布団から食卓まで1歩【探・幽】
布団の上に胡坐をかきながら、六畳ある自分の部屋をぐるりと見渡す。
築30年の古参物件にしては、目に見えて気になる汚れや損傷はない。
俺が越してくる前から、大家さんがこまめに掃除や修繕を行っていたのだろう。
風呂は共用だが、トイレは部屋にある。何より大学に近い。
ここはいい物件だ。
一ヶ月過ごしてきて、改めてそう感じる。
端的に言って素晴らしい、自分にはもったいないほどの良物件。
――が、しかし。
この部屋に越してきて一ヶ月、俺の周りで妙な出来事が起こり始めた。
はっきりとは分からないが、何かが起こっている。それだけは確かだ。
ついでに言うと、明らかに俺以外の何かしらの存在がこの部屋にいる様な気もする。
その何かは気配も感じないし、姿を見たことも無い。
ただ、何かがいる気がする。
ずばり言おう。
この部屋、幽霊いんじゃね?と。
そもそも、だ。
まずこの部屋の家賃を聞いたときにおかしいと思うべきだったのだろう。
家賃1万円。
くっきりぽっきり丁度1万円だ。1コインならぬ1ペーパー。
幾らなんでも安すぎる。
一般的な人間であったら、まず何かしらの陰謀を怪しむところだが、残 念ながらこの部屋に越してくる前の俺は一般的な人間ではなかった。
正確に言うならば、一般的な人間が持つほどの財産を持っていなかったのだ。
念願叶って大学に受かったのはいいものの、入学金、借金、その他もろもろを払い終わった時には、俺の手元には一枚のお札しか残っていなかった。わずか1万円。
こうなれば闇金に手を出すしかねぇ、とダークサイドへと落ちかかっていた俺は『痴漢が出ます!』と貼られた電柱に寄りかかり、ふと地面にこのアパートのチラシを見つけた。
『家賃1万円ポッキリ! 美少女大家もついてくるくる!』
眼の前に蜘蛛の糸が降りてきた。
俺はそのチラシを見るやいなや、他の連中に先を越されてはならぬ、とそのアパートへ向かった。
その時の俺は阿修羅をも凌駕し、他に糸に群がる連中がいたなら毒ガスを使ってでも蹴散らす、そういった荒ぶりようだった。
幸い糸を奪い合うような相手はおらず、その日にアパートの104号室を契約した。
ちなみに大家はかなり美少女であった。やったね。
それから一ヶ月。
俺は不可解な現象に直面している。美味い話なんてないものだ。
つい先日現在俺が直面している妙事を踏まえて、大家さんに『この部屋出るんじゃないスカ? どうなんスカ? ええおい?』と問いただしたところ、
『え、えええっ? な、何を言ってるんですかっ? え、出る? 出るって何がですか? あ、もしかして私の体の一部分が出てるとか出てないとかそういう話ですかー? もうやだー、エッチなのはいけませんよ一ノ瀬さん? うふふー』
と、大変うざ可愛いリアクションをされた。
ちなみにその時の大家さんは箒をレ○レのおじさんの様な速度で前後に動かし、目は石川賢に出てくるようなグルグル目であった。怪しい。
なにかある。俺は大家さんのリアクションからそう確信した。
しかし現象の正体が幽霊だとして……幸か不幸か、俺に霊感の様なものは一切ないようで、ハッキリとした証拠を見つけることができないでいる。
もしかすると幽霊なんてものはいなくて、俺の脳に何らかの異常があり、そのせいで何かがいると錯覚しているという可能性もある。
その場合は速やかにプリズン病院へ行かなければならない。
檻の中で一生過ごすのとかマジ勘弁なんで、脱走する予定も並列して立てつつ。
ともかく、いるのかいないのか、だ。ハッキリさせておきたい。
