第五話
大神高校の校舎は、L字型をした四階建ての建物だ。
その四階、一年の教室がAからFまで並ぶ廊下を進み、曲がり角の階段を下りていく。
犬飼さんの説明は簡素且つ的確で、各階の様子や特別教室の場所などがよくわかった。
やや硬い口調で表情も大真面目。とても教室で、さらっと凄いことを言ってくれた人とは思えない。それをつっ込むべきか悩みつつ、前を歩く背中を追う。
一階まで来ると、渡り廊下の先にある体育館、部室棟といった施設をそれぞれ見て回った。
建物の種類は前に通っていた学校と、そう違いは無い。ただ、どれも相当に古く、校舎自体もだいぶ老朽化が進んでいて、建て替えも検討されているらしい。
創立百年越えは伊達じゃないって感じね……。
体育館の横にあった自販機で、ペットボトルのお茶を買い少し休憩する。
屋根で日陰になった廊下を体操服を着た生徒が行き交い、陽射しが照りつけるグラウンドからは、運動部のかけ声が響いていた。
私もあんなふうに、部活漬けの毎日だったな……。
感慨にふけり、活気に満ちた光景を眺める。
中学の時と同様、以前の高校でも部活は陸上部に所属していた。しかし、父の事故があって続けていくことが難しくなり、程なく退部に至っている。
「……谷本さん。部活などは、何か入ろうと決めていますか?」
考えていたことを見抜いたような質問に驚く。
「――それは、まだ。一応、運動系って希望はあったんですけど。今の時期、勧誘とか終って難しいと聞いてたので、どうなのかなって」
言葉を濁したのは、望の情報が正しくなかったこともある。
案内途中で見た校内掲示板には、しっかり運動系の部員を募集するポスターが貼られていたし、何より教室でも陸上やバスケ、バレー部などから誘いを受けていた。
「いえ、勧誘はどこもしていますよ。谷本さん、背が高いので……。あの、剣道などには興味ありませんか? よろしければ、今度見学にきて下さい」
「け、剣道ですか? あっ、そっか。犬飼さん剣道部。それも確か、エースだって」
口をついた言葉。それに慌てることもなく、相手が静かに首を振る。
「いえ。私なんてまだまだです。それより私が剣道部だとよく知っていましたね。やはり望さんから?」
頷くも、犬飼さんの口からその名前が出る度、どきっとする。まだどんな子なのか、掴めていないこともあるけれど。何か盛大な、勘違いをしている気がしてならない。
最後に、見せたい場所がある。そう言った犬飼さんについていく。
校舎の曲がり角の先。突当りにある階段を上がり、再び四階へ。
そこに、まだ上へ続く階段と扉が見えた。
「あれって、屋上に出る扉?」
そうです、と言った犬飼さんが解放厳禁と書かれたドアノブへ手をかける。施錠されているかと思いきや、鈍い音を上げて扉はあっさりと開いた。
「えっ? 屋上入れるっていうか、入ってもいいんですか?」
「はい。休み時間と放課後は、出入り自由ですが、何か?」
当然のように言われ、そうなんですか、と言葉を返したが……。
普通入れないんじゃ。いや、こっちだとこれが普通なの?
