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そのお見合いは、危険です。  作者: 藤谷 要
復讐編 始動の章
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試験

 春人の学校では、月曜日から期末試験が始まった。

 テスト期間中は午前中で学校は終わり、その後は自由時間となる。

 春人は真っ直ぐ家に帰って、自宅で勉強をしたり、道場へ通ったりと、自由な時間を満喫するはずであった。


 しかし、大橋の出現によって、それは奪われた。

 前回の土曜日に色々と勉強を教えたので、もう自分には用は無いかと春人は考えていたが、「ハルの家の方が、勉強はかどるんだよねぇ~。分からなかったら教えてくれるし」と我が物顔で大橋は五月家の居間を占拠していた。

 ちなみに、その時には大橋の母親である”聡美叔母さん”までいた。


「里香ったら、前回の試験の結果が悪かったから、今回は頑張らないといけないよ。春人君には悪いけど、うちの娘の勉強をみてやってくれないかしら?」


 切実そうに叔母に頼まれては、否とは春人は言えなかった。

 その後、叔母は容器に入れた食べ物を色々と渡してくれた。時々娘がお世話になっているからと、理由を作っては何か差し入れを持って来てくれる。大橋里香はともかく、叔母は決して悪い人ではなかった。


 そう云う訳で、試験中は大橋と顔を突き合わせることとなってしまった。

 流石に大橋は夕飯前には帰って行ったが、それまで長い時間一緒なので、春人は苦行の一種のようにしか思えなかった。

 忍耐は、今後も必要な技能だ。実地の訓練と思えば、少しはストレスが軽減できた気がした。


「そういえばさ、試験が全部終わったら、友達たちと遊びに行く約束しているんだけど、ハルも行こうよ? 今回のお礼もしたいし!」


 大橋は勉強の合間の休憩中に、春人に会話を振ってきた。ちょうど居間には義父もいて、春人が用意したお菓子を一緒に食べていた。


「いいえ、私は遠慮しますよ」


 春人は即座に断った。用があっても無くても構わないで欲しかった。

 そもそも、大橋が付き合っている友人たちとは、到底気が合いそうになかった。一緒に出かければ、気疲れを起こすのは目に見えていた。それに今回里香へ時間が割かれた分、春人は鍛錬に励みたかった。

 如月との出会いは、春人に大きな刺激を与えていたからだ。

 ところが、義父が口を挟んできた。


「春人、同級生同士の付き合いも大事だぞ? 折角誘ってくれているんだから、顔を出してみたらどうだ。どうせお前は就職も決まっているんだし、都合悪い事はないだろう?」


 引っ込みがちな春人を、義父は強引に外へと出そうとするところがあった。

 義父は春人の佳子への気持ちを知っているので、友達の集まりへの参加を勧めているだけで、そこには他意はないのだろう。しかし、義父の前で大橋が春人を誘ったのは、故意だ。

 義父の前でこういう話をして、春人が断れば義父に口出しされるのは、大橋ならば簡単に予測できたはずだ。

 前回も同じ手でアウトレットへ行かされる破目になったのを春人は思い出していた。


 最近の大橋は、そういうあざとい手段を使うことがなかったので、春人はすっかり油断していた。春人は大橋にしてやれれたと忌々しく感じた。


「いえ、でも、知らない人ばかりですし、他にやりたいことがあるんです」


 春人は何とか理由をつけて断ろうとするが、「みんなハルと話したがっていたんだよね。意外に気が合うかもよ?」

と大橋に明るく言われてしまえば、「それなら尚の事、行ってみた方がいいぞ。お前の交友関係は狭いと常々思っていたんだ」と義父に駄目押しされる。


 誰も春人の味方はいなかった。





 春人は憂鬱な気分を払拭しようと、夜に愛しい恋人のもとへ電話をかけてみた。

 電話越しの佳子の声は暗くて、一体何があったのかと胸騒ぎがした。


 子細を尋ねてみると、彼女の職場に嫌がらせがあったらしく、その原因が分家の仕業だと考えて仕事を辞めてきたとのことだった。

 さらに、真吾と仲違いしてしまった挙句に、その帰りにお店の看板が佳子の側に落ちてきて、もう少しで怪我をするところだったらしい。


 色々と不幸な出来事が重なって、佳子は立ち直れない程、塞ぎこんでいるようだった。彼女の辛い胸中を想像すると、こんな時に傍にいることができず、春人は申し訳ない気持ちになった。

 同時に、今日の出来事だけで鬱々としていた自分を春人は恥じた。彼女の苦労と比べれば、自分の状況などまだ可愛いものだ。自分のはただの甘えに過ぎない――、と考え直す機会になった。


 少しでも佳子の気が晴れるように、春人が優しく慰めの言葉を掛けると、「春人さんがいてくれて良かった」と声を詰まらせながら佳子は呟いていた。


「試験勉強頑張ってくださいね、今日は話を聞いてくれて助かりました」


 佳子との電話が終わった後、春人はしばらく彼女への想いに浸っていた。自分を必要としてくれた、それが何よりも春人は嬉しかった。


 それから気持ちを入れ替えて、佳子の復讐について考えを巡らせた。

 義兄の慶三郎は、あれから色々と動いているようだった。家を空けて、何処かへと出かけていることが多くなった。春人が佳子側に与すると宣言してから、春人に一上家の捜査について慶三郎が明かすことは無くなった。

 そのため、どのような現状になっているのか、春人は全く把握していなかった。


 それでも、義兄は情報が多い方が助かると言っていたので、先日の仇討に関する密談の情報を、春人は慶三郎に流していた。

 そのことに春人は後ろめたい気持ちを抱いていたが、佳子を守りたい――、その一心には揺らぎが無く、それが佳子のためになると信じていた。義兄が上手く便宜を図れるようになれば、確実に佳子が本懐を遂げられるようになるはずだと。

 結果的に佳子にとって有利になればと春人は願うばかりだった。彼女の目標は、春人の望みにもなっていた。


 佳子と想いが通い合った時は、それ以上の幸福は無いと考えていた。

 ところが、彼女をこの手で抱きしめて、その唇に自由に触れても良いとなると、罪深いことに年相応のこの身体は口付けだけでは満足できなくなっていた。

 彼女の恥じらう姿が自分の目には扇情的に映り、今まで誰にも抱いたことが無いほど激しい欲情に駆られてしまって、うっかり彼女を押し倒してしまいそうになっていた。


 しかし、全ての問題が片付くまでは、春人はその欲求を抑制するべきだと考えていた。

 彼女には大事が待っており、自分のことで煩わせたくなかったし、一つのことに集中して欲しかった。

 それに、終わった後には幾らでも時間はあるはずだ。お互いにもっと向き合える機会が増えるだろう。その時に、彼女との絆をさらに深めたいと、春人は密かに期待を膨らませるのであった。



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