【04.それぞれの想い】
夜の月が一際明るく輝く。
今夜は上弦の月。
生命に活力を与えると言われる満ちる月の途上。
特にあてがあるわけでもなく、杏は由姫を通して見慣れた街を歩く。
ただし理解者としてのアンテナは最大範囲に広げて――だ。
その中に入っているイヌ科の動物との対話が可能という仕組みだ。
「――ん…?来たか」
範囲を最大化にしてから約5分程。
やっと範囲内に見慣れた気配を掴む。
まぁ、気配を掴むというよりは思念を受け取るに近いが…。
「…遅いな」
「……杏…か」
「不満そうだな、シンラ」
「…ぃゃ」
シンラというのはアイリッシュ・セターの名。
シンラと杏はもちろん面識ありなのだが…あまり仲がよいとは言えない間柄だ。
そしてもう一人…。
「――俺は降りるぜ、ソイツとは組みたくないからな。俺の主は由姫だけだ」
大型のシベリアン・ハスキーであるファラスは感情を隠そうともせず、不快感を顕にする。
「ファラス」
諌めるようにシンラが名を呼んだ事でさえ、ファラスを留めることは出来ない。
しかし杏は別段あわてることもなかった。
杏は由姫を知っている。
彼女の性格も、彼女の望みも。
そして、ファラスが由姫にだけ忠誠を誓うその理由も…。
だからこそ…――。
「――それが由姫の望みだとしても…?」
ファラスは逆らわない。
それが『由姫』の為ならば――。
「…」
踏み止まったのを見計らうと杏は一人苦笑する。
こういう発言が周りからの反感を買っているという事がわからないわけではない。
それでも杏は変えない。
杏には杏の存在理由があるから。
そしてそれは自分以外、他の誰かが知る必要などない。
例えそのことで私一人取り残されようとも…。
「さぁ、幕を開けようか」
宵闇の中、幕が開く――。