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神人鬼  作者: 名残雪
13/30

第十二話

 校舎の屋上を吹き抜けた風に、幾つかのビニール袋が舞い上がる。

 あれは購買のパンの袋だ。素早く押さえた、自分のものと同じ。

 飛ばされた主らしき女生徒達が、待ってー、などと声を出して追ったが、囲まれた柵に引っ掛かることもなく、袋はグラウンドの方向へと消えていった。


「あー、ゴミ散らかした。ああいうことやってると、屋上で飲食禁止になるっての」

 ベンチに座った私の右隣で、望が抗議めいたことを言う。

「そうですね。マナーは守らなければ、屋上への出入り自体、禁止なんてことにもなりかねません」

 それに応じたのは、左隣に座る涼子。ハンカチで口元を拭きながら、きちんと食べ終えた袋を、スカートのポケットへ入れた。


 二人と連れ立ってきた屋上で、昼食を済ませたばかりだが、お昼休みも残り僅か。出来たらこういう場所では、お弁当を食べたいところだけど、全員揃って購買のパンだった。


「結局、階段で転んだっていう木戸君の嘘は、家の人にバレちゃったんだ?」

「うん、そうみたい。ま、あれはどう見ても、転んだって感じには見えないからね。……でも、ちょっとケンカしたってだけで、あとは適当に誤魔化したつってた」

 私の質問に答えた望が、苦笑を浮かべる。


 今日、木戸君は学校を休んでいた。原因はやはり、昨日のケンカ。怪我などは涼子の診たて通り大したことはなく、休んだ理由も一応、大事を取っただけらしい。

 その辺のことは昼に話す、と朝一人で登校してきた望に言われていたので、気にかけていた涼子とも、ひとまず胸を撫で下ろした。


「なんかねー、涼子にすごく感謝ってか、感動してたよ。冗談か本気かわかんないけど、今度、弟子にしてもらう、とか言ってて……」

 予想外の発言に一瞬、飲んでいた紙パックのお茶でむせそうになる。

「い、いえ。私が人にモノを教えるなど、とんでもない話です。木戸君は何か武道の経験があるのですか? 皆さんの話では、私が行く前に大立ち回りをやったとか」

 焦ったような涼子の言葉に、望が首を捻った。

「そんなのないから、あたしも気になって訊いたんだ。したら、通信空手で勉強したんだとか、また嘘くさいこと言ってさ」

 それは、さすがに無さそうと同意した時。そっと周囲を伺った望が、声を潜めつつ顔を寄せてきた。


「――んで、二人は昨日のあれ。ほんとのとこ、どう思ってんの?」

「どうって、な、なにが?」

「だから、酔っ払いの狼藉(ろうぜき)か。はたまた悪霊の仕業かって、そういう話」

 悪霊! 単語に反応して、少し大きな声を上げてしまった。

 途端に声が大きいと耳元で望が囁くも、あんたは顔が近いわ、と返して涼子を見る。

「望さん。この世に悪霊、いえ、霊なんてモノは存在しませんよ」

 きっぱりとした口調に言葉を飲むと、望もまた、ぽかんとした表情をしていた。

「す、ストレートなご意見で。でも、これ言い出したのって確か涼子じゃん」

「……かもしれませんが、あれは、冗談です」

 取りつく島も無い様子に、ぐぬぬっと呻いて望が唇を噛む。

 ただ、涼子の態度は、相手を思ってのことで――。


 昨日、マンションから駅まで送ってもらう間。自分の(ちから)に関することは、他の人に黙っていてほしい、と涼子から頼まれている。理由はまた今度話すとのことだったが、深く考えなくても色々、察しはつくので了承していた。