俺の勘違いなのか、はたまた本当に『いる』のか。
俺は答えを出すために、大学へ向かった。
※※※
俺の数少ない友人に、遠藤寺という人間がいる。
大学に入った頃からの付き合いだ。
互いに大学には友人がおらず、入学式後から何だかんだと行動を一緒にしている。
俺は大学内に二つある内の近い方の食堂に入った。
テーブルを中心に雑談をしたり、カードゲームをする生徒の集団をすり抜け、一番奥へ向かう。
食堂の一番奥にはテーブル群からポツリと離れて一つだけテーブルが存在する。
壁や観葉植物の死角になっており、未だこの席の存在を知らない生徒もいるかもしれない。
そこに遠藤寺はいた。
実質そこは遠藤寺の専用席だ。
うどんを啜っている遠藤寺の正面に座る。
「……おや、今日授業は無かったはずじゃ?」
椅子を引く音で気付いたのか、遠藤寺が顔を上げながら言った。
つるんと音を立てて麺が、遠藤寺のほんのり赤い唇に挟まれ吸い込まれていく。うどんが羨ましい……俺も遠藤寺の唇に吸い込まれたい……。
「ふむ? ボクの顔に何か付いてるかい?」
相変わらず見ているだけでこちらが眠くなってくるようなジト目でこちらを見つめてくる。相手に威圧感を与えるその目だが、俺はもう慣れた。
次に目に入るのは、ふんわりウェーブがかかった肩まである茶髪……の上で自己主張するドでかい真っ赤なリボンだ。
リボンだ。リボンなのである。
いい年してとかそういうレベルではない。
こんなリボンをつけている大学生は現状、眼の前にいる遠藤寺だけだろう。
そして着ているのはフリフリのロリータファッション。
言っておくが遠藤寺は飛び級してきた小学生でもなければ、未だ中学生に間違えられる様な合法ロリでもない。
それなりに小柄で童顔ではあるが、どれだけ頑張って見ても高校生に見えるかギリギリのところだ。
そんな女性がフリフリのロリータでリボンである。加えてどことなく芝居がかった口調。そして一人称はボク。
そりゃ友達もできないだろう。
そしてそんな彼女しか友達がいない俺はなんなんだろうか。
多分友神(友達を作る能力を司る神)は俺のことが大嫌いなんだろう。いや、もしかすると逆に大好き過ぎてツンデレっぽく『ほ、他の奴なんて近づかせないんだから!』とか職権乱用をしてるのかも……?
それならよし!
「授業は無い。遠藤寺、お前にちょっと相談があってな」
「ボクにかい? それは嬉しいね。ボクは人に頼られるのが三番目くらいに好きなんだよ」
「へー」
「2番目はうどんだ」
「知ってる」
毎日食ってるからな。最早見慣れすぎて、遠藤寺がうどん以外の物を食べてると違和感すら覚える。やっぱりうどんは遠藤寺に限るな。
「言うまでもないことだけど、1番好きなのは……推理をすることさ」
遠藤寺は推理大好き人間である。そして学生の傍ら、探偵業を営んでいる。ハッキリ言うと変人だ。
しかし変人ではあるが、知識量は凄まじい。
今まで数多の難事件をその知識、推理力、財力(こいつん家マジ金持ち)で解き明かしてきた。
その難事件だけで、アニメにして1クールほどの番外編ができるだろう。タイトルは『遠藤寺の極めて不本意な名推理』でどうだろうか。
ともかく何らかの相談をするのにはうってつけだ。
俺は早速、現在自分の部屋で起こっている出来事について話してみた。
「……ふぅん、幽霊ね」
「ああ」
「君がそんなオカルトじみた存在を信じていることに、ボクは驚くよ」
俺がオカルトを信じてない? それどこ情報よ。
俺ほどオカルトっつーかファンタジー好きな人間はいないぜ?
