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そのお見合いは、危険です。  作者: 藤谷 要
復讐編 始動の章
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予想外のクリスマス 2

「如月どうしたの?」


 佳子の家にやってきたのは、予想外にも如月だった。

 彼は底が広くて大きい紙袋を持って、大荷物である。


「何って、クリスマスイブだからやって来たんだよ。ほら、あいつって日曜日にしか来ないみたいだったから、土曜日の今日はお前が一人でいるんじゃないかと思ってね」


 如月は笑みを浮かべながら、家を訪れた優しさに溢れる理由を教えてくれた。

 佳子はその彼の気持ちがとても嬉しかったが、すでに恋人である春人が家にいるので、気まずさを感じてしまう。


「あの、実は……」


 如月には申し訳ない気持ちはあったが、正直に春人が滞在していることを彼に伝えようとしたところ、奥から春人が玄関へやってきた。


「如月さん、どうしたんですか?」


「なんだ、お前土曜日なのに来ていたのか。いつも来ていないから、今日も来られないのかと思っていたよ」


「今日はイブですから、なんとしても来ますよ」


「ふーん、そうなんだ。邪魔して悪かったね。せっかく差し入れ持ってきたし、すぐに帰るから、ちょっと上がってもいいかな?」


 せっかく来てくれた如月をこのまま帰すのもどうかと佳子も思っていたところに、本人が気を利かせて長居しないと申し出てくれたので、佳子はお互いに気まずい思いをしなくて済んだと、安心して彼を家の中へ案内した。


「美味しいって評判のお店で、オードブルを頼んだんだよ?」


 如月が袋から取り出したのは、色とりどりの美味しそうな料理が何品も並んだ容器だった。

 さらにお酒の瓶を数本取り出す。

 春人がほとんど作ってくれた料理も並べると、豪勢な食卓となった。


 ところが、佳子が取り皿と割り箸を並べていると、さらに侵入者を知らせる妖怪が現れた。

 しばらくして訪問してきたのは、一上高志だった。

 玄関の土間に立つ彼のその手には、紙袋が下げられていた。


「高志さん、どうしたんですか?」


 以前、最悪な形で彼と別れたことを佳子は思い出していた。佳子のせいで酷い目に遭った彼が、自分に再び会いに来るとは思いもよらなかった。


「お前が集会に参加すると聞いたんだ。五月とのことはもう終わったんだろう? 気落ちしていると思って、様子を見に来たんだ」


 高志は佳子の集会への参加を裏読みしたが誤解をして、佳子の様子を窺いにわざわざ遠くから足を運んでくれたようだ。高慢な態度が多い彼が、そういった優しさを見せてくれて、佳子は驚きでいっぱいだった。


「佳子さん、どうしました?」


 居間から顔を出した春人に、高志は気付いて顔を歪めた。


「なんだ、来たのは無駄足だったな」


 高志は自嘲する様な笑みを浮かべた。

 彼の勘違いだったとはいえ、佳子に対する気遣いを無残にも踏みにじってしまった気がして、佳子は罪悪感が芽生えてしまう。

 彼がクリスマスイブに狙ってきたのは、偶然ではないだろう。蚊帳の外で勝手に決められたとはいえ、彼は佳子の婚約者として、義理を果たそうとしてくれたのだ。


「これ、やるよ。ケーキだ」


 高志は手に持っていた紙袋を佳子へと差し出した。

 佳子は躊躇したが、断るのはさらに申し訳ないと気付き、素直に受け取る。


「もう俺はお前に振り回されるのはお終いにする。俺からもお前との結婚話は白紙にしてもらう」


 高志は感情の籠らない顔と声で、そう淡々と結論を口にした。


「高志さん、ご迷惑をおかけしてごめんなさい……」


 高志にしてみれば、佳子は相当酷い女に映っているだろう。そんな佳子に出来ることと云えば、彼に誠心誠意謝るくらいだった。


「今の話、本当? 良かったね~。これで憂鬱な種が一つ減ってさ!」


 深刻な雰囲気に似合わない能天気な声が、玄関へと響いてきた。

 佳子が振り返ると、如月が陽気な笑顔を浮かべて玄関へとやって来ていた。すると、如月に気付いた高志が呆れたような眼差しを佳子へと向けて来た。


「お前までいたとは……! 佳子、お前の本命は誰なんだ!?」


「本命って、春人さんに決まっています!」


 誤解した高志に対して佳子は少し不愉快になり、反論する様な口調で断言した。


「まあまあ、折角彼が考えを改めてくれたんだから、お前も険悪な態度は止そうよ? えーと、一上高志君だっけ? わざわざ遠くから来たんだから、君も少し上がっていきなよ」