 もちろん、友人を関わらせたくないという気持も、理由の一つにあるはず。

 だから、ここは協力すべきだと考えて口を開いた。

「そうだよ、望。あんまり、そういうこと言ってると、木戸君に呆れられるわよ? 俺はこんなバカを助ける為に体張ったのか……って」

「わー、将太の声で再生したらめっちゃ腹立つ台詞だ。うーん、まあそれはそうとして、さ。お二人さん、今朝からなんか、おかしくない?」

 じーっと、胡乱気な眼差しを向けられ、咄嗟に涼子と顔を見合わせた。


 望の言う通りで、今日は幾度なく涼子と視線を合わせている。昨日の話をどう切り出すか、タイミングを探ってのことだったが、言い出せずに現在まできていた。

「なにを言ってんの、あんたは。別に普段と変わらないよ。ね? 涼子」

「そうですよ。望さん、まだ少し疲れているのでは?」

「いや、それだっ。その目と目で通じ合う、視線のレーザービームはなによ? ……昨日、二人っきりになった後、なんかあったの?」

 取り繕った結果、眼差しがさらに厳しさを増した。

 どう切り抜けるべきか、もう涼子を見ることも出来ず、困り果てた時。屋上に現れた同じクラスの女生徒が、望のことを呼んで、日直の仕事がどうのと騒いだ。


「あっ、将太の代わり、引き受けたの忘れてた。黒板とか消さなきゃ」

 立ち上がった相手の様子に、安堵の息を吐く。……が。

「ユーナっ、続きは放課後、部室で訊かせてもらうからね」

 一歩踏み出して、振り返った望の言葉に急ぎ口を開いた。

「ちょっと今日はミス研、休みじゃないの?」

 活動は基本、週二回程だが。予定は明日のはず――。

「文化祭前だし、その辺は臨機応変に変わったりすんのっ」

「それは、適当って言うのよ。こら、待ちなさい、望っ」

 呼び掛け空しく、二人も遅れないでよ、と捨て台詞を残した姿が出入り口へ消えた。


「まったく、勝手なんだから。涼子、昨日の続きね。放課後に話したいって思ってたんだけど。えと、時間とか場所とか、どうしたらいいかな?」

 訊いてから見た、相手の切羽詰まったような表情に驚く。

「こちらの都合は、お気になさらず。とにかくっ、ミス研の活動が終わったら、一度連絡して下さい」

「う、うん。わかったけど、今日って剣道部の方は?」


「私の部活などっ!」

「――ッ」


 俄かに涼子の声が気色ばんで、肌にピリピリとした感覚が走った。近くにいた数人の生徒まで同時に周囲を見回し、今なんか感じなかった? と会話を交える。

「す、すみません……」

 何を謝ったのか不明だが、気にしないでと相手へ声をかけた。それは、気にしてはいけないという、自身に向けた言葉の裏返しかも知れない。

 そう思った時、予鈴が鳴って……。ぼちぼちと屋上にいた人達が、校舎へ戻り始めた。


「私達も、行こうか?」

「はい、そうですね……」

 当りさわりの無いことを言い合って、涼子がすっと立ち上がり、自分もそれに倣う。

 前を歩くその背に声をかけようとしたが、逡巡して黙ってしまった。

 笑い話にもならないけど、望や木戸君にとって、今回の騒ぎは終わったこと。でも、私には始まる以前の問題で。自分が何に関わっているのかさえ、まだわかっていない……。


 放課後になっても、望の対応に変更はなかった。

 涼子とのことなど、変わらず色々訊かれたが、相手も半ば冗談で言っているだけ。特に根拠はないはずなので、こちらも何もなかったと繰り返すしかない。


「でもさ、ユーナの中で涼子の株、うなぎ登りでしょ?」

「そんな言い方をするんじゃないの。あんただって、助けられたんだから」

 部室棟に向かう途中。購買近くのベンチに座った望へ、立ったまま言葉を返す。

 何気ない会話だが、あまり悠長に構えていられる気分ではなかった。

「そりゃ、そうなんだけど。一日経って、なんかこう、もやもやとしたモノがさ」

 歯切れの悪い望の様子に、少し考え込む。

 現在、部室では先輩が、文化祭のレポートを仕上げている最中だという。これから、その手伝いをしにいくそうだが……。

 用事はなるべく早めに済ませたいけど、涼子も部活に行ったみたいだし。こうなると、早すぎるのも気が引けるって言うか、微妙なジレンマね。


 一度、時間を確認しようと、腕時計へ視線を向けた時。望の低い声が聞こえた。

「うー、なんつーか、わかってるんだ。これ多分、涼子に対する嫉妬だなって……」

 うなだれた相手に、どういう意味かと声をかける。

「あたし、自分が我儘で気の強い性格だって自覚はしてんの。多少は意識してやってる部分もあるし。だから絶対、昨日みたいな場面でも、怖がったりしないで行動出来るって、ずっと思ってた。けど、何も出来なかった……」

「それは、あんただけじゃないわ。私だって同じよ」


 少なくとも、望は自分の意志をちゃんと示していた。そもそも相手が普通の酔った人達ならば、あんな騒ぎには、ならなかったかも知れない。

 ただ、涼子との約束があるので何も伝えられず、慰めの言葉も空々しくなってしまう。


 それでもなお、難しい顔で唸る相手へ声をかけた。

「……あんたは、どういうふうになれば満足だったの? 木戸君や涼子みたいなことをやりたかった、とか言わないでよ」

 そういうんじゃないけどさ、と渋い顔で続けた相手の頭を撫でる。

「望は普通の女の子なんだから。あまり自分を責めることないんじゃない? 第一、終わったことを悩んでも仕方ないよ。また同じようことがあった時、しっかり行動出来るよう反省すれば十分だと思うわ」