モンスター娘とかめちゃくちゃ好きだし。
それにサンタさんの正体を知ってなお、サンタさんへのお手紙を続けてるくらいファンタジーを信じてるし。
しかし、サンタさんマジ日本語うめぇ。
ただ俺の妹と筆跡がクリソツなのが少し気になるけど。
「だって仕方ないだろ? 実際明らかにおかしいことが起こってるんだ」
「ふむ。具体的には何が起こってるんだい?」
遠藤寺には俺の部屋に幽霊的なものが出る、としか話しておらず、具体的なことは話していない。
そうだな……。
俺はここ一ヶ月で起こった出来事を頭に浮かべた。
「まず、部屋が綺麗だな」
「それはあれかい? 自分が掃除好き、ということを言いたいのかい?」
「いや、そうじゃない。俺は越してきて一ヶ月、一度も掃除をしていない。なのに埃の一つも積もらない、窓はピカピカ、トイレの蓋に顔が映る。廊下はスケートできるくらい磨かれてるんだぜ?」
「……」
遠藤寺は『何で一回も掃除してないんだよ……』みたいな顔で俺を見た。
だってしょうがないジャン。
そういうのってさ、普段の習慣でしょ?
俺って今まで掃除なんてしたことないし。
むしろ実家にいた頃は、妹が絶対にさせてくれなかったし。
自分の部屋くらいは自分やるって言っても、ギラギラした目の妹に押し切られてたし。
どーでもいいけどエロ本の中身をすり替えんのとかマジ勘弁して欲しい。
さえない草食系の青年が小悪魔ちっくなロリに誘惑される系とか、俺あんまり食指が動かないんだけど。
でもそのジャンルしか残ってないから読まざるをえない。
え? もしかして実の妹に調教されちゃってる?
あはは、まさかナ!
「他には?」
「朝起きたら食事ができてる。学校から帰ってきても同じく」
「……昼は?」
「ほれ、これ弁当」
俺は遠藤寺の前に弁当箱を置いた。
中身はタコさんウインナー、卵焼き、一口ハンバーグと定番のものが入ってる。
そして美味い。
ちなみに大学用の鞄の中にいつの間にか入っているのだ。
「確かに。ここ1ヶ月で君という人間をある程度は理解したが、どう考えても料理をしそうにない」
遠藤寺は眉間にシワを寄せ、右手で顔を覆った。
「……もしかして、食後の皿も気付けば洗われてたり?」
「よく分かったな」
「君今までに遅刻してきたことないよね?」
「まあな。何か朝スッキリ目が覚めるんだよ。起きる時も心地よい揺れと共に。まるで誰かに起こされてるみたいに」
遠藤寺はフゥとため息をついた。
「君、それ幽霊じゃなくてお嫁さんじゃないのかい?」
「いや俺結婚してねえし」
「知ってるよ……ふむ」
遠藤寺はうむうむと唸り始めた。珍しい。
いつもだったら俺の質問や相談に対して、ものの数秒かからず『それはだね』と皮肉気に微笑みながら答えを返してくるのに。
これはもしかすると遠藤寺探偵もお手上げですかな?
お、つまり次は助手的立場にある俺がこのロートルを下して、主人公になったり?
いいね!
あ、でも俺推理とかできないな……。
いや、これからの時代、専門職一辺倒だけではやっていけない。
探偵だって推理以外の何かが必要として然るべきだ。
そして俺にできるのは……脱ぐくらいか。
こ、これいいんじゃなイカ?
犯人を追い詰める時、おもむろに脱ぎ出す探偵。犯人を押し倒す。
『犯人はあんただ。今からあんたの謎を俺が解き明かしてやんよ』暗転。
何やかんやで犯人が白状。自首しようとする犯人を引き止め囁く。
『あんたを警察には渡さねえ。俺ンとこで罪を償いな』
一話毎に増えていくヒロイン。プレイの幅も増していく……そして伝説へ。
はいきた!
これ海外狙えるで! 人気出てズルズル引き伸ばしてメインキャラ殺したりして話題性を再燃させようとする展開が見えた!
