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僕が歌う君の歌  作者: 岬ツカサ
一章 分からない気持ち、届かない声
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奇跡を信じて

 ――次の日。

 叶ちゃんに告白されて、響は揺らいでいる様に見えた。その姿を見て苛立つのはさすがに傲慢なのかな。家族愛に変えておいて、なんで私以外の女と付き合うの――なんて言っていい訳がない。

「歌音はどうしたらいいと思う?」

 響はそうやって聞いてきた。

 自分で招いた結果だとしても、きつかった。出来るだけ、表情を崩さないように、私は携帯から返事を出した。

〈付き合ってみたらいいんじゃない?〉

 響のイヤホンからは冷たい音が聞こえたと思う。それでも響は「考えてみる」と言った。

 響が迷えば迷うほど、私の罪悪感は大きくなって、このままじゃ罰は終わらない様な気がしていた。


 それから毎日、私はいつも通りの態度でいる事を心掛けた。響は私の表情にも鈍感になっていたけど、嫉妬しているのに万が一にも気付かれたくない。

 叶ちゃんが響に話しかける頻度が増えていたから、席を外すようにしたけど、それ以外はいつもと変わらない日々だった。

 響と学校に行って。

 響の隣で授業を受けて。

 響とご飯を食べて。

 響と帰って。

 ――自分がどれだけ響に依存していたのかを思い知った。

 響が叶ちゃんを選ぶように、私はいつも通りでいなければいけなかった。

 その私の態度が響には冷たく、自分に関心がないように見えたんだと思う。私が携帯で嘘をつくたびに、響は悲しい表情をしていた。

 信じたくない。

 そう思っている様に見えた。

 ――イヤホンから聞こえる音なんか信じなくていい。

 そう言いたかったけど、罰は終わらない。

 響が自転車に乗っている時に決定打を放ったのは、いい加減、イヤホンから聞こえる冷たい音に耐えられなくなったからかも知れない。

 あの日は朝から空が曇っていて、響の笑顔が固くって、嫌な予感がしていた。

 伝えられたのは帰り道だった。前を走る響が、決意なんて固まっていない様な声で言った。

「付き合ってみようと思っているんだ。いいよね?」

 そう言われて、響への感情が溢れた。

 自転車に乗っている時も歩いている時も、いつも後ろを気にかけてくれる響の優しさが好き。

 チラッとこっちを見て、薄く微笑む響の横顔が好き。

 でもそんな事、今になって考えてもどうしようもない。

 自転車で通学するようになってから、私は毎日、響の背中に向かって歌を歌っていた。

 あの日歌うはずだった、響の為の歌。

 でも私の喉から出るのは声にならない、空気が擦れたような音だけで、いつまで経っても響には届かなかった。

 小学生の私が作った、真っすぐな恋の歌。

 声が出れば、歌えれば、私の方が響の事を好きだって伝えられるのに。

 必死になって歌おうとしても、声は出ない。

 遠くから聞こえた小学生の笑い声の方がよっぽど大きかった。

 悔しさと悲しさが重なって、涙がこぼれた。

 なんで響に彼女が出来る事を望まないといけないの、私が一番響の事が好きなのに。

 自分に腹が立って、右手で喉を強く掴んだ。呻き声すら出やしない。

 沈黙が長くなったのが気になったのか、響が振り返るそぶりを見せた。

 駄目だ。

 泣いている姿を見せたら、また響を縛ってしまう。

 響が幸せになれなくなってしまう。

 そんなのは絶対に嫌だった。

 右手にさらに力を込めて、役に立たない喉を締め付けながら、左手でベルを鳴らした。

 私の声なんかとは違って、ベルは簡単に力強く鳴り響いて、響の耳にも届いたみたいだった。ベルの音を聞いた途端、響は振り返るのをやめて前を向いた。

 傷つけたのが手に取る様に分かって、胸が苦しくなった。


「響、違うよ。私は響の事が好きだよ! ずっと傍にいて欲しいよ! 二人でしたい事だって、数えきれないほどある! だから……行かないで」


 奇跡を信じて声を出そうとしたけど、神様は私を許してはくれなかった。

 目の前にあるはずの響の背中が、途方もなく遠くに感じる。

 響は今、どんな表情をしているのだろう?

 辛そうな表情をしてるのかな……そうだったらいいなと自分勝手な事を考えながら、頬を伝う涙を拭い、響の後ろを走った。


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