炎の華
白、赤、紫などいろとりどりのサクラソウが風に揺られている。研究室の中庭は思っていたよりは広かった。しかしこれから試すことを思うとセルマは少し気が重い。
「きれいな場所」
失敗すれば、業火に焼き尽くされるかもしれない。そうならないようにするつもりであるし、今日はまだ調整できる体調でもある。そうでなければいくらアグネッタの頼みでも引き受けなかっただろう。
「そういってもらえるとうれしいわ」
セルマがぽつりと漏らした言葉をしっかりと拾い上げて答えたのは、研究所員の一人だ。
アグネッタの頼みを聞き、オルヴァーの研究の手伝いをすると決めたセルマは、初めて研究所に足を踏み入れたのだった。
ここで簡単にオルヴァーがセルマを紹介し、相変わらず巧みな話術で事実を隠しながらも、セルマがここにきた経緯を語った。そしてセルマ自身も自己紹介したが、だれも彼女のビア語に違和感を覚えなかったようだ。
ただし、突然現れたセルマに疑いの目が向けられていることには気づいていた。今まで研究に携わったこともない人間が急に参加するなど、気分のいいものではないだろう。
「今日はルルーにこれから協力してもらうかどうかを決めるための実験をします」
オルヴァーはそう言って実験内容を説明し始める。
彼の研究は”魔石”の精製だった。といっても、石をつくるというよりは、既存の物質に魔力を閉じ込め、他人が扱えるようにする、それが目標である。
ここにあるサクラソウは、魔力を蓄えるのに一番適切な花であるそうだ。その理論はよくわからなかったが、彼がそうだと言うのだからそうなのだろう。
そして、この魔石が完成するためには、大きな魔力が必要らしい。今まではサクラソウの花びら一枚をかろうじて魔石にすることができたが、出力される魔力が小さすぎたそうだ。そのため何度も魔術構築を変更して試しているらしい。
「一つ質問。今まで”魔石”は完成していないのに、何を判断基準にする?」
彼が一通り説明を終えたあとに、一人の研究員が質問した。明るい茶色の髪をきれいにセットしている。他の男たちに比べて、彼は自分のみなりに気を使っているそぶりが見れた。
「今日は新しい魔術構築を試してみようと思って。みんなの調べてくれたデータから、一つ作ってみたんだ。ただ、それはベルシュ語も混ぜて使っていてね、彼女はベルシュ語を扱えるから頼んだんだよ」
「ベルシュ語! それはすごいわ。でもだから、新しい人に頼む必要があったのね」
さきほどの女性研究員が声を上げた。
どうやらベルシュ語を使って魔術を使える人間はいないらしい。オルヴァーは使えると思うが、起動できるほどの魔力がないのだろう。
「それに成果があれば、手伝ってもらう。それでもだめなら、いさぎよく諦める。これでいい?」
「なるほど。それなら分かりやすくていい。既存のメンバーではできない理由も分かるからな」
「ありがとうテディ。じゃあ、初めてもらっていいかな?」
ここでオルヴァーがセルマの方を向いた。セルマは一度小さく頷くと、その場にいる全員に少し下がってもらった。セルマはサクラソウの花畑の中心におり、それを円状に囲むようにして研究員たちが見守っている。
「始めるわ」
あらかじめオルヴァーに教わっていた魔術を構築し始めた。彼が今回構築したものは、ビア、ベルシュの二か国語だけでなくラクテア語も混ざっている。
混ぜることで魔力の消費量が多くなるとはいったが、これは無駄のある構成だ。しかし魔力の強すぎるセルマがやるということへの保険なのだろう。
魔術は言葉を利用して行われる。言葉の力がこの世界に働きかけるのだ。
セルマはまず普段は意識して押さえている魔力の源の栓を外す。するとこぽこぽと水があふれでるように湧き出る魔力がセルマの体を満たしていく。それが飽和しはちきれぬように、速やかに構築に移っていく。
サクラソウに力が流れるように意識していくと、ふと、身体の中の魔力が軽くなる感触があった。いままでは重すぎて、馬鹿でかい魔術を使わないと身が耐え切れなかったというのに、今は自分で制御できそうだった。
構築を終えると、セルマは魔力の源に再び栓をする。
「あ」
魔力の”暴走”は、基本的に魔力を呼びだすとき――つまり栓を外すとき――あるいは止める時に起こりやすい。
栓をするタイミングがずれると、魔術構築に必要な量より過剰な分をとりだしてしまい、それが体にとどめられずに外に放出されるのだ。
しかし、今日は普段とは違った。いつもならば放出される魔力をとどめることはできなかったが、今日はまだ身の内にとどめておける。
「ごめん、消費させて」
とっさにベルシュ語でオルヴァーにそういうと、セルマは返事を待たずに研究には関係のない魔術を構築する。他人に害がなく、それなりに消費できるもの。
なにを作り出そうか悩み、そしてふと、炎の華という自分につけられた名前を思い出した。