「しかしそれが幽霊の仕業だとしたら……幽霊という存在の認識を改めてなければならないね。幽霊ってのは基本的に誰かを怖がらせるものだと思っていたけど……ふむ。幽霊にも色々いるのか、はたまた何らかの目的があるのか」
俺がゴールデングローブ賞を受賞し、隣にエマ・ワトソンを侍らせている光景から現実に帰ってくると遠藤寺が鞄から眼鏡を取り出した。
何の変哲もない、普通の黒縁メガネだ。
俺に眼鏡属性はないので、それに欲情することはない。
「これを君にあげるよ」
「え、何で?」
どういうことだろうか。
眼鏡を俺にプレゼント?
なんだ遠藤寺は眼鏡フェチだったのか。
しかし残念ながら俺とは相容れない。俺は眼鏡ってやつが大嫌いなんだ。
人間ってのは素の状態、神に与えられた肉体そのものが美しい。
ピアスや刺青、眼鏡や指輪、そんなもん糞喰らえだ!
はぁ、やれやれ俺とコイツの関係もここまでか。
俺は遠藤寺に絶縁を申し出ようと、受け取った眼鏡を振りかぶった。
「それは少し特殊な眼鏡でね」
振りかぶった手をさながら竜の様な動きで戻した。
え? 特殊な眼鏡?
……。
透ケルトングラァァァスッ!(必殺技っぽく)
俺はおもむろに眼鏡を装着し、目の前の遠藤寺を穴の開くほど見つめた。
だが透けねぇ! 微塵も透けねぇ!
遠藤寺の着痩せしている(と思われる)瑞々しい肢体が見えん!
「その眼鏡をつけると、普段は見えない物が見える……らしい。ちょっとしたツテで手に入れた物でね、ボクはオカルト方面には興味がないんで持て余していたんだ。ま、もしかすると今日君に渡す為にボクの手元に来たのかもしれないね、ははっ」
『運命は繋がっている、なんてね』とか痛いことを言いつつ笑う遠藤寺を無視して、俺は身体の全能力を視力に集中した。
視ることに集中しすぎて心臓の鼓動すら弱まっていく。頭はぼぅっとしてきた、血液がうまく循環していないんだろう。
しかし、それでも。
俺の魂を削っても、遠藤寺の服の下が見えることは無かった。
「何も見えざらんや!」
「こんな人の集まっている所にはいないんじゃないか? 『そういうの』は。まあ、常識的に考えて、だけど」
「常識なんてぶっ飛ばせよ!」
んだよ糞!
これから少年漫画レベルのエロ展開が繰り広げられるんじゃなかったのかよ! エロ展開だったら売れるだろうが!
ふざけんなよ糞編集! 第二の矢吹神になりたくねーのかよ!
裸も見れない眼鏡なぞ不要! へし折ってやる!
「あ、その眼鏡はね、何やら結構有名な職人が作った物みたいでね、世界に三つしかない。価格にするとしたら……ま、こういうのは無粋かな? 小さな国くらいは買えるかもしれないけどね。でも、それはもう君の物だから、好きにするといいよ。ただせっかくプレゼントしたんだ、大切にはして欲しいけどね」
「……これからよろしくね、眼鏡様」
今日この日、俺は眼鏡に屈した。
自分より価値のある存在に媚へつらうのは人として当然だろう?
