予想外のクリスマス 3
如月が高志に構っている間に、春人は佳子の耳元に顔を寄せると、「電話を借りてもいいですか、実家に電話したいので」と話しかけて来た。
佳子は「いいですよ」と答えたが、彼がどんな用件で電話をするのか気になった。
まさか、勘違いさせてしまったせいで、今夜は外泊すると春人は家族に伝えてしまうのではと佳子は心配で堪らなかった。
佳子がドキドキしながら見守る中、春人は電話の子機を持って、廊下へと消えて行った。
春人がいなくなった途端、如月は目を輝かせながら佳子へ顔を向けてくると、「実のところ、彼のどこが気に入ったの?」と春人が消えた方角に視線を向けて突然尋ねて来た。
「えっ、どうしたの? いきなり」
驚いた佳子は思わず尋ね返したが、「どうせ、あいつの顔だろう」と高志が苦々しい顔をして皮肉ってきたので、佳子はそうではないと反論したくなった。
「確かに春人さんの顔は良いですけど、それだけではないです。とても優しくて、私が困っている時など、親身になって対応してくれたんです。それに、一緒にいてすごく楽しいんです」
「ふん、そんなことを言っても、結局は顔でお見合いを申し込んだくせに。全く、美形ばかり侍らせて、面食いもいいところだな!」
高志の悪態に、彼には佳子は何を言っても無駄だと感じた。
確かに顔が良すぎる春人と如月の二人と一緒にいれば、そのように言われても仕方がないかもしれない。
「すいません、ありがとうございました」
春人が佳子にお礼を言いながら、居間へと戻ってきた。
佳子が春人に声を掛けるために様子を窺うと、彼は頬を赤くさせて目を潤ませながら、こちらを見つめていた。
そんな彼の雰囲気は非常に幸せそうで、佳子はとてもではないが、本当のことを言える様な心境ではなくなってきた。
「こらこら、そこで二人の世界を作らないでくれないかな?」
如月の明るい声で、佳子は我に返る。春人としばらく見つめ合っていることに気付いて、慌てて佳子は視線を逸らした。
「そういえば、今日は泊る予定なんだよね?」
如月は春人を見ながら尋ねていた。
「えっ? あの、その…」
春人は躊躇しながら、恥ずかしそうに佳子を何度もチラチラと盗み見ている。
そんな彼の背後には、幸せなピンクのオーラが漂い、一斉に咲き誇っている花たちが周りを覆っている気がした。
高志は禍々しい表情で不機嫌そうに、そんな彼の様子を見ていた。如月もそんな高志の隣にいるせいか、彼までも一緒に毒々しい雰囲気を纏っているような感じがする。
「あはは、野暮な事を訊いたかな?」
如月の突っ込みに、春人は照れ臭そうに笑って誤魔化していた。
その後、佳子が席を離れることがあり、しばらくしてから食卓に戻ってみると、春人の顔が不自然に赤くなっていた。
驚いて春人のグラスを見ると、お酒を飲んでいるのかと思ったが、先程まで飲んでいたお茶と同じに見える。
向かいに座る如月を見ると、彼は人の悪い笑みを浮かべていた。
一体、彼は何をしでかしたのだろう――。佳子は彼の態度を不審がった。
それから三十分後、茹でダコのような春人が出来上がっていた。
真っ赤になった顔や身体から湯気が出てきそうな程で、春人は見た目にも辛そうに肘を食卓について、倒れそうな身体を支えていた。あまりの彼の変貌に、一同は唖然としていた。
「いやー、彼ってお酒に弱いようだね。少し隣の布団を使って横になった方がいいよ!」
その如月の台詞から、未成年の春人が飲酒していた事実が判明した。春人のグラスを見れば、半分くらいしか飲み物は減っていない。しかも、飲み物からアルコールの匂いを感じられない。
そんな少ししか飲んでいないのに、ここまで酔っ払うものだろうか。佳子は春人の状態に驚くばかりだった。
如月は率先して隣の部屋へ行くと、布団を広げて敷き始めた。そして、春人を抱きかかえるようにそこへ運ぶと、丁寧に寝かせてあげている。
「す、すいません……」
弱弱しい口調で春人は礼を口にしたが、やがて重そうに瞼を閉じて、意識を失った。
「まあ、大した量を呑んでないし、時間が経てば酔いも醒めて、もとに戻るよ! さて、呑み直そうか!」
如月が再び仕切り直すと、今度はケーキを冷蔵庫から持って来て、食べることとなった。
春人と二人きりのクリスマスはどこへ行ったのだろう。佳子はそっと溜息をこぼすのであった。
三人での食事会が進むにつれて、如月が踏み込んだ質問を高志に投げかけるようになっていた。
「でもさ、君も彼女との縁談は、本当は嫌だったんじゃないの? 無理矢理決められたものだったんだよね?」