カルチャーショックのようなものを感じながら、犬飼さんに続いて扉をくぐる。
降り注ぐ陽射しに一瞬、瞳を細めた――。
視界に映ったのは、高い柵で囲まれたテニスコート程の空間。屋上という単語から、もっと広い場所を想像していたが意外と狭い。灰色のコンクリート床の上に幾つかベンチなどが設置され、ちょっとしたテラスのような雰囲気になっている。
「普段、お昼時などは人で賑わうのですが……。さすがに今日は誰もいませんね」
言葉つられて周りを見たが、自分達以外に人影は見えない。
校舎の屋上なんて入ったことないから、かなり新鮮な体験だけど。ここの生徒にしてみれば、用もなければ来るような場所じゃないのか。
そんなことを思い制服の胸元を扇ぎながら、犬飼さんと柵の端へ歩いていった。
「――わぁ」
見渡せた景色に歓声が漏れる。
青空を背景に遠くそびえる、八城岳の姿がくっきりと見えた。
山から町の中心に向かい、一部線路と平行して流れるのは霧重川だ。
陽光を反射する水面の傍に、水を引き入れた田畑が連なって広がる。まだ青々とした稲も、季節が進めばやがて、黄金色に輝くのだろう。
――古き良き日本の故郷、か。
月並な表現しか浮かばないものの、暑さも忘れて見入った後、ようやく口を開く。
「これが、見せたかった場所?」
はにかむよう、はいと答えた犬飼さんから、再び景色へ視線を戻す。
これは、誰かに見せたくもなるよ。今日、晴れて良かった。
「良い景色だね。本当に綺麗な町」
「私も心から、そう思います。人によっては、古いだけの町や土地かも知れません。けれど私達には、とても大切な、守るべき場所なんです」
話に応じながら、ふと違和感を覚え、隣で佇む犬飼さんを見る。
――私達? 守るって、地域全体で自然とかを守るって意味かな。
「……少し、安心しました」
「え? 何が、ですか?」
ふっと息を吐いた相手に、口調を直して訊き返す。
「いえ、谷本さん。望さんから聞いていた、印象通りの人だったので」
喜んでいいのか、判断に迷う台詞だ。
その辺りのことは、今度詳しく訊く必要があるだろう。
「犬飼さんは望と知り合ったの、高校からだって聞いてますが、仲良い感じなんですか?」
少し気になっていたことを質問すると、どこか遠慮がちに頷いた。
「はい。といっても、親しく話すようになったのは最近なんです。なので、お二人のような親密……」
「わ、わかりましたっ。その先はいいです」
普通に答える犬飼さんの言葉を遮り、どうしたものか頭を捻る。
からかっているのなら全然いい。ただ、そんなふうには全く見えない。ということは、本気で何か誤解しているのか?
どんな流れで、望が私のこと喋ったのか知らないが、ここはきっちり言っておこう。
「えと、犬飼さん。望から聞いたこと、全部鵜呑みにしちゃ駄目ですよ。私とあいつは単なる友達ですから。家同士の縁があって連絡取ったり、たまに会ったりしていただけなんです。まともに顔を合わせたのなんて、それこそ一年振りくらいで……」
何故に会ったばかりの人へ、こんなフォローをしているのか。そんな疑問を感じると――。
「それで昨日今日まで一緒にいたよう、振舞えるのですから。お二人は余程、強い縁で結ばれているのでしょう。同じクラスになったことも、それを証明しています」
聞いていて、恥ずかしくなる台詞をすらすら言われ、顔が熱くなる。
今度こそ冗談であってほしかったのに、犬飼さんの雰囲気が、それを全力で否定する。まさにこの空の如く、一点の曇りもない眼差しで言葉を続けた。
「先生に言われた案内役も、最初は望さん、自ら買って出られたのですが。私が委員長たる役目を果たしたいと、強引にお願いしまして……」
すみません、そう言って頭まで下げられ慌てふためく。
「ま、待ったっ。やめて、犬飼さん。お願いだから顔上げてよ」
声をかけたが、ここにきて、相手の性格がなんとなく理解出来た。
犬飼さん、多分もの凄く純粋で真面目なんだ。信じたことは、ちょっと変でも疑わないっていうか、この調子だと、他に何を言われるやら。
しかし、初対面の人達が自分を知っているというのは、こんなに厄介なことなのか。もっと前から、しっかり対策を練っていればと、一夜漬けに失敗した試験の時のようなことを思う。
ただ、過去を嘆いても仕方がない。未来のため、今できる最善の行動に打って出る。
「よし、決めた。犬飼さん、私の友達になってくれない?」
「と、ともだっ」
――噛んだ。
リアルに舌まで噛むのを、初めて目撃した。
さっきの私もこんな顔、赤かったの?