「あんなのはもういいよ……」

 呟いた望に、苦笑して応じる。


「そうは言っても、あんた見た目は可愛いんだから、気をつけなさい」

「あはは、見た目はって。でも、……うん。おし、次、ああいうことがあったら、その時はもっと頑張る」

 望の手が撫でた手に重なって、そっと握られた。

「うん。私も木戸君を見習って……大切なモノを守れるように、頑張るわ」

 互いに言い合った後、望が普段の笑顔を見せて安心する。そのまま部室へ行こうと促すも、甘えるような上目使いで、たたせて? とのたまった相手に閉口した。


 部室の扉を開けると、パソコンを操作していた先輩が、意外そうな顔で挨拶してきた。相手が部屋にいることは聞いていたので、こちらに驚きはないが……。


 今日は休みだけど、二人ともどうしたの? と首を傾げた先輩へ、助っ人にきました、と答えた望。そのやり取りから、臨機応変な対応が本当にノープランだったことを確認して、思わず溜息をつく。

 その時、木戸君は病欠だと話していた望が、不意に声を荒げた。

「将太が来ないなら帰ってくれって、どういうことですかっ、先輩っ! お姉さん二人じゃあ、戦力にもならないってこと?」

「ち、違うよっ。今やってるところは、木戸君の担当箇所で、畑中さんじゃわからないと思うし。谷本さんは関わってもいないから、別に無理しなくてもいいただだだっ!」

 座った先輩の首に腕を回して、こめかみにぐりぐりと、げんこつを圧しつける望。そこへ、どこがお姉さんよ、と突っ込んでやめさせ、涙目の先輩に出来ることはないか訊く。


「うぅ、なら仕上がってる分の推敲をお願いするよ。誤字や脱字がないか見てほしい」

 頼みに、お安い御用です、と言って頷いた望に倣い、椅子へ腰かける。

 手分けして指示されたレポートを机に広げつつ、再びパソコンに向かう先輩を見た。

 一人になってもミス研を続けてた、望の言葉で言うなら、大神町のオカルトバカ。そんな先輩が、涼子の力や(ホタル)のことを知ったら、どう思うのだろうか……。


「――先輩は、幽霊とかの存在って信じてますか?」

 はっとして、横で口を開いた望を見た。

「突然だなぁ、畑中さん。けど、幽霊か。もちろん信じてはいるよ」

 少し笑った相手の答えを聞いて、望が腕を組む。

「ですよね。先輩が信じてないつったら、ミス研の存在意義が揺らぎます。じゃ、悪霊とかが人に憑りついて、悪さするってのはあると思いますか? ユーナと将太は、そんなのないって言ってんですけど」

 横目で見られ、愛想笑いを浮かべる。こういう会話の流れは、一応予想出来た。信じていない、と言った覚えはないけれど、私はすっかり否定派になっているようだ。


「霊の存在を信じるか否かは、個人の自由だよ。ミス研に入っているから、信じていなきゃ駄目なんて決まりもない。畑中さんの言う、悪霊が何かはわからないけど。例えば動物霊の類が人に憑いて、色々と悪さをする話はよくあるね」

 ――先輩の話に思わず考え込む。

 獣塚の時に聞いた、憑物の話。それを落とすのに使われたのが、オオカミの頭骨。

 この町にとってオオカミは神聖な存在だ。それが夢に出るなんて、むしろありがたい。守られてると、言い換えることも出来るのか。ただ、それなら何で襲ってくるのか……。


 わからないことは、ひとまず置いて。望ではないが、この際、自分も夢で気になっていたこと。陰陽師と修験者について、訊いてみようと口を開いた。

「先輩は、霊能力者って実在すると思いますか?」

「今度は谷本さん? 二人は本当に、手伝いにきたの?」

 頭をかいた相手が、また少し笑った。


「……霊能力者か。どうだろう、わからないっていうのが、正直なところかな。僕自身は残念なことに、そういう霊感みたいなモノはないんだけど、二人は?」

 昨日までは、即答出来たことに躊躇う。ただ、自分の感覚としては、やはり霊感などがあるとは思えない。望も否定して首を振ったので、それに同意しつつ質問を返す。

「陰陽師とか修験者はどうです? ああいう人達は、実際に不思議な力を使えたと思いますか?」

 涼子の力にしてもそうだけど、今は少しでも情報がほしい。そんな思いで見つめた先輩が、慌てたように咳払いを入れた。


「陰陽師と言えば有名なのは、安倍晴明をおいて他にいないだろうね。平安時代の朝廷に仕え、陰陽道、暦道、天文道、漏刻(ろうこく)の仕事を司った陰陽寮の中で、天文博士を務めた稀代の陰陽師……。彼の逸話を出すと、キリがないからやめるけど。歴史上、確かに存在した人物なのは間違いない」