これから俺は眼鏡様の意思に従い、眼鏡を普及していこうと思う。
ただ忘れないで欲しい。
心まで眼鏡に屈したわけではないと。
いつか眼鏡レジスタンス(コンタクトは可)のリーダーとして立ち上がると。
未来への宣誓をしつつ、俺は眼鏡を装着した。
度は入っていなかった。
■■■
適当に遠藤寺と駄弁った後、早々に大学から出た。
友人の少ない俺にとって、大学というのはただの勉学の場だ。
間違っても友達とモ○ハンをやる場所じゃない。
一応サークルに属しているといっても、幽霊部員だ。
「……ふふ」
幽霊部員の俺の家に、幽霊(らしき物)がいるなんて……皮肉だな。
これで俺が幽霊という名でかつて、不良達を震え上がらせた伝説の不良狩りだから更にドン!(寝る前にする妄想の話です)
俺のチャリの名前はゴーストシップ!(これは本当)
中学生の頃好きだった女子に『あ、いたの? あははっ、ごめん。君って何か幽霊みたいだよね、存在感のないところとか』と言われたことあり。
幽霊のカルテット……か。
あれおかしいな? 何か胸が痛い……。
「どうして人は黒歴史を掘り出そうとするのか。埋めたままでいいのに」
人の業の深さに涙を流しつつ、アパートへ到着。
アパートの庭にはいつも通り大家さんがいた。
今時和服を着た大家さんなんて、彼女くらいじゃないだろうか。
そもそもこの人いくつなんだろう……。
かなり歳下に見えるけど……女ってやつは分からんからな。
あのピチピチした肌は化粧によるコーティングであり、下には砂漠地帯が広がっているかもしれない。
「ただいま大家さん」
「あらー? 一ノ瀬さん、お帰りなさーい。学校は楽しかったですか?」
「ええ、まあ。友人達との交流は、それ自体が本を読むこと以上に勉強になります」
「わー、友達全然いないのに、そういうこといえちゃうポジティブさ! 一ノ瀬さんのそういうところカッコイイと思います!」
ニコニコと満面の笑みを浮かべる大家さん。
この人の相手をするのもそれなりに楽しいが、今は自分の部屋の幽霊だ。
大家さんには悪いが、早々に切り上げさせてもらおう。
「あ、ちょっと用事があるんで――」
「おやおや? わっ、その眼鏡お似合いですね!」
「お目が高い。流石美少女大家を職業としていることはある、見る目が違いますな!」
俺の中で大家さんに対する好感度が20ほど上がった。
「やだもぅ、美少女大家だなんて……照れるじゃないですかっ。私の好感度が200も上がちゃっいましたよっ」
「いえいえ。謙遜しないで下さい。俺はこのアパートで暮らせて本当に嬉しいです……大家さんみたいな美少女!に毎日会えますからね」
「はふぅ……。今ので好感度が5000も上がっちゃいました。もう、一ノ瀬さんは好感度を上げるのが上手いですねー……上げるのが上手い男――上げマン! ヨッ、上げマン! カックイー!」
「今の発言で大家さんに対する好感度ゲージが無くなりました。さようなら」
「攻略対象外に!? なにゆえ!?」
「一言多いんですよ大家さん。せっかく美少女で大家なんですから、もっと自分を大切にして下さい。下ネタなんてもっての他です」
「し、下ネタ? わ、私なんか破廉恥なこと言っちゃったんですか!? あわわぁ……」
天然だったのか……。
顔を両手で覆い座り込んだ大家さん。
俺の中で好感度ゲージが復活した。
俺の中の好感度ゲージは現在3本である。
大家さん、遠藤寺そしてサンタさんだ。
何気にサンタさんの好感度が一番高いのは、恐らく毎日のようにメールを交換しているからだろう。
残りの二人にはもっと頑張って欲しいものだ。
何だかんだで大家さんと駄弁っていたら、2時間も経っていた。
もう辺りはすっかり日が暮れたが、よくよく考えると夜は『そういうの』が活発に活動する(ような気がする)のでよしとしよう。
大家さんと別れる前『最近、この辺りで痴漢が出るらしいから一ノ瀬さんも気をつけてくださいねー』と言われた。一番気をつけるべきなのは大家さんの方だと思うけど。
