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関係

 それから酒のつまみやお代わりも如月に催促されて食卓の上に並ぶと、飲み会が始まっていた。

 先ほどまで正座していた佳子だが、足を崩してリラックスしていた。

 如月はあぐらで座り、ピーナッツをつまんでいる。

 食卓を挟んで正面を向き合うように座っているのは変わらない。


 物陰から妖怪たちが物欲しそうに覗いていたが、二人は無視をしていた。


「そういえば、今度お見合いすることになったのよ」


 佳子が炙ったスルメを齧りながら、ふと思い出したことを語りだした。


「あれ? ついに観念したの?」


 如月は両肘を食卓の上について、身を乗り出して面白そうに話を聞いている。


 如月には結婚を親から勧められていることを話したことがあった。そして、同様に拒絶しつづけていることも。


 佳子の一族は親族間の結婚を続けて血にまつわる力を守っていた。

 一上家は固有の特殊能力として、絵に描いたものを具現化できる。蝶を書けば、ひらひらと生き物のように空を舞った。

 個人によってレベルの差が激しいが、一族の中枢に行くほど能力が高いものが多い。佳子も同様な才能を実は持っている。一上家の本家であり、その直系の一人娘だからだ。


 佳子自身も例には漏れず、勧められたお見合い相手は母の親戚だった。母のいとこの子供で、佳子とはまたいとこの間柄となる。


 如月の問いに佳子は首を横に振る。


「違うわよ。私が他所の家にお見合いを勝手に申し込んだの」


 言いながら、スルメを咀嚼する。


「へー、よくやったね。でも、親御さん怒ったんじゃない? あ、だから出て行ったのか?」


 佳子の母親が喧嘩して出て行ったことを、如月は思い出した素振りを見せた。佳子はお見合いが原因だとは話してはいなかったのに、察しの良いことである。


「そうなのよ。お陰で色々とやりやすくなったわ」


 佳子は意味深に笑う。そしてビールの缶を持つと、口につけて一口飲みこんだ。


 母のことをもともと疎んじていた佳子は、同居が解消されたことで精神的に解放されていた。重苦しく監視がかった家の中が、自由な空間になったのはいうまでもない。


「家の中に男を呼び込みやすくなった?」


 如月はまたふざけたことを言い出した。

 やりやすくなったのは、そっちではない。すぐに如月はそういう方面に話を持って行きたがる。


「全く、何言っているの……。でも、男だけじゃなくて、色々と招きやすくなったけど?」


 佳子は呆れつつも、今回は平常心を保ったまま返答できた。


(母がいたら如月は家に上げられなかっただろう。)


 母は妖怪が家を徘徊するのはおろか、一般の人まで招き入れるのを嫌がった。特別な力を持つ自分たちを選ばれた人間だと勘違いしていた母は、彼らを卑下していたのだ。


 小さい頃は母に禁じられて近所の友達と遊ぶことが出来ず、他の子が遊ぶのを遠くで眺めているだけだけ。それは寂しいものだった。

 同級生たちとは行事に影響しない程度、つまり当たり障りのない表面上の付き合いしか出来なくなって、卒業後の現在でも付き合いがあるかと言えば全くない。

 退屈しのぎに親の目を盗むように妖怪たちと遊んでいた子供の頃の自分。

 いつしか妖怪たちと話す方が気楽になった。


「如月って、今夜泊るところあるの? ……もし無いなら、泊まってもいいわよ」


 時計を見るとまだ寝るには早い時間だが、如月が現在どこで寝泊まりしているか知らなかったため、思わず心配になり尋ねてみた。

 以前は知り合いの家にお世話になっていると言っていた。

 佳子の家からそこまで帰るのに、ひょっとしたら帰る時間が遅くなって足が無くて困っているかもしれないと。 余計なお世話かもしれないが、気を利かせてみたのだ。


「もしかして誘ってくれてるの?」


 如月はわざとらしく色っぽい笑みを浮かべている。

 佳子は少し予想していたが、案の定な科白が返ってきて、眉間に皺が寄った。


「ち・が・い・ま・す! もー、人がせっかく親切に気を遣ったのに」


 ムスッとふくれっ面を見せると、如月は佳子の顔を見て笑った。


「あはは。老婆心ながら言うけど、その気もないのに、男女二人きりで夜を明かすのは、止した方がいいと思うよ?」

「如月が手を出さなければいいだけでしょ」


(――女には困ってなさそうなくせに。)


「据え膳はいただく主義なんだよね」


「それじゃあ、お帰りください」


 何かされては堪ったものではないときっぱり言い放つと、如月は「もっとオブラートに包もうよ」と苦笑した。


「全く、男女の機微に疎いというか……。相手に気を持たせつつも、上手にかわすのが美学ってもんでしょ?」

「ごめんなさい。誰かさんみたいに百戦錬磨じゃないので」

「勉強には喜んで付き合うよ?」

「はいはい」


 如月とはこうやって気軽に遠慮なく話せる関係が気に入っていた。

 いつも明るく話しかけてくれて、親しげな雰囲気で接してくれる。たまに整った彼の顔に見とれてしまう時があるけど、それは憧れに近いもので恋愛感情ではないはず。

 しかし、佳子に近づいて協力してくれる、その本心については探り合いの真っ只中であった。


 くどいようだが、彼は人間ではない。もとは人だったというが、今では俗にいう鬼と呼ばれるその存在。

 人間の魂が外道に堕ちると、人の輪廻から外れて人外のものへと、つまり妖怪の類へ変貌を遂げることが稀にあると聞く。

 主に極悪非道の所業をした人間が鬼になるという話だが、目の前にいる如月がそのようなことをしたとは到底思えなかった。


(こうして冗談を交わしながら酒を飲むのは楽しい。でも、どこまで彼を信頼できるのだろうか。見返り無く、どうして自分に手を貸してくれるのか――。)


 鬼である彼に惹かれて、心に占めていくのは恐い気がした。


 佳子は如月のことは実はほとんど知らない。普段何をしているのか、どこに住んでいるのか。名前すら教えてくれなかった。

 好きに呼べばいいと言われて、“如月”と名前をつけたのは佳子だ。彼と出会ったのが二月であったから、そこからつけた。


 佳子のお見合いについて誰と会うのかとか、如月は特に気にしてなかった。

 泊ればと誘ったけど、気付かないうちに佳子の性格をよく掴んだやり取りの末に上手い具合にかわされた。

 それが少し寂しく感じて、彼にとって自分はどんな存在なのだろうとそう疑問に思った自分が嫌になった。


(彼の本性は鬼なのだから――)


 人の情を求めても、返ってくる見込みはない。


(自分がどん底にいた時に立ち上がるきっかけを与えてくれたのが如月だった……。だから、彼に特別な何かを期待してしまうのかもしれない。)


 佳子はそう自分に言い聞かせるように結論付けて、納得しようとした。




 如月が帰る際に玄関まで彼を見送ろうと一緒に歩いていたら、唐突に彼からお見合いの件について質問された。

 特に変わった様子なく日時と場所を簡潔に訊かれたので、佳子はつい何も考えずに正直に答えてしまった。


(神出鬼没の彼のこと。突然会いに来た時に、自分の不在を避けたかったに違いない)


 それで佳子のスケジュールを気にしたのかと、この時は彼の行動の意味について気にも留めなかった。

 彼がいなくなった後に今回も自分の名前を呼ばれなかったなぁと、全く違うことを考えているだけだった。




 ところがお見合い当日に佳子はそれをとても後悔することになった。


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