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そのお見合いは、危険です。  作者: 藤谷 要
復讐編 実行の章

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尋問 2

 大橋以外の世話人は挨拶以外に佳子と会話をすることもなく、無言で普通に仕事をしてくれるのだが、彼女だけは佳子に対して敵意を剥き出しで接してくる。

 大橋は部屋に入室する時から眉間に皺を寄せて、佳子を無言で睨みつけるように入ってくる。

 配膳の時も彼女は机の上に乱暴に置くので、お盆に汁が零れることはいつものことだった。

 彼女は春人に一方的に好意を抱いているので、恋敵の佳子のことは憎らしく思っているのだろう。そんなに嫌なら会いに来なければいいのに、と佳子は辟易としていた。


 さらに最悪な事に、里香は帰り際になると、春人のことをいちいち佳子に報告してくるのだ。


「昨日は彼と一緒に冬休みの宿題をした後に、夕飯を用意して一緒に食べたのよ」


と、どうでもいい内容のことを大橋が話した時は、佳子は聞き流していたが、


「彼の着ているブルゾンなんだけど、あの○×メーカーの。あれって、あたしが見立ててあげたやつなのよ。一緒にアウトレットにドライブに行って、楽しかったな~」


 春人の上着について話題が触れた時に、大橋が口にした服のメーカーが正しくその通りだったので、佳子は内心驚いてしまった。佳子が彼と海岸に行った帰りに、寒さ対策に上着を借りたことがあり、その服のメーカーのタグを佳子は覚えていたのだ。

 佳子の顔が強張ったのに気付いたのか、大橋は満足そうな表情をして、その日は帰って行った。

 佳子は嫌な気分になったが、他人の上着のメーカーくらい、脱いだ時にいくらでも見る機会はあると考えて、深く気にしないことにした。


「彼と一緒にボーリング行った時になんて、あたしが三回連続ストライク出したもんだから、ご褒美に彼に抱き締めてもらちゃったのよ~」


(勝手に抱きついただけのくせに。)


「学校のお昼は、いつも一緒に過ごしているの」


(ただ単につきまとっているだけでしょ。)


「今日はこれから一緒におせちを作る予定なの」


(親戚の家だから、ただ単に顔をあわせるだけでしょ。)


「彼のお父さんにはすごく気に入られていてさ~、あたしがお嫁に来てくれたら、家が明るくなって嬉しいな~って言われているんだよね。もう親公認ってやつ?」


(ただのお世辞でしょ。)


 大橋の悪意を佳子はひしひしと感じながら、内心悪態をついて、口では何も返事をせずに相手にしなかった。

 今まで春人に彼女にはつきまとわれて困っていると聞いていた。彼女の意地の悪い態度はそれを裏付けるのに十分なものだった。


 大橋の話すことは、佳子を傷つけることが明白で、簡単にその内容を信じることはできなかった。しかし、佳子の心に鬱憤が溜まり、悲鳴を上げているのは確かだった。


(春人さんに会って、彼から話を聞くことができたら、すぐにでも無くなる不安なのに。)


 苛立つ気分を抱えながらも、そんなことで佳子は事を荒立てるのもどうかと思い、彼女が帰るまで無言で耐えて、誰かに文句を言うことは無かった。


 外からはカラスの鳴き声が聞こえる。カラスですら仲間と共にいるのに、今の佳子は独りきりだ。佳子は思わず孤独を感じずにはいられなかった。



 年が明けて、さらに一週間くらい経った後、一上元が自殺したと耳にした。

 その情報源は皮肉な事に大橋だった。いつもは彼女の言葉には耳を貸したことがなかったが、今回ばかりは本当かと佳子は尋ねてしまった。


「本当よ、新聞の弔事欄に名前が書かれていたもの。きっと分家の主として自分で責任をとったのね。どっかの誰かさんと違って、いつまでも罪を認めない人とは大違いね~」


 佳子に対して嫌味を言って里香は帰って行った。彼女の言葉が佳子の胸に突き刺さる。


 自分が疑われて取り調べを受けているのは、仕方がないことだと佳子は考えていた。佳子は一族の重要な立場にいる。何より父親が悪事に手を染めていた。けれども、無関係だと一生懸命事情を説明すれば、理解してもらえると思っていた。


 ところが、現状は違った。状況は変わらず、その見込みすら全く見えない。佳子の置かれた立場は、完全に容疑者だ。

 春人の義兄の慶三郎は、ただ事情を聞きたいと佳子に好意的に接してくれたため、ここまで疑われているとは考えてもいなかった。

 この牢屋のような部屋に佳子が閉じ込められて以来、彼は姿を一切現さずに、代わりに訪れるのは感情を逆撫でるようなことばかり口にする大橋という女だ。

 大橋は春人と親公認の恋人同士であるかのように振る舞い、態度では佳子を蔑んでいる。


 布施の尋問では佳子を精神的に痛めつけて、まるで罪人として裁かせるために、追い詰めようとしている。

 じわじわと不信感という暗い感情が、佳子の心に湧き上がる。


 悪人の正体を巧妙に隠して、優しい態度で接してくれた真吾のように、慶三郎も同じ魂胆で佳子に接していたのだろうか。この取り調べのやり方も、彼の指示なのだろうか。そう疑わずにいられない状況に佳子は陥っていた。


 春人の義兄である慶三郎は、沢山の人に指示を出していた。

 会場が騒ぎになった途端、まるで機会を窺っていたように、姿を現したと思ったら、人を使って親族たちを手際よく捕えていた。

 慶三郎はあの場を簡単に掌握していた。

 事前に春人が慶三郎に相談していたと言っていたので、あの時は特に不審に思わなかった。

 しかし、あの彼らの段取りが良さは、事前に念入りに計画を練っていなければ難しいと思われた。


(本当に相談しただけなの? 情報が筒抜けだったような気がするのは、気のせい?)


