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真吾との決別 2

 真吾は明言を避けた言い方をしているものの、春人との仲を歓迎していないことを佳子は察した。


「それが、真吾さんが良く考えた答えなんですか?」


 前回別れ際に、”今後のことをゆっくり考えたい”と真吾は佳子にそう言っていた。

 父が殺されたと知って、動揺していた真吾。

 その冷酷な事実から彼が分家を見限り、佳子の味方になってくれるのではないかと、淡い期待を抱いていたのに、それは見事に打ち砕かれてしまった。

 佳子が非難めいた視線を真吾に送ると、彼は苦渋に満ちた表情をした。


「結局、僕は分家の人間なんです。貴女に従っても、妻と子供たちは僕についてきてくれないでしょう。僕にはそれは耐えられない。それに何もかも、もう遅いのですよ……」


 真吾は結婚していると聞いていた。娘二人を可愛がる様子から、家族の仲は睦まじいことが予想された。

 真吾だけではなく、家族の考えまでも変えなくては、説得はうまくいかないのだと、佳子は悟らざるえなかった。


「家族のためですか……」


 真吾がその結論に至った経緯が分かり、佳子の中で彼を責める気持ちが減っていく。

 しかし、佳子は残念でならなかった。真吾はとても優しい人だ。この人と袂を分かつことになるとは、身を切られる思いだった。

 真吾が分家に従うのなら、せめて戸籍だけは父の望みを叶えたいと、佳子は彼に願い出ようと決意した。


「実は、父の死後三年以内なら、認知は可能らしいんです。本家に来ていただくのは無理でも、父の子として名乗りを上げていただけないでしょうか? 父の最期の望みだったんです……! どうかお願いします」


 佳子は頭を下げて、真吾に懇願した。

 その姿勢のまま、真吾からの返事をいくら待っても何も無くて、それで佳子は彼の様子がおかしいことに気付いた。


 佳子が再び顔を上げると、暗い顔をした真吾と目があった。彼の黒い瞳は、とても昏く、底なしの闇の中を連想させた。


「貴女もあの人と同じことを言うんですね……」


 絶望に似た、とても掠れた声が真吾から発せられた。


「とても残念です」


 そう言って佳子を見る真吾の目が、冷たいもののように感じられて、佳子は我知らず背筋が寒くなるのを感じた。

 その時、注文したメニューが運ばれて来たので、仕切りの外で店員から声を掛けられた。

 店員が入って来て、手際良く配膳してくれる。美味しそうな温かいご飯が運ばれてきても、佳子は全く食欲が湧かなかった。


「佳子さん、いただきましょうか」


「ええ……、そうですね」


 食事中、二人は無言だった。楽しかったはずの真吾との時間が、今では悲しいものに変わってしまった。

 真吾は佳子の考えに全く賛同してくれなかった。認知の件も本来の正しいものへと訂正するだけの話なのに、真吾にとっては心理的に抵抗がある様子だった。

 彼の完璧な拒絶を垣間見て、佳子はそれ以上何も要求できなかった。


 食事の途中だったが、佳子は胸が詰まってそれ以上箸を進めることが出来ずに、止まったままになってしまった。

 その佳子の様子を見て、真吾が声を掛けて来た。


「貴女が望めば、また会うことは可能です。しかし、どんなにお願いされても、佳子さんの希望を叶えることはできません。本当に申し訳ないです」


 真吾は先程とは打って変わって、優しく穏やかな表情で佳子に話しかけてくれた。

 それに佳子は安堵するものの、真吾への説得の限界を感じて絶望的なこの時は、「そうですか」と曖昧な返事しかできなかった。


 佳子の落ち込み具合は酷かった。

 分家は残忍だとあれほど説明して、実の父親を殺されたと訴えたのにも関わらず、結局分家に逆らおうとしない異母兄に対して、歯がゆい気持ちが生じずにはいられなかった。

 だから、佳子はつい口走ってしまった。「分家にいたって、いつまでも安泰ではありませんよ」と。

 真吾は顔色を変えて、どういう意味だと追求してきた。


「間違った行いは正されるべきです。分家のやりようは真吾さん、貴方も良いとは思っていませんよね?」


「それはそうですが。しかし、佳子さんに何かできるのですか?」


「私のような些末な者でも、できることはあると信じています」


 佳子は復讐のことは隠したものの、何か企んでいると思わせる口振りだった。

 亡き父と佳子の想いを理解してもらうことは無理だったが、復讐することによって、真吾も分家から解放されると考えていた。

 それは強いて言えば、彼のためにもなるはずだ。佳子の目的を果たした後に、この時の台詞の意味を真吾はきっと悟ってくれるに違いない。佳子はそう信じることにした。





 真吾と気まずいままだったが別れて、佳子は一人で駅に向かっていた。

 佳子は繁華街でお店が軒を連ねる通りを歩く。平日の昼過ぎとは云え、駅の近くだったので、人通りは多いように感じた。


 その途中、佳子の背後で誰かの叫び声が響いた。何事かと佳子の注意がそちらに逸れた瞬間、「アブナイ」と足元から翔影(しょうえい)の声がした。


 佳子が状況を判断する間もなく、地面にあった佳子の影から現れた黒い膜のようなものが、瞬く間に佳子の全身を覆うように包み込む。

 佳子の視界は、真っ暗闇となった。

 そして次の瞬間、耳元で何かが落ちてきて翔影に衝突する音が聞こえた。それから、それはそのまま跳ね返ったのか、今度は地面へと落ちたようで、砕け散る音と共に足元から凄まじい衝撃が伝わってきた。


 翔影が佳子の指示がないのにも関わらず、自ら考えて行動したということは、何か佳子の身に危険なことが起きたということだ。

 翔影の黒い膜が波のように引いてゆき、佳子の足元へと戻って行った。


 佳子は視界が明るくなって、すぐに状況を確認する。佳子のすぐ脇でお店の看板と思われる物が、無残にも破損して地面に転がっていた。

 上を見上げると、同じような看板がお店に掲げられていたので、それらの一つが外れて落ちて来たのだと思われた。小さい子供くらいの大きさの看板だったが、こんなものが身体に直撃すれば、無事では済まない。


「大丈夫ですか!?」


 近くを歩いていたサラリーマンらしき通行人が、佳子に声を掛けてきてくれたが、佳子は動揺のあまりに頷くことしかできなかった。

 一般人の目には妖怪は見えないと思うが、翔影がいきなり表に現れてしまったので、佳子は怪しまれていないか不安になる。佳子が周りの通行人たちを観察すると、彼らはただ単に佳子と落下物に注目していた。


 ただの事故なのか、何者かによる犯行なのか、混乱した佳子には判断が付かなかった。

 周りが騒然とする中、割れて飛び散った破片を、佳子は呆然と眺めることしか出来なかった。


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