初めての部屋
――放課後、校門前。
「じゃあ、僕は歌音を送っていくから」
響くんがそう言って、私に手を振った。歌音ちゃんも手を振って、二人で自転車に跨って、漕ぎ出そうとしている。
「――待って」
二人の背中を見ていたら、つい言ってしまった。
響くんが不思議そうな顔をして振り返る。
「響くんの家、行ってもいい?」
それ以外に、二人と一緒にいる方法が浮かばなかった。口に出してすぐ、後悔した。
響くんは困った表情をして、歌音ちゃんの事を見た。
あぁ、やっぱり。
だから言わなきゃ良かったんだ。
響くんの気持ちは、歌音ちゃんにある。
こんなに分かりやすいのに、響くんはその気持ちに気付かない。
響くんの本当の気持ちは分かっていて、告白したけど、実際にその時を迎えると、想像以上に苦しかった。
響くんの視線を受けて、歌音ちゃんが私の方を見た。
私は歌音ちゃんの視線に耐えられなくて、顔を伏せる。
「も、もしよかったら歌音ちゃんも!」
口をついて出た言葉に、自己嫌悪で苦しくなった。
「えーと、じゃあ、行こっか」
響くんの声に顔を持ち上げる。
行こうって事は、歌音ちゃんは頷いたんだろう。謝る事も出来ずに私は立ち尽くした。
響くんはもう前を向いて、自転車を漕ぎだそうとしていた。歌音ちゃんもそれに続く。私も、歌音ちゃんの後ろを走るしかなかった。
響くんの家の方向に進むと、景色が段々田舎になってくる。住宅街もなくなり、畑と田んぼが増えて、用水路の蓋もなくなる。
響くんが後ろをチラチラ気にしている。車を気にしながら歌音ちゃんの事もしっかり見ている様だ。道路を横断する時、響くんが確認すると歌音ちゃんは後ろを振り返ることなく、響くんについて横断する。
あまりにも自然な動きで、ずっと2人がそうしてきたのが伝わってくる。信頼しきっている事も分かって、落ち込んだ。
そのまましばらく走って、道路の舗装が剥がれてきた頃、響くんの家に到着した。
「ここ、なんだけど」
周りは畑に囲まれていて、住宅がポツポツと点在しているうちの一つが響くんの家だった。他の家と比べると少し新しいのが分かる。
「ただいまー」
「お、お邪魔します」
緊張しながら玄関に入ったけど、誰もいないみたいだった。お母さんは買い物に行ってるのかもって事だったけど、ていうことは、もしも歌音ちゃんに声をかけなかったら二人きりだったって事?
――響くんの家で、二人きり。
想像して、心臓が持たないと思った。
歌音ちゃんにも声をかけたのは失敗だと思っていたけど、そうでもなかったかもしれない。