 その名前はさすがに知っている。陰陽寮という言葉も、なんとなく聞き覚えがあった。ただ、仕事の名称と内訳はさっぱり。漏刻って何? と訊いた望に先輩が、水時計を用いて時間を管理する仕事だと答えたが、想像もつかない。


 さらに一応、ギエン……という名前の陰陽師を知らないか先輩へ尋ねてみるも、首を横に振られた。有名人なのか訊き返され、どこかで聞いただけ、と曖昧に返事をする。

「ふむ、僕の勉強不足もあるけど。安倍晴明のように、後世までその名を知られている陰陽師なんて、恐らくほんの一握りだろう。他にも多くの呪術師が同じように朝廷へ仕え、占いをやったり、病魔を祓ったりしていた」

「……病魔を祓う? 医者みたいに、病気を治すことも出来たんですか?」


 ――病を治せる僧や、陰陽師を探した。


 そんなことを言っていたホタルの話が頭をよぎり、口をついた質問へ先輩が応じる。

「そうなんだけど、平安の昔は病気というと、大体が物の怪の仕業や、呪いなどが原因とされていたんだ。それを祓ったりすることで、人は病が治ると信じていた」

「今みたく薬飲んだり、注射打ったりはしなかったってことですか?」

 聞こえた望の声に、先輩が頷き、薬もあったことをつけ加える。

 私の子供の頃の病気は、自然に治ったけれど。結局、原因は不明。それと、同じ病にホタルはかかっていた? なら赤宗って人は? わからない……。


 頭を悩ませた時、パソコンを操作した先輩が、画面から顔を上げる。

「修験者の方は、まだ僕らにも馴染み深い存在かも知れないね。なんせ縁宗寺は……」

 躊躇うような視線を向けられたが、自分には何も気にしないでと答える。

 すると頷いた相手が、廃寺になる以前、縁宗寺は修験道を信仰する寺院だった、と望に教えた内容を、ほぼそのまま話した。

「これ、もしかして畑中さんも知っていたの?」

 一瞬、驚いたような望が先輩へ答える。

「あ、当たり前ですよ。歴史とかは苦手ですけど、このくらい一般常識ってやつです」

 得意気に言う相手を半目で見たが……。望に謝った先輩が言葉を続けた。


「じゃあ大神神社が、修験道と関わっていることも知っているのかな」

「「えっ、そうなんですか?」」

 望と言葉が被り、視線を見合(みあわ)せる。

 こっちは知らなかった? と訝しんだ先輩へ、初耳だと答えた。

「大神神社も以前は縁宗寺と同じく、修験道を信仰していたんだ。両者はともに八城岳を霊山と崇めて、長年支持を集めてきたんだけど……。そこに、神仏分離令が出されてね」

 息をついた先輩が、眉をひそめる。


「修験道っていうのは、大まかに言えば、山岳信仰に神道と仏教を合わせた宗教だ。神仏分離令は、これを信仰する寺社に二者択一を迫った。つまり、お寺なのか、神社なのかをはっきり選ばせたんだけど、かなり無茶な話さ」

「なんか乱暴ですよね。二つで一つのモノを無理やり分けようとしたんでしょ? 購買の焼きそばパンとか、別々にしたら焼きそばとパンで、もう違う食べ物になっちゃいます」

 望の例えはどうかとも思うが、言いたいことは伝わってきた。

「まあ、そうせざるを得ない時代だったんだね。そして大神神社は、境内の寺院を廃して神社の道を選択した。つまり、仏教色の排除を行ったんだ。一方の縁宗寺は、完全に寺院としての道を選択したが、その後、廃仏運動や廃藩置県の影響を受けて……」


 ――お寺は一度、廃寺の道を辿り、神社は今日まで在り続けている。


 そう言った先輩の言葉を聞いて、思案を巡らせた。

 この二つ、関係ないかと思ってたけど、そうじゃなかったんだ。ううん、ちょっと考えれば、気づきそうなこと。その神社は、狼信仰の聖地……。

「縁宗寺と大神神社。どちらの選択が正しいとか、正否を論じることは出来ないと思う。全国的にも似た様な事例があって、多くの修験者が職を失ったそうだよ」

 話しを区切るよう、息をついた先輩が私を見る。


「えー、脱線したけど、修験道の開祖と言われている修験者。役小角(えんのおづぬ)も、安倍晴明と同じく伝説的な逸話には事欠かない。孔雀明王の呪法を身につけ、鬼神を自在に使役した、大変な呪力の持ち主だったと言われている」

