【03.理解者】
放課後の生徒会室。
中にいるのは男女合わせて5名。
皆一様に複雑そうな顔を浮かべている。
書記と思われる女子生徒の手元にある手帳には、『近隣で多発する行方不明者の救出について』と記されている。
その後ろにはこの中で出たのであろう沢山の案が列記されているが、そのどれも一般的には無理であろう事柄だ。
どんなに優秀な者であっても、かなりの危険が付きまとい、最悪命を落とすこともあるだろう事柄の数々…。
「なぁ、ホントにやるのか…?」
男子生徒が一人、その内容の重さに耐え切れずに口を挟む。
否、実行者を知っているからこそあまり実行させたくなくて口を挟んだ。
その場にいる誰もがきっと同じ事を思っているだろう。
女子生徒の一人がたった一人の名を呼ぶ――。
「…由姫」
全ての権限を実行者に任せるという意味を込めて――。
その場にいる全ての人間の視線が彼女――由姫に集まる。
その中で由姫はゆっくりと目を閉じる。
頭でいろいろな情報を整理するかのように――。
そしてゆっくりと目を開けると全員の顔を見渡し、――告げる。
「…大丈夫、任せといて!私は…≪理解者≫だから」
と。
≪理解者≫とは――主に、内容・意味がわかる人の事や、人の立場や気持ちを思いやる人の事を指す。
しかし隠語としての≪理解者≫は上記とは少し異なる意味を持つ。
その意味とは、≪人が理解することの出来ない内容、意味を生まれた時点から理解できるという能力を持つ者≫を示す。
力の方向性は様々で、風の声を聴く者がいれば、大地の声を聞くものもいる。
木々の言葉を聴く者がいれば、虫の言葉を話すものもいる。
多数の方向性をいくつかのグループとしてまとめるためにその能力により以下の4つに分類される。
風や土、水や火などと対話を行う天然系。
獣や昆虫、魚、花々、木々などとの対話を行う生命系。
霊や、物にこもった思いなどを読み取る霊能系
上記に含まれない特別な能力を持つ特異系。
一般的には知られることのない特異な能力の保持者――その総称が≪理解者≫名のである。
その能力の代償としてなのか、彼らには彼ら特有の変わった傾向があるのだが…。
そして由姫――彼女の能力種は≪ライフ≫――、イヌ科の動物の言葉を理解する能力を持つ。
この場にいる4人は由姫のその能力を知る数少ない友人達。
級友の園原紫乃と、幼馴染でもある秋吉修斗、紫乃の幼馴染である草芽燐、そして修斗と仲のよい竜崎慎也だ。
「無理するなよ」
「それは承知の上。大丈夫だよ、ファラスとシンラに手伝って貰うし…それに――気になることもあるしね」
修斗の言葉にそう返すと、気になることを考えるかのように数瞬瞼を閉じる。
そして瞼を開いた時――人懐っこく明るい由姫の面影はなくなる。
雰囲気からしても全くの別人――にも関わらず、その場にその事を驚くものはいない。
≪理解者≫が持つ特異な傾向、それは――【二重人格】――。
お互いに不干渉なわけではないが、全く別の人格として存在しているもう一つの性格を有する――ということ。
「…杏」
「久しぶり」
杏と呼ばれた由姫が、由姫では出来ないであろう顔で笑む。
冷たいとも取れる、とても…静かな顔で。
人格に名前をつける事はそう奇特なことではない。
名前をつける事でその存在を認め暴走を抑制し、個々の存在を存在として認識するいう意味から≪理解者≫の間では至極当たり前の事。
由姫のもう一つに付けられた名前は杏――榊杏。
「やっぱり…危険なのね。杏が出てくるなんて…」
杏という人格は普段なら滅多に外に出てくることはない。
そんな杏が人格として外に出ることがあるとすれば、精神的な器が由姫では足りない時だ。
あまり知られていないが≪理解者≫はその能力を行使する際に精神力を消費する。
いわば能力を使う際の燃料のようなものと思ってしまって構わない。
由姫も一般的に考えればかなりの精神力の持ち主だ。
でなければ年中その能力を解放している今の状態を続けることなど出来るはずがないのだから。
――が、杏はそんな由姫を軽く凌駕する。
それがどれくらい凄い事なのか、それがわかるのは由姫のみなのだが…。
「話は聞いた。行って来るよ」
杏に気負った様子は見られない。
杏は自分の『存在理由』を理解しているから。
「――杏…怪我するなよ」
「ふふふ、秋吉が心配するのは『由姫』の身体でしょ」
「…」
杏の言葉に、修斗は何も言い返す事が出来なかった。
修斗が見てきた幼馴染は間違いなく由姫であり、杏ではない。
名前が違うという点からも修斗の中では2人が同一人物という概念がいまだ持てずにいる。
修斗がそんな事をグダグダ考えている間に杏は生徒会室の扉…ではなく窓に向かう。
ここは3階。
――ガラガラ…
「いい月…」
そう一言言い残すと何の躊躇もなく窓からその身を躍らせる。
短い髪がフワッと浮き上がる。
そして数瞬の後、ストンという有り得ないほど軽やかな音を響かせて着地すると、そのまま振り返ることなく颯爽と闇の中に消えていった――。