尋問 1
佳子は里の人間によって、身柄を拘束された。
春人が佳子の身を心配して、義兄である慶三郎に今日のことを相談していたと佳子は聞いた。そのため、慶三郎が事前に手を回してくれたようだ。
如月から貰っていた録音データを佳子は春人に渡して、佳子が保管していた父の日記と遺書のことも同時にお願いした。
里の中の、どこかの邸宅に佳子は身を置くこととなった。
一見、普通の家のようだが、佳子に割り当てられた部屋の窓には、鉄格子がはめられていたり、出入り口は外から厳重に鍵を掛けられていたりしている。佳子が勝手に逃げ出さないように、実質は幽閉されていた。
部屋には風呂、トイレ、洗面所がついていて、身の回りの世話も食事も誰かが世話してくれるので、生活には困ることは無かった。しかし、取り調べ中ということもあり、外出はおろか、他人との接触は一切禁止されていた。
特に関係者である春人たちとは、佳子は自分からやり取りもできなかった。
部屋にいる時に佳子がすることといえば、テレビを見たり、鉄格子越しに外の景色を眺めたりするくらいだった。
金属の冷たい柵の向こうでは、たまにカラスが辺りを羽ばたいていたり、落葉して裸になった木々に止まったりしていた。
佳子に対する尋問は、全く面識のない人物が行った。
四十代半ばくらいと思われる、顎にほくろのある男性で、名を布施武夫という人が担当者だった。
佳子はこの布施と対面してから、一度も彼の笑みを見た覚えが無かった。いつも彼は無表情で佳子に対して尋問をする。
一上家には暗殺業の疑いが掛けられていて、それに対する取り調べだった。
取り調べは滞在している部屋から呼び出されて、違う棟のある個室へと佳子は連れて行かれる。
酷く狭い空間で、小さいテーブルに椅子が二つ置いてあり、向き合うように布施と座らされた。もう一人いつも誰かが見張りのように、部屋の隅に立って様子を窺う。
佳子は暗殺業ついて、関わりは一切ないと答えたが、当主として無関係なのは受け入れられないのか、何日も何度も同じことを繰り返し質問されて、その度に同じ答えを説明していく羽目になった。
朝から晩まで、連日のように続いてゆくそれは、夢の中にまで出て来るほど、執拗だった。
「父親しか貴女の能力について知らないのはどうしてですか? 本家筋は皆、同じように媒体を必要としないのですか?」
「いいえ、これは私だけです。力の使い方は父から教わったので、父しか能力の秘密は知りませんでした」
「どうして隠す必要があったのでしょうか」
「ですから、特化した能力を持った私に分家が固執しないように、父が配慮してくれたのです」
佳子は分家と距離を置きたかった理由を、布施に何度も説明したが、同じように何度も尋ねられて辟易としていた。
佳子の母との関係や、分家に対して父が殺される以前からあまり良い印象を持っていないことなど、根掘り葉掘り追及されて暴かれていった。
佳子は自分の気持ちを丸裸にされたような気分で、正直嫌なものだった。
「一上家は女性には仕事をさせないということでしたよね? 特に異能の力を使ったものは。それなのに、どうして貴女には、力の使い方を教わる必要があったのですか? 使う必要もないのに」
「力の制御が出来ないと、無意識のうちに作動してしまうことがあるのです。落書きや文字ですら、制御がきちんとされていないと作用してしまうことだってあるんです」
「では、色々と手ほどきを父親から受けていたということですか。それでは人の殺め方も、教えてもらえる機会は多分にあった可能性があったのですね」
「いいえ、人殺しの方法なんて、教えてもらったことなどありません。私は遺書を目にするまで、父はそう云ったことは私にだけではなく、家来の坂井にも隠しておりました」
「父親は家族や家来にまで隠していたと。しかし、あの遺書には高校卒業してから言うつもりだったと。それは何故なんでしょうかね」
「私には分かりませんが……、恐らく内容が衝撃的なものだったので、ある程度大きくなってから話した方が良いと父が判断したのではないでしょうか」
「そういう見方もありますね。あくまで私の推測ですが、高校卒業後に貴女の父親は暗殺業を貴女にも手伝ってもらう予定だったのでは?」