 佳子はそう考えて、あまりの残酷な想像に、独りきりの部屋で泣きそうになった。


(一体、自分は何て酷いことを考えていたのだろう――。真吾に裏切られたからと言って、やみくもに人を疑うのは、自分の心の弱さを晒すことになるだけよ。)


 春人は佳子の身を守りたいために、義兄の力を借りたのだ。彼がそう言っていたのだから、それを信じなければ恋人して失格だ。きっと取り調べが終わって、春人に会うことが出来れば、今の不安定な気持ちなど、吹き飛んでしまうに違いない。佳子は前向きに考えて、いつものように安心したいと待ち望んでいた。


(早く春人に会いたい――。)


 春人だけではなく、佳子に仕えている坂井、協力してくれた如月にも佳子は会って話をしたかった。


 佳子は自分を信じて支えてくれた人たちに、取り調べを無事に終えて胸を張って会って、この寂しさと辛さを一気に吹き飛ばしたいと願っていた。

 真吾の本性に傷つきながらも、周囲の冷遇にも耐えられているのは、佳子を支えてくれた存在があったからだ。


 そんな中、無情な厳しい取り調べの日々は、ひたすら続いた。

 佳子が一上元の死について布施に確認してみたところ、肯定の返事が返ってきたが、彼の供述内容については全く情報を漏らせないとのことで、何も教えてくれなかった。



 冬休みが終わって学校が始まったのか、大橋の訪問が少なくなったのは助かったが、夕飯時の配膳に彼女が顔を出すことがあり、嫌がらせは未だに続いていた。

 終わりの見えない拷問のような作業に、佳子の心はすり減ってゆき、疲労は蓄積していった。

 そして、ついにストレスも重なって、身体が悲鳴を上げるようになった。持病の咳が再発するようになったのだ。

 夜に寝ていても咳込むことがあり、十分な休息を取れなくなっていて、悪循環のように体力はますます削られていった。

 医者に診てもらって、薬を貰ったが、きっと根本的な生活環境が改善されないと、体調の戻りは遅いと思われた。


 さらにそれから二週間ほど過ぎたころに、布施から束になった書類を渡された。佳子に目を通すように言い、内容に同意してサインすれば、事情聴取は終わると言われた。

 書類を読んでみると、佳子も暗殺の依頼を受けて、悪事に加担していた旨の供述内容で、とても同意できるようなものではなかった。佳子が署名を拒絶すると、布施は説得を始めた。


「貴女の境遇には同情の余地がある。告発しようとした点や、反省した態度、素直な供述など、調査に協力的なのは、大いに上の人間たちの心証が良くなる。しかし、貴女への疑いは払拭できるものではない。諦めて、罪を認めた方がいい」


 佳子はもはや疲れとストレスで何も考えられない頭で、布施の話を聞いていた。

 署名すれば、この終わりの見えない苦しみから解放されるのだ。


(もう、何もかも疲れた――。)


 佳子は咽るような咳をしながら、机の上に置かれた書類に目を落としていたが、布施の顔をふと見上げてみると、彼と視線が合った。彼は佳子の顔を注視していた。

 いつもと同じ感情が全く現れない顔だったが、目だけは佳子の心の僅かな動きを読みとろうと、真剣に注意を払っているのが分かった。


 佳子は一か月近く布施という人物と同じ空間にいるが、この人の笑顔をまだ見たことがない。佳子が署名すれば、最後には笑ってくれるのだろうと、佳子はぼんやり思う。


 佳子が思考の海に漂っていた時、カラスのけたたましい鳴き声が建物の中にまで響いてきた。

 佳子は驚いて思わず窓のある方を見てしまう。ここには鉄格子が無かったが、ブラインドが下がっていて、何も外の様子は分からなかった。


 佳子は視線を書類に戻したが、先程まで何を考えていたか、忘れてしまっていた。それに気付いて、自分はとても疲れていることに気付いた。


「布施さん、私はとても疲れてしまいました。私がお話したことを少しも信じてもらえず、何度も何度も同じことを尋ねられて。布施さんは私が罪人の方が嬉しいんですか? そんなに私を人殺しにしたいんですか? もうこんな取り調べは嫌です……!」


 感情を取り乱してしまって、悲痛な声で訴えても、布施からは何の慰めの言葉もなかった。「ただ単に疲れているなら、今日はもうそろそろ時間ですし、お終いにしましょう」と、彼から事務的に告げられただけだった。


 それからの取り調べでは、佳子は何を質問されても、何も答えなかった。


(これ以上、私が何を答えても無駄なのよ。布施の望む答えを口にするまでは。)



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