 使役する鬼神に水汲みや、薪割りなどもやらせていた。そう話した先輩に、望が呆れたような声を漏らす。

「んなこと、わざわざ鬼だの、神様にやらせなくても」

「それだけ凄い人だったってことじゃない? 先輩、その役小角さんも実在の?」

 望から向けた視線の先で、問い掛けた相手が口を開く。


(かすみ)を食べたり、空を飛んだりと、呪術を使う本人も相当な超人振りを発揮したそうだけど。実際に存在したという記述が、書物に残されているよ」

 人間やめてんじゃん、と言った望に先輩が笑い言葉を続けた。

「例えで挙げた二人は、陰陽師と修験者を代表する人物で、その伝説を鵜呑みには出来ないけど。常人では計り知れない、何らかの(ちから)を持った人達が、昔は確かにいたと、僕は信じているよ」


 話し終えた先輩へ、お礼を言う。……と、望が安倍晴明と役小角が闘ったら、どちらが勝つか? などと格闘技のような質問を切り出し、先輩が唖然とした顔になった。

 投げやりに、そんなのわからない、と答えた相手へ気掛りなもう一つの名を口にする。

「えと、先輩。この辺りに所縁のある修験者で、赤宗って名前の人、知りませんか?」

 問いに、訝しげな表情を見せ……。ややあってギエンと同じく、心当たりはないとの返答があった。

 こちらも駄目元で、落胆などはないが。それもどこかで聞いた名前? との質問に頷くと、先輩が無邪気そうに笑う。


「谷本さんは凄いなぁ。昨日の鬼の話もそうだ。僕もそこそこマニアックな知識はある方だけど、まったくわからないや。今度是非、何で知ったのか。覚えておいてほしいよ」

 それはっていうか、そんなことで感心しないで下さい……。

 思ったことを隠し、笑って応じた私に、ところで、と言って先輩が首を傾げた。

「幽霊だ、霊能力者だって二人とも色々訊いてくるけど、何かあったの?」

「実は、昨日ですね……ッ。あによ? ユーナ」

 普通に話し出そうとしたのを、小声で注意する。

 きょとんとした望だが、気づいたようで。昨日? と言って続きを促す先輩を見た。


「あー、なんでもないですよ。さあ、無駄話はこれくらいにして、作業に戻りましょう」

 動揺したまま、レポートをめくる望。その様子に嘆息した先輩へ、視線が向いて――。


「むー、僕には秘密なんだ? ちょっと淋しいかな……」


 純粋な少年の、どこか憂いを秘めたような眼差しを受けて、なんとも言えない感情を覚える。私は違うけれど、こういう年下系の男子が好きな女子に、先輩は……どストライクなのかも知れない。

「せ、先輩。そんな顔して外歩いてたら、悪い大人に誘拐されますよっ」

 レポートそっちのけで、背後に回り込んだ望が、先輩の頭をグシャグシャ撫でる。すぐに響いた、助けてとの声に溜息をつきながら、じゃれる悪いお姉さんをひっぺがした。


 結局、手伝いらしいことは出来ずに部室を出た、追い出されたとも言うが……後。校舎の下駄箱まで戻ったところで、望と別れる。

 プリントを渡すついでに木戸君のお見舞い行くが、つき合わないかと訊かれたけれど、用事があると断っていた。

 その約束の相手、涼子に部活が終わったことをメールで伝えて携帯をしまう。


 徐々に日暮れの近づく空、確認した時刻は五時を回っていた。

 時間的に、早すぎることはないだろう。ただ、これからどこでどんな話をされるのかわからない。涼子が自分の力を明かした理由。それを訊いてから夢のことを相談すると、もう決めてはいたが……。


「これ、きっと楽しげな会話には、ならないな」


 そんな独り言を呟いたところへ、文化祭の準備だろうか。大きな荷物を抱えた生徒が数人、笑いながら、下駄箱を通り過ぎていった。

 明日の課題やるの面倒。

 この後、どっか遊びに行く?

 こんなんで文化祭、間に合うのかよ。

 等々、聞こえた声は、様々な悩みが溢れていたが。今の私の悩みはどれとも異なる。同じ学校という空間にいるのに、そのギャップがなんとなく奇妙で、おかしくて……。


 無意識に髪紐へ手を伸ばした時、マナーモードの携帯が、振動で着信を知らせた。

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