プロローグ
―――――春。
それは別れの季節であると同時に、新しい出会いのある季節。
桜が舞い散り、寒すぎず暑すぎずの心地の良い春風が
体全体を包み込んでくれる。
愛郷高等学校に所属し今年に学年が2年となる俺、
"波間 勇者"は新しいクラスの席に着いていた。
ちなみに席の場所は窓際の一番後ろ。
理由は『は』以降が一番最初の名字がクラスに居なかったから。
波間という名字のせいで身体測定などでは最後の方になることが多いのだが
新学年の席決め時のみ、
自分の波間という名字は大変ありがたいなと実感できる瞬間である。
「おーい、ユーシャー?聞いてるかー?」
ユーシャとはコイツ曰く自分のあだ名らしい。
……個人的にはあまり下の名前で呼んで欲しくない。
名前が勇者なだけあって、正直恥ずかしい。
両親は何をトチ狂って自分の息子に勇者なんて名前を付けたのかは、
アホらしくて聞く気にもならなかった。
「おいユーシャ!」
「ちゃんと聞いてるから、大声出すなよ」
「じゃー返事くらいしろよ!?無視されてるのかと思うだろ!!」
前方の誰が座るのかわからない席に座って話し掛けている男は"湯田 明宏"。
小中学校からの長い付き合いで少しお調子者ではあるけれど、
この学校では一番信頼できる親友だ。
クラスは残念ながら別々となってしまったが、
体育が合同だったりで会う機会は結構ある。
「知ってるか?お前のクラスに美少女転校生が来るらしいぜ」
と、明宏がニヤつきながら喋り始めた。
「……で、なんで転校生が来る事を明宏が知ってるんだよ?」
「はあ?噂だよ、う・わ・さ。
もう学年中に噂が立ってるのに、まだ聞いてないのか?」
俺は友達が少ない方だ。
高校に入学してそろそろ1年が経つが未だに明宏くらいしか友達が居ない。
別にハブられてるとかそういうわけではないのだが、
1年の時に明宏と同じクラスになって以来コイツとしかあまり話さなかったからである。
やはり同じ小中を通っただけあって、明宏が一番話しやすいからだ。
……明宏はというと、
万人共通で話しやすいのか俺以外の友達はたくさん居た。
「美少女転校生ねえ……」
「はぁ……どうして俺のクラスじゃなくてユーシャのクラスなんだか」
「知るか 俺の担任に聞け」
「あ、担任と言えばユーシャのクラスはマキちゃんか?」
明宏の言うマキちゃんとは"近藤 真希"という女性の教師。
俺が1年だった頃の担任で、
明宏としか話さない俺を微力ながら気遣ってくれていた。
少しゆったりな部分はあるがとても親切で思いやりのある先生だ。
コイツや真希先生の事を考えると自分は周りに恵まれているんだな、と薄々感じる。
「知らん……ていうか現時点でまだわからないだろ」
「それがさぁ……クラスの奴らから聞いたんだけど、こっちは稲越の爺らしい」
稲越は数学Aを教えてくれる爺さんなのだが、
怖い厳しい口うるさいと生徒たちからは酷評だ。
「なんだ…その…お気の毒だな」
「お気の毒じゃねえよチクショー!!
ユーシャお前、俺とクラス変われよ!!」
何気ない会話をしていると久しぶりに聞く朝の予鈴が鳴った。
「…っと、じゃあ俺は自分のクラスに戻るわ」
「おう 稲越と仲良くな」
「うるせえ!!まだ稲越と決まったわけじゃねえから!!」
「あとHR終わったら転校生がどんな美少女か見に来るからなあ!!」
などと叫びながら明宏は俺の教室を去っていった……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「は~い、2年A組の担任になった近藤真希で~す
ちなみに現代文を担当してま~す」
明宏の言うとおり、俺のクラスはマキちゃんだった。
この人はマイペースというかオットリというか……年上の余裕という奴か。
「1年間、よろしくね~……そ~し~て~?
皆さんに嬉しいお知らせで~す!」
と勿体ぶって言っているが、
学年中噂になっていたので転校生が来ることはクラス全員知っていた。
……明宏が居なかったら俺は知らなかっただろうけど。
「外国から転校生が来ました~!
先生のせいで時間が押してるので早速紹介しちゃいますね~」
クラスの男達が少しざわめく。
まあ美人な転校生と噂されていたのでしょうがないとは思うが……。
「では入ってください~」
ガラっと自分のクラスのドアが開く。
「紹介しま~す、転校生のエリザさんです~」
先生が喋るのと同時に転校生がクラスに入ってきた。
まず高校2年生とは程遠い胸が見えた。とても大きい。
その次に紫色の長い髪の毛、そして少し褐色な健康的な肌。
身長は170cmの自分より少し高そうで
女子の中ではかなり高い類だと思われる。
ボンッキュボンッという言葉を女体で表したような、
素晴らしいスタイルをしていた。
明宏が言っていた美少女という風貌であるのは確かだ。
男子たちがざわめく中、転校生が口を開けて息を吸い、そして一言喋った。
「私の名はエリザ・ワスポールだ!」
「……え~っと、エリザ・ワスポールさんは…ア…アリア」
「アンアハンです」
「…あ!ごめんなさい~!
アンアハン…から遥々日本にやってきてくれました~」
……ん?アンアハン?
一体どこの地名だろう……聞いたこと無い地名だな。
「学生になる前は女戦士をやっていた、
迷惑を掛けるだろうがこれからよろしく頼む!」
と、彼女が喋り終わるとクラスルームが拍手と喝采で溢れ返る。
んん………………?
なぜこんなに男らしいのか、
そしてこの人は大きな声で一体なにを言っているんだ……?
「は~い、というわけで皆さん仲良くしてあげてくださいね~」
いやいや、なぜ先生は女戦士というワードに突っ込まない?
ていうかクラスの人達はなぜ既に歓迎ムードなんだ?
…………ていうか女戦士ってなんだ?
……ダメだ、考えれば考えるほど頭が混乱する。
「席は一番後ろであそこに居る波間くんの隣の座ってくださいね~」
「了解した」
頭がおかしいのかただのゲーム好きかわからない転校生が、
俺の元に近寄ってくる。
そして俺の隣の席に転校生が座り、横を向いて俺に笑顔で声を掛けた。
「エリザ・ワスポールだ」
と俺に話し掛け、右手を差し出し握手を求めてきた。
「は、波間勇者です……よろしく」
「波間勇者だな」
「よろしくな、ユーシャ」
ぎこちない機械のような素振りで握手をする。
……頭がおかしいのは置いておいて。
不覚ながらも
彼女の笑顔を見たら
可愛いな と思ってしまった。
ちなみに余談だが、明宏のクラスは稲越だった。……どんまい、明宏。