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そのお見合いは、危険です。  作者: 藤谷 要
復讐編 始動の章
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五月家

 佳子は春人の兄の美声に驚きながらも、「はい、そうです。いつも春人さんにはお世話になっております」とお辞儀をして挨拶を返した。


「こちらこそ、うちの春人がお世話になっています。今日いらっしゃることは聞いていたんですが、あいにく義弟は所用で出かけてしまったんですよ。すぐに戻ると思うので、外は寒いですし上がって待っていてください」


 春人の兄の親切な対応に、遠慮をするのも憚れてしまったので、佳子はお言葉に甘えて家の中へと案内されることにした。

 春人以外の五月家の者に、一上家の佳子は歓迎されていないのではと、内心恐れていたが、彼の兄の態度はそれを杞憂に終わらせてくれそうだった。


 玄関から上がり、すぐ右手にある部屋へと通された。置かれた家具から、ここが居間のようだと思われたが、今は誰も他の家族はいないようだった。

 小さい子供の玩具などが隅に置いてある箱に片付けられていて、今は姿が見えないが彼には妻子がいるのではないかと察せられた。

 彼は佳子に座るように勧めると、奥に見える台所へと向かって行った。

 佳子は絨毯が敷かれた上に正座して、一人大人しく待つことにした。


 しばらくすると、春人の兄がお茶を淹れてくれたらしく、お盆の上に湯呑を載せて戻ってきた。

 佳子は「わざわざ、ありがとうございます」と恐縮して礼を述べた。彼が湯呑を食卓の上に置いていると、誰かが家の奥からこちらへと歩いてくる足音が聞こえて来た。

 そして、その人は居間へと顔を出してきた。それは一人の老人だった。セーターを着て、温かそうな格好をしていた。彼は佳子を視線の先に留めると、平静だった表情を一変して険しいものにする。


「親父、こちらの女性が一上佳子さんだよ」


 春人の兄が”父親”と呼んだ老人に佳子を紹介してくれた。


「初めまして、一上佳子です。春人さんにはいつもお世話になっております」


 佳子は緊張しながらも、正座した姿勢で指を床について丁寧にお辞儀をしながら彼の父親に挨拶をしたが、彼からの返答は無かった。

 佳子は訝しく思い、父親の方に視線を送ってみると、こちらを見ている彼と目が合った。しかし、彼は不機嫌を張り付かせた顔を背けると、そのまますぐに引き返して居なくなってしまった。


 無視をされた――。その事から春人の養父が佳子のことを疎ましく思っているのは明白だった。

 佳子はあからさまな拒絶に言葉を失う。


「……申し訳ないね。親父は交際には了承しているんだけど、一上家嫌いは筋金入りなんだ。態度が変わるのをしばらく待ってはくれないか?」


「はい……」


 佳子は悄然と頭を垂れて、短い返事をするがやっとだった。

 佳子の手前、彼の兄は交際に了承していると言ってくれたが、父親の態度はとてもそうには見えなかった。


 その後、すぐに春人が戻って来て、二人で出かけることとなった。

 目的地は大見山だった。妖怪たちを今夜一上家に呼び寄せるために、佳子は彼らに会いに行く必要があった。

 本当は佳子一人で行く予定だったが、春人も是非行きたいと希望を口にしたので、それならば二人で行くこととなったのだ。


 佳子が盛装していたので、山へ赴くには不似合な格好だと春人に心配されたが、地面を足で歩いて目的地に行く予定ではなかったので、佳子は問題はないと伝えた。

 佳子は今までの経験上、山へ行って衣類を汚したことはなかった。


 春人の車で山の麓まで移動して、そこからは佳子が飛行用の具現物を創り出し、それに二人で乗って目的地へ向かう。

 大きな樹木が何本も倒れて、空間が開けたところに、佳子たちは舞い降りた。

 いつもここを訪れる時は、草木が最も繁茂した夏の時期だったが、今は落葉して寒々とした枝木が剥き出しで、足元は落ち葉の絨毯で覆われていた。


「おーい」


 佳子は大きな声を出して、周囲に向かって呼びかけた。

 すると、風が吹いたみたいに、周りの枝が揺れて、騒然とし出した。それに混ざって、ひそひそと彼方の方から何かが囁く声が聞こえる。


『その男は誰だ――?』

『食べていいのかな?』

『固そうだよ』

『まずそう』


 物騒な会話が佳子の耳にまで届いていた。春人を警戒して、妖怪たちはいつものように佳子の前に姿を現さないようだった。


「彼は私の大事な人だから、食べては駄目よ。話があるから姿を現してくれないかしら?」


『いやだ』

『喰えないなら、男は帰れ』

『帰れ』


 拒絶の声が木霊のように響き渡り、傍にいた春人へ向かって何か飛んできた。

 春人は素早くそれを避けたが、的を失ったそれが飛んでいった先を見ると、樹木の幹に泥の塊が飛び散っていた。

 どうやら、泥を固めた物を投げられたようだった。


 次から次へと周囲から春人に向かって泥が飛んで来て、さすがの彼も四方から攻められては完全に避けきれずに当ってしまい、泥で衣類が汚され始めた。


「止めなさい!」


 姿を見せずに春人に酷い仕打ちをする妖怪たちを佳子が一喝すると、泥はピタリと飛んでこなくなったが、周りにいた気配までも一斉に消え失せた。

 それからいくら佳子が声を掛けても、妖怪たちが再び姿を現すことはなかった。


「すいません、私がいたせいで、妖怪たちを家に呼ぶことが出来なくなって……」


 泥にまみれた春人が消沈した面持ちで謝って来た。

 その無残な姿に、佳子は逆に哀れみを抱き、彼を責める気など全く考えもしなかった。


 佳子自身もあんなに彼らに警戒されるとは思っていなかったので、自分の認識が甘かったせいだと春人に説明して、気にしないで欲しいと付け加えた。

 佳子一人で彼らと話をする分には、全く問題がなかったため、こういった計算の狂いが生じてしまったのだ。


 その時、着物の袂の中にいたきのこが、佳子たちの話を聞いていたのか、急に事情を尋ねて来たので、佳子たちは驚いた。

 屋敷にご馳走があるので、夜に妖怪たちに遊びに来て欲しかったのだと佳子が話すと、きのこは「それはそれは」と仰々しく感心した声を上げていた。


 二人は出鼻から計画が失敗したことに気落ちしたが、すぐに気を取り直し、山を後にして五月家へ再び戻った。


 泥で汚れた春人が自室で着替えている間、佳子は先程と同じ居間で待たせてもらった。

 今回は春人の兄と父親の姿を全く見かけなかった。

 兄の方は道着を着ていたので、隣接している道場へ向かったのかもしれないが、父親の方は佳子を全く歓迎していなかったので、顔も見たくないのだろう。

 自分の母親も春人のことを認めていないので、お互い様なことかもしれないが、やはり恋人の家族に受け入れてもらえない辛さを、自分が直面して痛切に感じた。


” 結婚とは家族から祝福されてするものだと思います”


 以前、真吾が語った言葉を佳子は思い出した。その内容の重さに、今頃やっと気付いた佳子だった。


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