【07.視線】
切っても切っても絡みついてくるような空気を肌に感じる。
その不快感さに杏は人知れず眉を潜める。
その空気の出元を追おうにも、こちらを欺くための歪曲が数多く存在し、中々特定することが出来ないこともまた、杏の機嫌を損ねる原因となっている。
「杏、どうした?」
「…わからない…が、見られてる気がする」
ヒシヒシと感じるこの感覚は…自然になるものでは決してない。
視線…しかも人特有のものだ。
「見られる?」
「あぁ…出元はわからないが…肌で感じる」
「…敵…か?」
「…わからない」
あからさまな敵意――つまり殺意は感じられない。
感じられないが…ゾクゾクするようなこの感じから言って好意とは違う気がする。
本能的によいものではないと言える。
よいものではないけど…悪いものでもないのかも知れない…。
けれど…何かがおかしぃと、直感で、肌で、本能でそう感じる。
ねっとりとした人特有の視線――。
「ま、こっちで場所の特定が出来ないんなら、来て貰うのを待つしかないな」
「ファラスの言うとおりだな。下手に動かない方がいい」
「――そうだな」
なんだろう、この既視感は…
囚われる、この感覚に。
捕まって、――怯えてる…?
怯える…?
――『私』が…?
――広がる、『赤』――
――泣き声――
――足音――
そして…――黒――
「――杏…?」
「…なんでもない、行こう」
頭に浮かんだ映像を振り払う。
そんなはずがないと…。
いや、振り払いたかった。
けれど、杏の中の何かがそれを振り払うことをよしとしない。
彼女の本能は知っていた…、否、覚えていた。
この視線の主のことを…。
逢瀬は…まだ先――。