そう思うほど頬を紅潮させた犬飼さんが、口元へ取り出したハンカチを当てた。じっと痛みを堪える様がいじらしく、何か居た堪れない気分になる。
「すみませんでした。その、願っても無いことで、とても嬉しいのですが……。友達になるとは、具体的にどうすれば?」
すぐに回復はしたけれど、教えを乞うよう、頼りない表情で視線を彷徨わせる。
可愛いどころじゃない。犬飼さん、私が男子でなくて良かったよ。
「えと、そんなに難しく考えることじゃ……。取り敢えず私のこと名前で呼んでみない? 望の名前、呼ぶみたいに」
自分のことを指差すと、頷いた犬飼さんが、すっと息を吸い込んだ。
瞳を真っ直ぐ見つめられ、自分まで緊張してくる。
「――では、夕那さん。これで、いいのでしょうか?」
「うん。じゃあ私も犬飼さんのこと、これから涼子って呼ぶね。あとこっちはもう、くだけた感じで話してるけど、涼子も普通に喋って……」
途中まで言いかけて、察したように涼子が微笑む。
「私は、これが地というか。特に意識はしていないので、出来れば気にしないで下さい」
申し訳なさそうな態度に、手を振って答える。
「いや、いいよ。うん、むしろ似合ってると思う」
お世辞抜きの言葉。それに安堵したような涼子が、右手を差し出してきた。
握った手……長い指や掌の感触は驚く程硬く、剣道部という話を実感する。
「夕那さん。これから、よろしくお願いします」
「こちらこそ。よろしくね、涼子」
互いに笑ったところで、計ったようにチャイムが鳴って……。
不意に背後から、誰かの声が聞こえた。
「やっぱここかよ。おーい、委員長に転校生。ちょっといいか?」
振り向いて見た、屋上の出入り口に、一人の男子生徒が立っている。
「あれは、同じクラスの木戸君ですが……」
どうかしましたか? という涼子の呼びかけに片手を挙げて、のんびりとしたペースで近づいてくる、木戸と呼ばれた男子生徒。聞き覚えのある苗字に、その姿を注視する。
猫背のため、正確な上背はわからないが、かなりの長身だ。
あちこち跳ねた短い黒髪に、精悍な顔つきをしている。ただ、気怠そうな歩みには、緊張感の欠片もない。だらしなく見えない程度に、着崩した制服も相俟って、何とも緩い空気を感じさせた。
「君って、木戸 将太君?」
「……ああ。そういう転校生は、谷本 夕那さんだったな」
声をかけると、少し距離を空けて立ち止まった人物は、果してそう答えた。以前に望から聞いていて、名前だけは知っている。
確か、同じ地元の子で小、中、高校まで一緒になったっていう男友達……。
(――将太って男は、昔から無愛想でね、何考えてんのかわかんない。そのクセ、こっちのことは、ズケズケ言い当ててくるのさ。んで、何彼につけ一言多いっていうか。それがまた、鼻持ちならないっていうか。まあ会えば、どんなやつかわかるよ)
何時か、そう望が評していた人が今、目の前にいる。外見だけなら十分、格好良い男の子だ。同じクラスだったとは気づかなかったが、その相手が一体なんの用だろう。
「一応、始めましてか。……けど面倒な自己紹介は、後回しにしてな。どっちでもいいから、自分の携帯見てくれないか?」
突然の頼みに、涼子が素早く反応する。
「携帯電話を? しかし、校則で」
「そこを、なんとか頼む。これ以上、待たされるのは俺も勘弁なんだ」
切実に感じる口調で、謎めいたことを言う木戸君を、涼子と不思議そうに見る。
同時に携帯を取り出すと、二人とも電源が入っていなかった。
持込みは許可されているが、校内での使用は原則禁止。その校則を順守していた訳ではなく、私は単純に切ったことを忘れていた。
それに比べて涼子は、やっぱり真面目な子だ。
若干後ろめたさを覚えつつ電源を入れ、画面を確認する。
望から着信とメール、早く教室にきて? そういえば、待ってろとか言ってたような。
私の様子を見て、電源を入れた涼子の携帯からも、明るいメロディーが流れた。
「望から何かきてる?」
「はい。メールで、教室にきて下さい、と」
自分もだと言って木戸君に視線を戻すと、不意に背中を向け、来た方向へ歩き出す。
「えっ? ちょっと待ってよ。あの……」
「連絡はついたんだろ? んじゃ、俺は先に行ってるから」
振り返りもせず、ひらひらと片手を振ったその姿が、出入り口へ消える。
先に行くって、教室のこと?