 如月はそういうと、強引に高志の腕を掴んで、彼を家の中へと引っ張り上げる。高志は戸惑いながらも、如月には逆らえずに慌てて靴を脱いで、屋敷に上がることとなった。

 佳子の家に招かれるのを彼は歓迎していないのは見て取れたが、如月はお構いなしに居間へと案内してしまう。

 佳子は如月の意図が分からず、呆然と成り行きを見守ることしかできなかった。


「彼からのケーキの差し入れで、随分立派なクリスマスディナーになったね。とりあえず、皆で乾杯しようよ?」


 何故か場を仕切る如月のせいで、佳子はグラスを人数分用意して、お茶やお酒を注いだ。


「かんぱーい!」


 如月の音頭に合わせて、四人は杯を少し掲げた。とりあえず、高志は大人しく如月に合わせてくれていた。

 前回の出来事があるので、如月に逆らうのは恐ろしいのかもしれない。佳子は黙って彼らの様子を観察していた。


「折角来たんだから、食べてってね。遠いから帰るのも大変でしょ?」


 如月は前回の態度が嘘のように愛想よく高志の相手をしている。彼は取り皿に自分が持ってきたオードブルのおかずを手ずから高志に取ってあげていた。

 高志は「どうも」と呟くと、黙々と箸を使って食べ始めていた。

 佳子も春人も、何を話していいか分からず、言葉少なく食事をすることとなった。


 奇妙な食事会だった。

 元婚約者の高志と、偽装婚約者の春人が同じ席にいて、食事を取っているなんて。しかも、元婚約者を二度も殴った如月までもいる。お互いにしてみれば、気まずさ満点だった。そんな空気を読めないはずはないのに、如月は機嫌よく高志に話しかけた。


「今度、良い女でも紹介するよ? 君ならきっとモテモテだよ~」


「いや、結構だ」


 如月の軽口に、高志は視線を合わそうともせず、つまらなそうに真面目に答えていた。


「すごい美人を前にしてもそんなこと言えちゃうのかな? 俺の知り合いに俺より顔が良い女がいるんだよね? 興味無い?」


「お前より?」


 俯いていた高志はちらりと如月の方を見た。


「そう俺より」


高 志が如月の話に乗ってきたことを感じたようで、壮絶な美貌を誇る如月は愉快そうに笑みを浮かべた。


「ふーん、それならちょっと興味はあるかもな」


 確かに佳子も如月以上の美形な女性がいるなら、お目にかかってみたかった。

 如月は高志にその女性のことを語りだしていた。何でもその美貌のせいで、逆に男性に遠巻きにされて出会いがないのだとか。良い人がいたら紹介して欲しいと、如月は頼まれているようだった。


「彼女は君みたいなタイプが好みなんだよね」


 如月にそう言われて、高志はまんざらでもない様子だった。「まあ、呑みなよ」と如月は高志に飲み物が入ったグラスを渡していた。高志は「どうも」と礼を言って受け取ると、そのまま口にする。

 高志は飲みこんでから、異変に気付いて手にしたグラスを見た。


「これはお酒か?」


「あ、ごめんごめん。つい自分用に作ったものを渡しちゃったよ」


 如月は悪びれもせずに笑いながら謝ると、どうせ一口呑んだんだから、今夜は呑み明かそうよと性質の悪いことを言っていた。


「ちょっと、高志さんにお酒を呑ませちゃ駄目でしょ! 彼は車で来ている筈でしょ?」


「大丈夫、大丈夫、隣の部屋に準備万端に布団が用意してあるし、いざとなったら泊っていけばいいよ」


 佳子は如月の科白に顔から火が出る思いがした。


(如月ったら何ていうことを! そもそも、長居しないで帰るつもりだったって言ってたのに。というか、いつ隣の部屋をチェックしたの!?)


 そんな準備を佳子が影でこっそりとしていたと如月に暴露されてしまった。そのせいで、春人にあらぬ誤解をされたらどうしようと佳子は内心慌てる。佳子が春人との関係を進展させる気満々だったと思われでもしたら。ただ単に天気が悪くて運転が危なそうだったら、泊ればと提案するつもりだったのに――。


 佳子が隣に座っていた春人に視線を送ると、彼は大きな目を見開いて、驚いた表情を浮かべながら佳子を見ていた。

 そして、お互いの視線が合ったことに気付くと、彼はみるみる顔を赤らめて、照れ臭そうに嬉しそうな顔をしていた。


(ああ、やっぱり、誤解をされてしまったわ。どうしよう――。)


 赤面の春人につられて、佳子も我知らず顔が熱くなるのを感じた。



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