「違います。父は私を巻き込みたくないと、遺書で言っていました。それに一族では女性には外の仕事をさせることはありません」
「ですが、本家に男の後継ぎがいない状態ではそうも言ってられないのでは? 現に貴女は女性ですが、当主として治まっています。それに、あの遺書は父親が作成したものだと言われましたが、貴女も同じものを作ることは可能ですよね?」
「どういうことですか?」
「絵は確かに筆跡から、貴女の父親である一上健一氏が描かれたと思われますが、具現化の能力を使った遺書については、貴女が後から付け加えることが可能ですよね、と訊いているんです」
「私が遺書を偽造したと云うんですか?」
「可能かどうかについて、お伺いしているんですよ」
「可能かどうかと訊かれれば、可能とお答えしますが、私は手を加えていません」
「何故あの遺書は五月春人氏によって発見されたんでしょうか?」
「宝具の指輪が遺書を聞くための鍵だったんです。たまたま指輪と遺書の絵を彼が持っていて、作動したんですよ」
「たまたまとおっしゃいますが、それは貴女の意図した事じゃないのでは? 五月春人氏に偶然遺書を見せるように仕掛けて、自分が全く一族の罪について何も知らなかったと思い込ませた」
「……おっしゃる意味が分かりません」
「一上佳子さん、貴女は父親を殺した分家に対して復讐を企んでいた。しかし、暗殺業を告発することは自分も破滅に追い込むこととなるため、自分が無関係だと思わせる必要があった。そのため、わざわざそれを証明するような父親の遺書を作成して、第三者に見せることで、自分の身の安全を図ろうとしたのでしょう」
「それは布施さんの想像にすぎません! 私は真実しか話していません。それに父の日記には、私が関与していると書かれている記述は無かったでしょう?」
「ええ、貴女が高校生の時まではね。父親は貴女を巻き込みたくないと言っていたが、現実はそうもいかなかったのではないですか? 貴女は父親の死後、行動に不審な点が多すぎるのですよ。表向きは療養となっていたのも、実は行方不明になっていたそうですね。その間、どこにいたのか証明することもできない。それに、あの如月という謎の男との繋がりも、貴女は隠したままだ。一体、貴女が裏で何をしていたのか、私は色々な可能性を考えて、調べるしかないのですよ」
取調人の布施は佳子を頭から疑い、佳子の証言は作り事だと思っている口ぶりだった。
まるで佳子を有罪に陥れようとしているようで、布施の筋書きが見えて来るにつれて、気がどんどん滅入っていった。
そんな中、佳子は手助けしてくれた皆の様子が気がかりだったので、布施に尋ねてみると、坂井と春人は佳子と同じように取り調べされたらしいが、すでに終了していると聞いて安心した。
如月はあの騒ぎの中、そのまま逃げてしまったそうだ。彼の身柄を押さえることが出来なかったので、その代わり佳子にその質問の矛先は集中した。
如月との関係をかなり執念深く尋ねられたが、佳子も彼の素性はよく知らなかったため、それについても怪しまれる結果となった。
最後の別れ際に、如月は佳子に対して失望していたようだった。あの彼の様子からすると、再び彼が佳子のもとを訪れる望みは少ない。
一上家の屋敷に妖怪たちが大量に集まった現象も、佳子はその原因は分からなかった。佳子たちの望み通りに妖怪たちは行動してくれた訳だが、誰が一体彼らを動かしたのだろうか。妖怪たちに事情を訊きたいが、その機会が与えられないまま、佳子は閉じ込められてしまった。
妖怪たちが佳子の名前を呟いていたので、佳子が深く関わっていると疑われているが、佳子は何も答えられないので、布施の心証は悪くなるばかりだった。
聞き届けられない真実を答えながら、毎日のように同じ質問に答える作業の繰り返しは、体力的にも精神的にも佳子は疲弊していった。
布施の話す作り話を聞くたびに、佳子の心は理不尽のあまりに苛立った。
そんな辛い中、取り調べ以外にも、追い打ちをかけるように佳子には憂鬱の種があった。身の回りの世話をしてくれる女性が何人かいるが、その一人がなんと大橋里香だったのだ。