疑問への答えは無く、響いた扉の閉まる音に頭をかいた。
「……なんだったんだろ?」
「さあ、私にも。夕那さん、木戸君とは知り合いなのですか?」
「ううん。会ったのは今日が初めてだけど。……聞いてた印象とは、違うもんだね」
返事をして、率直な感想を思い浮かべる。ただ、それはお互い様かも知れないと、考え込んだ瞬間、屋上を強い風が吹き抜けていった。
乱れた髪を整えようと一旦、結んだ髪紐を解く。
「それが――」
「ん、何か言った? 涼子」
髪を指で梳きながら、聞こえた声に視線を向ける。
「いえ。綺麗な髪紐だと思いまして。……良ければ少し、見せてもらえませんか?」
断る理由もなく頷いて、風に揺れる髪紐を手渡した。
両手で受け取ったそれを、瞬きすら忘れたように、じっと涼子が見つめる。大切な物だと伝えた訳でもないが、扱う手つきは自分よりも余程丁寧だ。
しばらく眺めてから、感謝の言葉と共に、返された髪紐を結び直す。
「布よりゴムとかの方が楽なんだろうけど、ずっと使ってるから慣れちゃって」
「……そうですか。これからも、どうか大事にして下さい」
念を押すよう言った涼子に、もちろん、と笑って答え、出入り口へ踵を返した。
「――遅いよー。うちの学校って、そんな見所満載なの? 今度、紹介して」
机に突っ伏してどこか白くなった望が、開口一番ぼやいてきた。
それに謝ろうとした涼子の前に出て、最高の作り笑顔を見せる。
「望さん、私に何か言うことない?」
「うあ、ゴメンなさいっ」
青くなった望が、額を打ちつける勢いで頭を下げた。
なんでも発言のフォローと、質問攻めにあった後、帰ってこない私達を探して、校舎中を駆け回っていたらしい。ところが先々で行き違って? 電話は繋がらず、メールも……。
涙目で説明されている内に、怒る気も萎んだ。居残っていた生徒まで、なにか望の肩を持つし、これでは私が悪者みたいだ。
「まったく、もういいわよ。それで、なんの用?」
溜息混じりに言うと、話してもいない子から優しいなどの声が上がった。嬉しいが、何か不本意な展開に半笑いで応じる。
「えーと、この後さ、ちょっとつき合ってほしいんだけど……」
そう言った望も、眉を寄せて笑う。嫌な予感しかしないのは、気の所為だろうか。
訝しんで腕を組んだ時、涼子が教室の時計を見た。
「すみません、夕那さん。私、部活があるので、今日はこれで」
躊躇いながら、切り出された言葉にはっとする。
案内中も、運動部は普通に練習とか始めてたじゃない。当然、剣道部だって……。
「ごめんね、涼子。時間取らせちゃって。すごく助かったよ」
お礼を言うと、静かに涼子が微笑んだ。
「いいえ、お役に立てたのなら何よりです。それではお二人とも、また」
会釈をして、教室を去っていく姿に手を振る。
次の瞬間。慌てたような声が聞こえて視線を向けると、口を半分開けた望が、やおら立ち上がって身を乗り出した。見れば周りの子達も、小声で何かを言い合っている。
「な、なんでもう、二人は名前で呼び合う仲になってんの?」
「は? えと、まあ色々あったのよ」
質問へ答えて、主にあんた絡みで、とつけ加える間すらなく望が呆然とした声を出す。
「色々て……。あたしだって、まだ最近のことなのに。たったそれだけで、あたしの数か月をぶっちぎったっての? ユーナ、恐ろしい子」
口元を手で押さえた、その顔に影が差したよう見えた。
「バカ言ってないの。それで、つき合うのはいいけど、どこか行くの?」
訊くと焦ったように、ついて来て、と言った望が鞄を持って教室を出てしまう。
訳がわからず、急ぎ他の生徒へ別れを告げて後を追った。
廊下を進み、階段を下りて一階へ。
途中、購買でパンを買い、近くのベンチで手早く食べる。
「今から行くのは、部室棟なんだけど……」
隣に座る望が言った部室棟とは、校舎の裏手にある二階建ての建物だ。