「華、ここに舞い踊れ」
ベルシュ語でそう声をあげると、体の中から魔力が抜けていくのを感じた。
それと同時に空から湧き出る炎の華。それは
花びらとして風に舞うも、手に触れても熱くない幻の花。
魔力消費の構築をこんなに上手にできたことはなかった。
いつもは暴発すると、必ず本物の炎を呼び出してしまっていたからだ。
その様子を見ていた研究員たちは、始め降り始めた炎の花弁を避けようとして、それが幻であることに気がつく。するとみな楽しげにそれを眺め、どうにか幻を掴もうとするかのように手をのばした。
「よ、かった……」
セルマは大きく息をつき、ふと足元に目をやる。
先ほどまで美しく咲いていたサクラソウ。それが、全てガラス細工のように透明な結晶になっていた。
サクラソウの一つを手折ると、高い音を立てて茎が折れた。それを手にもち、セルマはオルヴァーの方を見る。
「これは……!」
オルヴァーの声に、ようやく炎の華に目を奪われていた研究員たちも、足元で起こっている変化に気が付いたようだ。
「すごい……!」
「すべての花を一度に……!」
オルヴァーは自分に一番近い花を摘み取ると、こちらを見て微笑んだ。
「借りるよ」
何を、と問う前に、彼は花の形をした魔石を持ち、そしてはっきりと言う。
「華、ここに舞い踊れ」
ベルシュ語で彼が唱えた瞬間、花が輝き彼の手の中で粉々に砕け散った。そこから現れた魔力は、先ほどよりも小さな炎の華となって現れた。華の形は多少違うように見えるので、あの魔術の中に彼の魔力も混ざってはいるようだ。
「成功……だな」
先ほど質問していた研究員テディがぽつりと呟く。
すると、研究員達の誰とはなしに拍手が巻き起こった。
みんなが笑っている。それも、セルマの魔力によって、だ。
この時、唯一笑っていなかったテディが、じっとセルマを見つめていたことには気が付いていなかった。
実験の成功はセルマを高揚させたし、それを喜んでもらえたことが何より嬉しかったのだ。
「ルルー。ありがとう」
オルヴァーは穏やかに微笑んでいた。彼はあまり驚いていないようで、それがセルマには不思議だった。
その後、セルマも含めて研究の成功を祝い皆で飲むことにした。
研究所内に酒やつまみを持ち込んで雑談に花を咲かせる。研究員たちはセルマの生い立ちではなく、どのようにあの魔術を構築したかの方に興味を持ってくれたので、セルマも安心してその場に止まることができていた。
しかしあまり飲み慣れぬ酒を飲んだので、体が火照ってしまい、外に出て熱を冷ますことにした。
そうして建物の外に出ると、どこからか男の苛立った声が聞こえてきた。
「どういうことなんだ!」
叫んでいるのはテディだった。
彼と向き合っているのはオルヴァーだ。
「どうしたんだ?」
「彼女は何者だ? どこで出会った? あの魔力量は尋常じゃない。もし彼女の魔力が暴発していたら……」
「研究所は吹っ飛んでいたかもしれないね」
オルヴァーはあまりにもあっさりとそれを認めた。二人ともまだセルマの存在には気付いていない。
「どうしてそんなことを!」
「彼女は制御できると思っていたし、自分の魔術構築に自信があったからかな」
「彼女が後から出したあの炎の華。あれは魔術構築をかすかに読み取れた。その中にビア語でもベルシュ語でもない何かが見えた」
その指摘に、セルマは背筋が冷える思いだった。咄嗟のことで、ラクテア語も混ざってしまっていたかもしれない。起動言語はベルシュ語にしたが、ビア語はもとより混ぜて使っていたし、暴発させないための魔術構築で、あまり繊細な気遣いをする余裕がなかったためだ。
「それは何だと思うんだ?」
「ラクテア語じゃないのか。彼女はラクテア人なんだろう。あるいはハーフか」
「仮にそうだとして、どうする?」
穏やかな彼が、急に鋭い口調で挑戦的に言った。
「どうする、だと!? どう見ても彼女が政府の許可をとってここにいるとは思えない!
あれほどの魔術師なら、軍人である可能性も高い。となれば逃走兵か、何か不祥事を起こして軍を追放された以外にここにいる理由は考えられない。それを匿ったとなれば、どれだけ大きな問題になるか分からないわけじゃないだろう!」
テディの指摘は、何もかも正しい。先ほどまで高揚していた気分が一気に冷めていくようだった。セルマはどこにいても厄介者なのだ。
これ以上、二人の論争を聞きたくなかった。オルヴァーが悪者になるのもセルマの望むところではない。
セルマは意を決して、二人の前に進みでた。そして、余裕たっぷりに見えるような笑顔で問いかける。
「私が何者か知りたい?」
それはラクテア語だった。しかし、単語を拾えばおそらく彼は理解できるだろう。そう踏んで、そのまま続ける。
「私の名前は、セルマ・エクダル。炎の華と呼ばれていた人間よ」




