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そのお見合いは、危険です。  作者: 藤谷 要
復讐編 始動の章
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如月の考察

 部下の加藤が迎えに来た車の中で、如月は両腕を上に伸ばして、大きくストレッチをした。

 春人相手に久しぶりに本気になったせいだ。次に首を左右に動かして、如月は筋肉の緊張をほぐしていた。


「お疲れのようですね」


 加藤がそんな如月の様子をバックミラー越しに眺めて、珍しく声をかけてきた。


「まあね、猪突猛進の若造を相手にするのは骨が折れたよ」


「ボス自ら手ほどきしたんですか? 相手は死んでいませんよね?」


「残念ながら生きているよ」


 冗談か本気なのか判断がつきにくい曖昧な口調で如月が答えたため、その後の加藤からの反応は無かった。


 如月は今日の出来事を苦々しく思い出していた。

 手合わせをすべく、先週と同じ場所へ向かう途中、佳子の頬へキスしたことを春人が抗議してきた。

 それくらい挨拶みたいなものだろうと、如月が素っ気なく返したところ、春人はこともあろうに「佳子さんのこと、どう思っているんですか?」と愚かにも直球で尋ねてきた。

 視線だけで射殺せるなら、彼は如月に瞬殺されただろう。そのくらい、殺意が湧いた。


「質問に答えて欲しかったら、俺から一本取ってみれば?」


 如月が見下して挑発をしてみると、春人の顔つきが変わり、全身に緊張が走ったようだった。

 それから殴る蹴るの一方的な暴行といえる修行が始まった。

 相変わらず、春人に攻撃を与えても大きな痛手を負わせられなかったが、如月の優勢は揺るぎなかった。

 サンドバッグの如く、相手を叩きのめしたおかげで、ストレスが軽減して機嫌が良くなった如月は、気持ちに余裕が生まれてきた。


「何で自分の攻撃が俺に当らないか、分かるか?」


 如月に言われた春人は首を傾げる。彼の攻撃の型は、真っ直ぐで単調なものが多かった。

 そのおかげで手が読みやすく、折角の彼の素質も活かされていない。今まで特出した身体能力のおかげで、ほとんどの問題を解決してきたに違いない。

 だから、春人は頭を使って戦略する機会など無かったのだろうと、如月は長年培った経験から推測していた。


「読まれているからですよね?」


「そう、お前は単純すぎる攻撃しかしないからね。同じような身体能力同士だと、それは通用しないことが骨身にしみて分かっただろう?」


「それはそうですが……」


 春人本人も如月に言われずとも、薄々と察してはいたようだ。しかし、その対処法は自分で考えなくては次の段階へ向上しない。


「まあ、ヒントをあげるならば、俺の攻撃の手を考えてみれば?」


「如月さんのですか……」


「まさか何も考えずに、やらっれぱなしってことはないよね?」


 皮肉を言われた春人は考え込むように黙り込んだ。


「まさか図星?」


「いえ、その、申し訳ございません。自分の攻撃をどうやって当てたらいいのか、そちらに夢中で、そこまで考えていませんでした!」


 深々と頭を下げて素直に非を認める春人の姿は、悪くないと感じた。如月は礼儀正しい奴は嫌いではない。


「分かった、もう一度凹ってやるから、少しは考えてみるんだね」


 映像を再生するかのように、再び一方的な如月の攻撃が続いた。しかし、春人の変化はすぐに現れた。如月の手が春人の拳を初めて防いだのだ。


 それには一瞬如月もヒヤリとした。自分と似たような攻撃の手を使い出してきて、避けるだけでは間に合わなかったのだ。


 実技で真似して活用できると云うことは、頭で理解できたということなのだろう。春人のその習得の速さに、如月は舌を巻くものがあった。

 若さゆえの成長の著しさか――。自分には既に無い、生者の輝きが如月には眩しかった。


 思い出すだけでも呆れるくらい、如月は熱を入れて相手をしてしまった。

 気付いたら、かなりの時間が過ぎていて、帰った時の物言いたげな佳子の視線が痛かった。


 春人は打てば響くような人材だった。如月のたったあれだけの助言で、コツを掴んで習得してしまった。

 損得を抜きに、如月自身も結果的に楽しんでしまったのが、また面白くない所以であった。


 しかし、腹は立つが興味深い奴ではある。如月はまた付き合ってやってもいいと考えていた。


 如月はすっかり日が落ちて、車窓から暗くなった景色に視線を送った。

 クリスマスの時期が近いので、人工的な明かりが建造物を彩ることが多くなっていた。


 それらを眺めながら、如月は今日の会話を思い返していた。

 佳子が事故を装って襲われたと聞いた時、正直驚いた。彼女はまずそういった状況には遭わないだろうと、高を括っていたからだ。


 真吾を推す輩の仕業のようだと話していたが、それに違和感があって仕方がなかった。こうして、まだ気にする程に。


 何か大事なことを見落としているのではないか――。その違和感は如月にとって、不穏分子のように感じられた。

 そのため、いつまでも頭の隅の方で引っ掛かり、言い知れぬ焦燥感を煽っていた。


 まるで、それは警告のようだ。如月はその直感に従って、もう一度改めて考察するべきだと思わずにはいられなかった。


 如月を襲った輩を電話から突き止めて、雇い主を洗い出そうとしたところ、彼もそれが”一上”としか知らなかった。電話でしか話したことがないらしい。声は年をそれほど取っているようには感じなかったと言っていたので、老年の分家の主が直接指示をした訳ではないようだった。

 誰が動いて彼らを雇ったのか――。”如月”の名を知る者は限られていた。



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