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僕が歌う君の歌  作者: 岬ツカサ
二章 変わらない二人と譲れないもの
13/25

初デート

 日曜日。僕は初日と電車に乗っていた。

 今は何をするでもなく横に座っている彼女に目を移す。

 初日は、髪をいつものお団子ではなくまっすぐに下していた。鎖骨の辺りまでさらりと伸びた髪は見た目から触り心地が良さそうだ。それにいつものメガネもしていなくて、多分コンタクトをしている。そのせいか普段よりも活動的な感じに見える。クラスメイトが今の彼女を見たら結構、驚くと思う。

 服は紺色のワンピースに白のカーディガンを合わせている。袖から伸びる腕の内側と外側の色の差に夏らしさを感じて、ドキッとした。

「響くん、今日は付き合ってくれてありがとう」

 僕の視線に気が付いたのか、初日がこっちを見て、はにかみながら言った。

「いやいや、図書館なんて行くの久々だし、楽しみだよ」

「うん、最近出来た場所でね、中にカフェとかもあってゆったり読めるんだ。それに置いてある本も多くて、きっと響くんも読みたい本が見つかると思う」

 初日の説明に熱が入る。僕も小説は読むことが多いし、新しく出来た図書館と聞いて楽しみだった。


「凄いね」

 電車に揺られて二十分の所にこんな施設が出来ていたなんて、知らなかった。

 図書館の中は壮観だった。

 ドーム状の建物の曲線に合わせられた本棚が並び、まさに三百六十度本の世界が広がっている。

 建物が新しいせいか、木の匂いがして落ち付いた。本のインクの匂いと混じり合って、例え目を瞑っていたとしてもここが図書館だと分かったと思う。

「凄いでしょ」

 僕の反応にご満悦の様子で初日は小さく笑っていた。

「本選んで、二階行こ」

 初日はそう言って自分の目当ての本があるのか、奥の方へ歩いて行く。付いて行こうかと思ったけど、図書館は自分で本を見つけるから面白い。

 この静かな雰囲気の中、二人で行動するのも憚られたこともあり、僕は僕で自分用の本を探してみる事にした。

 ――一般書、児童書、日本の小説……哲学、歴史、芸術、産業、社会科学、自然科学、言語、そして文学と多種多様な本が整然と並ぶ。

 自然科学だとか哲学だとか、一生縁のなさそうな本ばかりに見えたけど、大学生くらいの男性が真剣な表情で本を選んでいて、そう遠くない未来に僕にも必要になるのかも、なんて考えていた。

 でも今はまだ、物語のある小説を楽しんでいたい。

 本を選ぶ時にはあらすじを読むのもいいけど、気になったタイトルの作品を選んでみるというのが面白い。

 ちょうど、気になるタイトルを発見した。

 『捨て猫のバラッド』

 そそられるタイトルだった。表紙には猫の尻尾が描かれている。まるで、写真を撮られる事を嫌がった猫が逃げ出して尻尾だけが写った様な構図。表紙にしては余白が多い。

 パラパラと中身を確認すると文の量もそれほど多くない。二、三時間あれば最後まで読み切れるくらいだと思う。

 これにしよう――本を持って中央のエスカレーターに向かうと、初日がエスカレーターの横で待っていた。初日も片手に一冊の文庫本を持っていた。

 二階に行くとフロア全体が大きなカフェになっていて、ソファでくつろいでいる人、丸テーブルで会話を楽しんでいる人、飲み物片手に本を読んでいる人などがいた。一階よりはざわめきがあるけどうるさくはない程度だ。静かすぎる空間よりかえって落ち着くかもしれない。

「カフェのカウンターで本を借りる事も出来るし、気に入った本は新品を買ったりも出来るよ。館内で読むだけなら借りなくてもいいし、飲み物を飲みながら読めるし、何より……雰囲気が好きなんだ。この、本を好きな人が集まっている感じ? 読書の邪魔をしない程度のざわめきとか、好き」

 初日も似たような事を考えていたみたいだ。

 カウンターでアイスコーヒーとアイスラテを頼んで、二人並びで椅子に座ることにする。建物の中央は吹き抜けになっていて、それに沿うようにイスとテーブルが設置されていた。座ってみると吹き抜けから一階の様子が見下ろせて、多くの人が思い思いに本を選んでいる様子は、それを見ているだけでも飽きない面白さがあった。自分の好きなジャンルの本を選んでいる人なんかを見ると、友達になれるかも……なんて妄想が広がる。

 初日の様子を気にすると、既に本の世界に入っているみたいだった。視線がリズミカルに上下に動いていて、普段から本を読むんだなと思った。

 確かに、ここでおしゃべりって感じでもないけど……デートってこういうものなのだろうか。デートといえば遊園地とか、一人では入れないおしゃれなカフェとかに行くものだと思っていたんだけど、そういう訳じゃないみたいだ。

 初日が来たい場所に連れてきてくれたのかな?

 ――なんでここに来たのか聞いてみよう。

 そう考えながら『捨て猫のバラッド』を開いた。


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