響くんとの関係を壊さない為には、こうするしかなかった。

 歌音ちゃんは何も言わなかった。その代わりに、溜まっていた涙が彼女の頬を伝っていた。涙は雫に変わって、地面に落ちていく。

 涙を見て、初恋っていうのはこんなにも辛いものなのか。なんて、他人事の様な感想が頭に浮かんで、すぐに自分に刺さった。

 初恋に苦しむ同士、私たちは仲間なのかも知れない。でも、片方の初恋が叶うって事は、片方の初恋が終わるって事だったから。

 私たちは必死にもがいて戦うしかなかった。

〈嫌だ〉

 歌音ちゃんはそれだけ打って、首を横に何度も振った。嫌だ、嫌だ嫌だと声は出ないけど何度も口を動かしている。

「響くんの幸せを考えてよ」

 それだけ、何とか絞り出して、ジャングルジムから飛び降りる。一瞬の浮遊感があって、すぐに強い衝撃が足に響いた。

「じゃあね」

 取り残された歌音ちゃんに向けて出来るだけ冷たく言った。

 歌音ちゃんの残酷さが際立つように。

 歌音ちゃんを傷つけるために。

 街頭が届いてないのが幸いして、傷ついた彼女の表情は見えなかった。

 代わりに、星空を背負ったシルエットが見えて、その姿が物語のヒロインみたいだななんて思ってしまう。

 公園を一人で出て、自転車に乗り、少し経ってから気が付いた。

 ――歌音ちゃんがヒロインなら、響くんと結ばれるのは。

 そこまで考えて、首を振る。

 これは私の初恋なんだから、ヒロインは私に決まっている。

 力一杯ペダルを回して、田んぼ道を走る。

 風を受けて髪をなびかせていると、私だってヒロインになれる気がした。


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