主に文化部の活動拠点になっているらしいが、涼子の案内でも、それ以上の説明はなかった。その時の様子を、訊いてきた望が眉を寄せる。
「まさかユーナ。涼子から剣道部に興味ないかとか、言われてないよね?」
「言われたわよ。見学にこないかって」
答えた瞬間、パンが咽喉に詰まったのか。むせた望の背中をさする。
「大丈夫? 一気に飲み込むからよ」
「えほっ、ぢがうもん。うー、教室のことと言い、涼子どうしちゃったのよ……」
「あっ、こら! ……もう、どういう意味よ?」
まだ残っていたペットボトルのお茶を奪われ、文句を言いつつ問いかけた。
「……今日の涼子、なんか様子が変なんだって。んにゃ、前々からユーナに早く会いたい、みたいなこと言ってはいたんだけどさ」
「えっ、なんで? 馴れ初めがどうとかも。あんた結局、涼子になに吹き込んだの?」
「いや、なんでかは訊いても、よくわかんないんだけど……。吹き込んだとは失敬なっ。子供の頃に、色々助けられたユーナが初恋の相手だったとか、そういう他愛ない話をしただけで。第一、そんなことを、いきなり口走るような子じゃないんだっつーの」
一口、お茶をあおった望が、思い出すよう語りはじめた。
「涼子と今みたいな感じで話すようになったの、一学期の後半くらいなんだ。それまであの子、特に仲良い友達もいなくてね。ああ、孤立してたってことじゃないよ。男子なんか、しょっちゅう声かけてたし、話せば何でも相談に乗ってくれる。真面目な委員長だから、先生達からも信頼されてて。けど……」
僅かに間を置いて、望が続ける。
「喋り方で、気づいてるかもしれないけど。涼子って、自分から打ち解けるような性格じゃないの。っていうか、初めの方なんて、もう近づきがたいオーラ全開で……」
実家は大神町にあるけれど、何か理由があって、地元の中学には通っていなかった。
現在、住んでいるところは親戚の家で、両親と離れて暮らしてるらしいなど。家のことに関しても、様々な噂があるものの、本人の口から語られた事実は無いという。
人のこと言えないけど、複雑な家庭の事情がありそうなのね。
なにか親近感のような感情が沸きかけ、即座に否定する。単純な自分に少し呆れた。
「とにかく、諸々謎に満ちた美少女ってのが、涼子の肩書だったからさ。本日の言動に、クラスの皆さんも混乱してるって訳。さっきだってそう。……でも、ユーナに心当たりとかは、無いんだよね?」
「あるはず無いでしょ。こっちは初めて会ったのよ」
「……だよね。涼子もそう言ってたし。んー、これもある意味ミステリーか」
そう呟いたきり、望が黙り込んで前を歩く。
部室棟に向かう間。考えを巡らせたのは涼子のことだが、本当に心当たりなどは浮かばず。やがて、到着した建物を見上げる。
白い外壁と階段に、所々蔦が絡まった部室棟。ぱっと見は、古いアパートのようだ。
その二階を指差した望へ、何気なく声をかけた。
「あのね、涼子って、よく屋上に行ったりするの?」
「屋上? ……やっぱり案内されたんだ。うん、なんか好きみたいだけど」
そこでもすれ違ったのかと、望が嘆いた時。
「ふーん。じゃ、木戸君は、タイミングが良かったのかな」
「は? 将太ぁ? 何々、何時あいつと喋ったりしたの?」
屋上の場面を思い返し、ふと出した名前に、相手の表情が険しくなった。
「その屋上で、涼子と話してた時だけど」
話を聞いていた望の体が、わなわなと震えはじめる。
「部室で待っててつったのに、また余計なこと……。それに、見つけたなら見つけたで、連絡くれりゃいいじゃん。電源入れるの待つとか、意味わかんない――」
様々な感情を口調に滲ませ、足早に階段を上がっていく。すぐ後へ続くも、あまり記憶にない相手の姿に驚いた。さらに、かけようとした言葉を思わず飲み込む。
望が止まった部屋。
その扉に所謂、藁人形にしか見えない物体が、大量にぶら下がっていた。