【05.存在理由】
風が冷たい。
ジーンズに黒Tシャツを着ているだけの杏の格好は、はたから見ているだけでもかなり寒い。
『頼むから上着を着てくれ!』と頼んでしまいたくなるぐらいに…。
まぁ、この面子の中にはそんな常識人(犬?)は存在しないけれど。
「…ふーん、ここね」
目の前にあるのは肝試しでもすれば怖いこと間違いなしというような古めかしい廃ビル。
例の行方不明者が多数中にいるという情報を近隣の野良犬から聞いた。
もっと気になる情報の事も…。
遡る事30分前――。
文句をいいつつ杏と合流したシンラとファラスは杏から今回の目的を聞いた。
そして彼ら独自の情報網から情報を得る――まぁいわゆる遠吠えである。
その中で有力な情報を持ってそうな者(犬)に話を聞き今に至るのだが…。
「…オパール――ねぇ」
脳裏に赤毛の青年の姿が浮かぶ。
オパールとはその赤毛の青年の俗称。
本名を含めてそれ以外の情報は一切わからない――≪理解者狩り≫をしているということ以外は…。
聞いたところによると、そのオパールが絡んでいるという話だ。
「…本当だと、、、思うか?」
「――さぁ…どうだろうね…」
ファラスが怒りを抑えながら聞く――が、抑え切れない感情が交錯しているのがわかる。
彼が一番会いたいくて…そして何よりも憎く思う相手だから――。
「警戒を怠れば――二の舞になる…」
脳裏にありありと浮かぶ飛び散った液体に倒れる身体。
まるでコマ送りの映画でも見ているかのように、その時一切の音が消えていた。
ズキンと胸に痛みが走る。
杏の心か、由姫の心か…それとも2人ともなのだろうか――それは誰にもわからないけれど…。
「杏」
呼び声に気づき顔を上げると目の前には顔を覗き込んでいるシンラの顔。
「大丈夫か?」
どうやら知らずに膝を折っていたらしいことに気づく。
それだけ『アノ』出来事はまだ私の中で整理が付いていないのだろう。
「…あぁ」
返事を返しながら思う。
確かにその通りだろうと。
『アノ』出来事がなければ、きっと『私(杏)』が目覚めることはなかった。
能力を使うだけなら由姫でも十分だったのだから…。
それでも…半ば無理やり『私(杏)』は起こされたのだ。
――…あの人の命を代償にして…。
――知っていた。
あの人が由姫にとってどんなに大事な人だったかも…。
その事がどんなにか由姫を傷つけたかということも――。
私という存在は、私という存在を唯一認めてくれた由姫の心を深く抉ったが為に目覚めた。
由姫は――そんな事は関係ないと言ってくれるけど…。
私の中の私の戒め。
私は由姫を守る。
どんな者からも――、どんな事からも――。
それが私が由姫と共にいられる存在理由だから――。
「行こう」
私の一言でまずファラスが前を歩く。
そして私が続き、最後尾にはシンラ。
それぞれの性格などを把握した上で自然に決まった私達のフォーム。
目の前に聳える廃ビルの中に、私達は足を踏み入れた。
この廃ビルに何があるのか…私は知らなかった。
これが、生活を一変させるであろうことすら…この時の私に知る術はなかった。