大家さんから貰った大根を手に、自分の部屋へ入った。
「ただいまー」
当然返事はない。
この部屋に住むのは俺一人……多分だが。
それが今日明らかになる。
六畳部屋の中心にある丸机、そこには今日も夕食が用意されていた。
オムライスとサラダ、コーンスープである。
ホカホカと湯気を立て、俺の空腹中枢を刺激する。
さて、取りあえずは飯を食べてから真実を解き明かそう。
正体を暴くやいなや『ウォォォォォォォォ! 我の正体見たなァァァァァァ! 殺してやるぅぅぅぅぅWRYYYYYYYYYYYY!!!』なんて幽霊ムーブ(幽霊特有の動き。緩急の付け方が匠)で襲われたらたまったもんじゃない。
飯食って体力を充実させてからだ。
幽霊が悪い幽霊だった時のことも考えないといけないからな。
もしやすると俺が中学生の時に鍛えた我流アーツ『カポエラン』が役に立つかもしれない。
あれ、対人間じゃないモノ用だからな。
「しかし相変わらず美味いなぁ……こんな飯作れるお嫁さんが欲しいわ」
『ガタタッ』
「……なんだ?」
部屋の隅から何かがぶつかる音がした。
食事の手を止め、じっと部屋の様子を伺う。
しかし、これといって変わった様子もない。
音もこれ以上する気配はない。
こういうことはよくある。
俺が突然全裸になったり(一人暮らしの特権)、妙にハイな気分で(一人暮らしだとタマにある、異様なテンション)おもむろに繰り出したバク転を失敗した時とか、政治番組を見ながら自分流の『日本をよくする方法』を声高々に語っている最中突然『猿のようなセッ○ス!』と叫んだ時とか……そういう時にこんな音がする。
やはり何かいるのか?
この部屋に幽霊がいるかも、と考えたのは三日ほど前だ。
それまでこの音は俺の史実に無い動き(イリーガルアクション)が世界を動かした際に発生した世界の軋みのようなものだと思っていたが……。
「ごちそうさま。今日もとても美味しかったです」
飯も食い終わり、俺は眼鏡を手にとった。
遂にこの部屋にいるナニカの正体が明らかになる。
俺の精神的不調による妄想なのか、はたまた『ナニカ』がいるのか、実は大家さんが勝手へ部屋に侵入して飯作ったりしていたのか……。
この眼鏡によって全てが明らかになる。
「さーて、舞台の幕開けだぜ――その前に風呂に入っておくか」
飯を食い終わった後は、無性に風呂に入りたくなる。
入らないとモヤモヤするし、風呂上がってからでいいか。
俺は用意されていたパジャマを手に取り、部屋を出て共用の風呂に向かった。
「おっと」
風呂へと歩いている時、まだ自分の手に眼鏡があることに気づいた。
眼鏡ケースを探す、がない。
部屋に置き忘れたようだ。
このまま脱衣所に置いておくのは怖い。何せ小国家が購入できるほど価値があるものだ。
部屋に戻っておいてくることにした。
部屋の入口のドア。
このアパートは妙に部屋のドアが重い。
恐らくは老朽化が原因だと思われる。
パワータイプの俺ですら、両手でなけりゃ開けられないほどだ。
両手を使おうとしたが、手に持った眼鏡が邪魔だったので、とりあえず装着した。そして思い切り扉を開けた。
靴を脱ぎ、短い廊下を抜け、六畳間の襖をあける。
――全裸の少女がいた。
少女は鼻歌なんぞを歌いながら、俺が食べ終わった食器の後片付けをしていた。
機嫌がよさそうだ。
小ぶりな尻が揺れている。
この揺れが世界に生中継されれば、きっと戦争も終わるだろう、そう思った。
「つっつくつー、つっつくつー、今日も完食うれしいなー、明日は何にしようかなー、らんらんらー『今日は……同じ布団で寝ないか?』な、なんちゃってー! まだ早い! まだ早いよ! 隣でいっぱいいっぱいですからー、残念!」
珍しい髪の色をしている、真っ白な、光の加減によっては銀色にも見える。
肌は白い。全体的に小柄で、身長170cmの俺より頭二つ下くらいだろう。
胸は控えめだ。
しかし、こう、明け透けに裸を見せられると、逆に興奮しないな……。
やはりチラリズムこそが正義!
