復讐の時 3
「愚か者どもよ、静まれ!」
一際大きな声が佳子の手から響き渡り、突然話し出したきのこに驚愕した一同は、一斉に口を閉ざした。
佳子に代わって、場を一瞬で落ち着かせてくれたきのこは、怒りで身体を震わせていた。
「見かけだけで判断するとは、退魔の里で知れた山代の人間も、地に落ちたものだな。儂の山で火を起こした人間がいたのも腹立たしいが、この扱いにも堪えかねないな」
人間よりもはるかに小さいきのこは、この場にいるどんな者よりも尊大な態度で話していた。異形の者なので、姿形が小さくとも、見かけ通りに貧弱とは限らない。ところが、立ち上がって佳子を非難した男は、それを考慮に入れることをせずに、浅慮にも小馬鹿にした態度を変えなかった。
「きのこ風情に何ができるというのだ。偉そうな態度をすれば、こっちがびびるとでも思ったのか?」
さらに男に加勢するかのように、他の者も立ち上がって「そもそも証人として妖怪を呼ぶとは、可笑しい話だろう。そんな奴の証言で、殺人を問えるとでも思うのか!」と大きな声で叫んだ。
佳子は厳しい怒声に動揺して、頭が混乱した。もっと言わなければならないことは沢山あるのに、劣勢の状況に場が流れてしまい、全く話を聞いてくれない雰囲気になってしまった。こんなはずではなかったのに――。佳子は唇を思わず噛みしめる。
「佳子さん」
傍らにいた春人が、佳子の手を握り締めると、小声で話しかけてきた。
「大丈夫です、佳子さん。野次に負けないでください」
春人の手のぬくもりと力強い言葉に、自分には頼もしい味方がいたことを佳子は思い出した。
この場にはいないが、きっと固唾を飲んで状況を見守ってくれている協力者たちに無様な格好は見せられない。佳子は再び気合を入れて、こちらを責めてばかりいる親族たちを睨みつけるように顔を向けた。
「話も聞かないで、文句ばかり言わないでください! そもそも妖怪風情と言いますが、我々一上家が妖怪を代々守人として守護しているのをお忘れですか! 妖怪を侮るということは、我々のお役目も軽んじていると同じ事ですよ!」
堂々に言い放った佳子の言葉に、再び親族たちは無言になった。本家が担っていた役目は、とても地味な物なので、そこに住んでいる佳子自身ですら日常では頭の片隅にも無いほどである。分家の人々にとってみれば、たった今佳子に言われるまで完全に忘れていたに違いない。そして、一上家の里から任されていた役目を改めて思い出すこととなり、何も言い返せなくなったのだろう。
立ち上がっていた男たちは、不満そうな表情をしていたが、何も言わずに座ってくれた。
「きのこさん、証言をお願いします」
無事に場が静まったので、佳子は自分のペースを取り戻して、安堵しながらきのこに話しかけた。
きのこはわざとらしく咳払いをすると、「儂が見たのは……」と父の殺害状況を語りだした。
黒装束の男が、一上家の固有の技である具現化の能力を使って、幽体となった男を殺害するのを目撃したと、きのこは証言してくれた。
「具現化の能力は、力を封じた紙さえあれば、一族以外の人でも使うことができますよね? 犯人が一上家の人間とは限らないのでは?」
落ち着いた声の女性が発言してきた。確かに、修行用の巻物などを応用すれば、殺人はできなくもない。
「しかし、幽体には目印はつけられません。幽霊の父を直接作り出した具現物で消し去ったと考えるのが普通です」
佳子はさらに説明を続けた。紙などの物に封じ込めた具現物は、作られた通りの動作しかしない。しかも、呪術のように、攻撃対象を特定の誰かというのを指定するのは難しいのである。
攻撃対象として指定できるのは、具現物を呼び出した人、また辛うじて条件をつけられるとすれば、目印となる特定のアイテムを着用している人くらいであり、仕組みは単純なのである。
そのため、いきなり現れた幽霊の父までも自動的に攻撃対象とするのは、そもそも無理なのだ。
父が幽霊となって彷徨って、誰かに殺されたと話すのを阻止するために、わざわざ犯人は儚げな存在となった父を自らの能力を使って消し去った。しかし、それを今回第三者によって皮肉にも目撃されることとなったのだ。
「佳子さん! お父様が健一さんを殺すはずありません! それに私の娘である貴女も殺そうとするなんて、ありえませんわ! 本家の直系の血筋を失くすのは、もっとも回避すべきことなのです!」
佳子の目の前にいる母が、吠えるように叫んできた。
「しかし、一族の存亡を脅かす存在を、分家の主であるお爺様が放置されるでしょうか? 私も本家の直系と言いながら、一族外の男と婚姻しようとしています。一族のお役目を放棄して、務めを果たさない当主など必要ですか? お母様もおっしゃいましたよね、このままでは私は一上家ではお終いだと。逆らい続ける者は用無しとして見せしめのために殺すのも、暗殺業に手を染めている当家では簡単なことではないでしょうか?」
佳子が冷静に説明すると、母は絶望を張りつかせて、元の方へ視線を送った。
「お父様! 暗殺業とは本当なのですか!? 名門の当家がそのような浅ましい真似をしているはずありませんよね!?」
自尊心だけは人一倍高い母にとってみれば、そのような一族の醜聞は毛頭信じられないのだろう。必死に実の父を問い質す母の姿は、見ていて悲痛なものがあった。
母の願いもむなしく、元は肯定をしなければ、否定することは決してなかった。先程から立ち尽くしていた元は、険しい顔をして佳子を見下ろしたままだった。
「佳子、お前の目的は何なのだ? 彼を婚約者と認めさせるために、こんな騒ぎを起こしたのか?」
低い声が元から漏れた。佳子からすれば見当違いな彼の発言に対して、「違います」と完全に否定する。
「私の目的は、真実を知ることと、復讐です。お爺様、いい加減、本当のことをおっしゃっていただけませんか? 父を殺したのは、誰なのか、今、この場ではっきりと!」
佳子の厳しい追及にすら、「私ではない」と元は苦しげに言い逃れをしようとしていた。
佳子がさらに元を責め立てようと口を開いた途端、手の中にいるきのこが「お前の父を殺した犯人はこの場にいる」と驚くべき言葉を口にした。
「本当ですか?」
佳子はきのこに注目して、彼の次の言葉を待った。
「ああ、後で分かる様に、印を飛ばしてそいつにつけたのだ。どれ、他の者にも分かるようにしてみようか」
きのこがそう言い終わると、次の瞬間には親族たちの声で一斉に会場がどよめく。
皆の視線は一人の男に注がれていた。