「一上家の当主の婿に選ばれたことは、一族の中でも栄誉なことだったんだ。それに佳子は、その当時は大人しくていかにも深窓のお姫様って感じで、俺も悪くないと思っていた。だけど、面食いの正体を知って幻滅したけどな」
本人が目の前にいるのに、正直に告白されて、佳子は黙って話を聞いている他なかった。
内心では、面食いを連呼されて大変不本意だったが、揉め事を起こしたくなかったため佳子は我慢していた。
「でも、君が嫌だって言って、聞いてくれるような一族なの?」
「ああ、婿の代わりは沢山いるからな。問題はないだろう。そういえば、あの顔の良い五月だけど、実は里ではあまり良い噂を聞かないぞ」
「え?」
突然、春人の話題が高志から出てきて、佳子は面食らう。
「あの奉納試合で優勝してから、ちやほやされるようになって、とある女との仲を噂されるようになっていたぞ。 親公認の仲だとか。顔が派手なくせに、人付き合いの苦手な男の浮いた話が出たと思ったら、今度は佳子とのお見合いと婚約話だ。お前との婚約後も親戚の女と仲良さそうにしているし、どちらが奴の本命かと注目されているようだ。まあ、最終的にお前が振られようと俺には関係ないがな!」
高志の話を聞いて、佳子は無くなったはずの重苦しい気持ちを思い出した。
春人の側にいる大橋里香の存在。
彼女が春人と親公認の仲という話は、母の虚言だと思っていたのに、全くの嘘ではなかったと知ってしまったからだ。
ただ、あくまで高志が話しているのは、噂に過ぎない。彼女に付き纏われているために、それによってあらぬ噂が立てられてしまっただけだ。佳子は春人のことを必死に信じようとした。
佳子の表情が暗くなったのに気付いて満足したのか、高志はそれ以上追い打ちをかけるような言葉を投げつけては来なかった。
「そういえば、彼女にはお兄さんがいるんだよね。一上真吾っていう腹違いの。彼は結婚しているようだけど、相手は誰か君は知っているかい?」
「ん? いきなり何を聞いてくると思ったら、あいつのことか!」
真吾を軽んじるような言い方に、佳子は高志に対して僅かに怒りを覚えた。しかし、如月の質問の意図を察して、佳子は感情を殺して事の成り行きを見守る。
「あいつは元爺様の腹心で、結構可愛がられているんだよな。嫁については誰だか知らないな。それは適当に選んだみたいだぞ。欲があるのか無いのか良く分からない奴だ」
「ふーん、そうなんだ」
如月は目的の情報を得ることが出来て、満足げな顔をしていた。もしかして、高志から情報を得るがために、強引な方法で引きとめたのか。如月の深い思惑に感心した佳子だった。
「もしかして、当主の座を奪われると思って、心配しているのか?」
佳子はそれにどう答えればいいか分からず、言葉に詰まる。その佳子の沈黙を高志は肯定と取ったのか、見下したように笑った。
「そんな心配するくらいなら、さっさと俺と結婚していれば良かったな。まあ、もう遅いけどな」
その後、高志はあっさりと帰っていった。
結局、あの一口しかお酒のグラスに手をつけていなかったので、全然呑んていなかったのだ。
佳子への恨み事を本人の前で口に出したせいか、すっきりとした顔つきをしていた。後味の悪いあのままで、彼を帰すよりは良かったのかもしれない。佳子は如月の強引さに感謝した。
シロとその他の妖怪たちが残り物を目当てに、食事の後片付けを喜んでやってくれた。
その後、綺麗に片付けられた居間で、佳子と如月は二人きりでお酒を飲み続けていた。
如月は佳子の横に座って、酌をしてくれる。そのお礼にと、佳子も彼のグラスにお酒を注ぐ。
「どうして高志を家に上げたかと思ったら、情報を聞き出したかったからなのね」
「うん、まあ、あわよくばって感じだったけど、少しは聞けて良かったよ。でもさ、それだけではなかったんだけどね」
寂しげに笑う如月に、佳子は何故だか胸にざわつきを覚えた。
「……それだけじゃないって、他に何の目的があったの?」
不穏な予感がしながらも、佳子は話の流れに沿って、彼の言葉の意味を尋ねていた。
質問を受けた如月は、いつもの笑みを消して、無表情で佳子を見つめていた。その真剣な様子に、彼の本気が見て取れた。
「正直に言うとさ、お前たちの邪魔をしてやりたかったんだ」
だから、あいつのお茶に睡眠薬を仕込んだんだよね、と続けて白状する如月。それによって、春人が眠る直前、不審な如月の態度の訳を佳子は悟る。そして、その苦しみすら籠められた彼の台詞に、佳子は息を呑んだ。
 