やっぱり父さんの言葉は正しかったんだ!
正義はあったんだ!
「辰巳君はお風呂ー、おふろージャブンジャブン! 私は洗い物ー、じゃぶんじゃぶん! 二人でジャブジャブ、ジャブ漬けだー……っと。あれ?」
ノリノリな少女の視線が入口にいる俺へと向いた。
少女はムッと眉を寄せ、人差し指を立てた。
「こらっ、早すぎるでしょっ。鴉もびっくりだよ。肩まで浸かって100数えてないよね、絶対! むぅ……風邪ひいちゃうよ? まぁ、ひいたら私が看病するけど……ってそれが目的かっ? 策士だなー。よっ、現代の孔明!」
何が孔明だ! あんなもん相手を狭いとこにおびき寄せて『今です!』とか叫ぶだけの簡単なオッサンじゃねーか。
男だったらやっぱり呂布だろ。
ちなみに自慢話になるが俺、中学生の時自分のこと呂布だと思ってた。
どういうことかって言うと、朝俺が教室に入るとクラスの連中が俺見て『い、一ノ瀬だ……うわぁ』とか怯え気味に言うの、超小声で。
いや、もう俺マジで朝から肩すくめまくり。おいおいクラスメイツ、俺のことビビリ過ぎだろと。俺カタギには手出さねぇから。
ははっ、懐かしい過去だぜ。
……あ、あれおかしいな? 武勇伝の筈なのにどうして涙が出ちゃうの?
「あー、困ったな。辰巳君がお風呂入ってる間に、洗い物とか洗濯とか済ましときたかったんだけど……まぁ、辰巳君が寝た後でいいかな? 辰巳君一回寝たら馬鹿みたいに起きないし、ふふっ」
なんだと。
「よしそうしようSo she yo! 決定! 辰巳君が寝てから、辰巳君の寝顔を1時間……いや、2時間、うん。2時間見て、それから家事だっ。そうと決まれば、辰巳君がよそ見をした隙にサッとお布団ひこうかな。辰巳君って結構馬鹿だからねー『あれ? 布団がいつの間に……? 俺無意識にしたのかな?』なんて! そーいう所もかわいいなー」
「ちょっと馬鹿って言い過ぎじゃないですかね?」
「えー、でも馬鹿って言っても、いい意味での馬鹿だよ? いい意味の、長所的な部分で」
「そうか、いい意味でなら……まあいいか」
「そーそー……ん?」
つまらない真面目より楽しい馬鹿って言うもんな(今作った)
しかしこの少女、一体何者なのか。
なぜ俺の部屋で、家事をしているんだろうか、全裸で。
意味が分からない。
いや……何かが俺の中で繋がろうとしている。
まさか、そういうことなのか?
少女は訝しげな目でこちらを見ている。
「え、えーと……あれ? 辰巳君?」
「イカにも」
「あ、あれれ? お、おかしいな……これってどういうことなのかな? わ、私の気のせいなのかな? ……も、もしかして私のこと見えちゃったりしてる?」
「見えるか見えないかで言うなら……まあ見えてるな、全部」
「……はわっ」
少女の顔が真っ青になった。
次いで自分の身体を見下ろし真っ赤に。
途中で黄色を挟んでいれば、信号になったのにな。
「――はわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
少女は悲鳴をあげ、グリングリンと周囲を見渡し、テーブルの下に潜り込もうとし頭をぶつけ、頭を抑えながら涙目で押入れの襖を開け、毛布を引っ張りだし、その毛布にくるまった(この間およそ3分である)
かたつむりのに様にくるまり、涙目で俺を見つめる少女を見て、俺は全て理解した。
目の前にいる存在の正体を。
全裸、勝手に人の部屋に侵入、見知らぬ少女――全てのピースが繋がった。
汝の正体見たり!
「――君は最近この辺りを荒らしている痴漢!」
QED……俺はクールに呟いた。