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明暗

 春人達が屋敷に帰って来たので、佳子はその経緯と結果が気になり、彼らに尋ねていた。

 春人の瞳は輝き、その表情も明るく、非常にご機嫌な様子だった。


「無事、合格を頂きました。それにしても、如月さんは凄い方ですね。私は全く敵いませんでしたよ。また機会があったら、お手合わせの程、どうかよろしくお願いします」


 如月に敬意を表した態度で、春人は指導を願っていた。如月はどうやら春人が感服する程の実力の持ち主だったようだ。春人でさえ、里の中では実力者のはずなのに、如月は更にその上をいく者だと感じる。

 初めて知った事実に、佳子は驚愕を交えて、改めて如月を見た。佳子の視線に気付いた如月は、何やら困惑した表情を浮かべていた。


「いいけど、今度は手加減しないよ?」


 凄みを利かせて春人に答える如月には、貫禄さえ感じられた。


「はい、ありがとうございます!」


 それに対して、春人は気合の入った返事する。

 二人の様子を佳子は傍から見ていて、まるで師匠と弟子のような関係に見えた。その光景に二人の仲の良さが感じられて、内心安堵する。


 話が終わったからと、如月は帰って行った。それと同時に正も離れへと去っていく。


 佳子は春人と二人きりになったので、色々な話をしながら過ごした。

 主に春人から尋ねられたのは、如月のことだった。よほど先程の手合わせで強烈な印象を与えられたのだろう、春人は彼に興味津津と言った感じだった。


 佳子は如月との出会いや、彼のお陰で父の記憶を視ることができた経緯などを説明した。如月の私生活については、残念ながら佳子は何も知らないが、信頼のおける人だということは、強調しておいた。

 如月の協力は、彼の気持ち一つなのだ。今更、彼を疑って探るような態度をしても、佳子には何の得もない。

 如月が人外の存在であることは、彼の口から直接語らない限り、佳子からは言わないでおいた。正体に気付かれない限りは、敢えて話す必要を感じなかった。彼は他の人間と変わらず過ごしているのだから、その気持ちを尊重したかったからだ。


「如月さんは神秘的な人ですね……」


 謎が多い如月のことを、春人は好意的に語っていた。どうやら余ほど如月のことが気に入ったようだ。

 二人が仲良くしてくれれば、佳子も嬉しい。


 準備を着々と整えていくことが出来て、不安材料が少しずつ佳子から片付けられていく。

 仇と対する日を、勝算を持って臨める気がした。


 さらに佳子にとっては嬉しい事に、その日の夜に真吾から電話があった。

 佳子の家の電話番号を、前回会った時に直接連絡が取れるように伝えてあったのだ。


 たまたま水曜日に里から外出する用事があるらしいので、佳子に会いたいとのことだった。

 先週会った時と同じ場所で待ち合わせを約束して、電話を切った。

 真吾に話したいことがあると言われて、佳子は浮足立った。彼と兄妹の仲を深めることが出来て、亡くなった父もそれを知ることが出来たら喜んでくれただろう。父が望んだ未来を、そう遠くない将来、佳子は実現できる気がした。


 何もかも、上手く軌道に乗って来て、佳子は気分が上昇するのを感じた。追い風のように、佳子の助けとなり、支えてくれる人たちの存在。

 運は自分に向いてきている――。佳子はそう思わずにはいられなかった。





 ところが、休みが明けた月曜日に、佳子が職場に行くと、事務所が騒ぎとなっていた。

 パトカーが止まっていて、何やら物々しい雰囲気だった。

 何が起こったのかと、入口近くにいた同僚に尋ねると、事務所が何者かに荒らされて乱雑な様子になってしまったと言う。

 金目のものは盗られていないらしいが、他に無くなった物が無いか店長が警察官の立会いのもとで、調べているとのこと。他の者はしばらく立ち入り禁止の状態だった。


 タイムカードだけ、別の場所に移動していた。

 スーパーをいきなり臨時休業にする訳にはいかないので、そのまま何もなかったように営業が始まり、パートの人たちは普段通りに働いていた。


 それから仕事が終わった後に、何故か佳子は店長に別室に呼ばれて、二人きりになった。

 佳子が呼ばれた部屋は、いつも休憩室に使っているところで、折り畳みの机と椅子が並んでいた。

 暗い顔をした店長を見て、何の話だろうと不安になりながら、空いている椅子に佳子は腰掛けた。


「実はね、数日前からこんな物が毎日届く様になっていたんだ」


 そう言って店長が見せてくれたのは、ジッパーの付いたビニール製の保存袋に入った、一枚の紙だった。

 その紙には、”一上佳子を解雇しろ”という文章だけ印刷されていた。


「警察に相談してみたんだけどね、特に脅迫めいた内容は書かれていないから、事件には出来ないと言われてね。 一上さんの真面目な勤務態度は分かっていたから、何か性質の悪い悪戯かなって思って、気分が悪いものだし、君には知らせて無かったんだけど、今回こういう騒ぎがあったから、一応知らせておこうと思って。念のために訊くけど、こういうことをされるのに、心当たりはある?」


 心当たりと言えば、無い訳ではない。佳子は瞬時に分家の存在を思い出していた。

 如月と春人に起こったことが、佳子にも同じように仕向けられるようになったのだ。

 そもそも、今日こうして店長に呼び出されたのは、今朝の事件と関係があると思われているからだ。しかし、佳子は自分の背景を一般人である店長に素直に告白する訳にもいかなかった。

 佳子は悩みながらも、これ以上無関係な人達に迷惑は掛けられないと、一つの答えを出した。


「心当たりはありません。でも、今朝の事件が私を雇い続けるお店に対する嫌がらせだとしたら、これ以上ご迷惑をお掛けしたくないので、辞めたいと思います」


「いや、辞めるまではいかなくても! しばらく一上さんに仕事を休んでもらって様子を見た方がいいんじゃないかとは思っていたんだ。君に何かあっても困るしね。今朝の事件も、盗られた物は何も無かったから、被害は片付ける手間くらいだったからね。実は警察の人に、事件前に他に何か不審なことは無かったかと、尋ねられてさ。この一上さんの手紙の件を話してみたんだけど、警察も僕もそれが今回と関係するのか分からなかったし、一上さんにとっても迷惑な話だと分かっているんだけどね……」


 人の良い店長は言葉を選んで、佳子が傷つかないように話してくれる。

 佳子は、その優しさを有難く感じた。


「お気遣いありがとうございます、店長。急な事で申し訳ないですけど、明日から休ませていただきます。犯人に対して心当たりが分かって、解決出来たら、また雇ってくださいね」


「それはもちろんだよ、こちらこそ一上さんの早い復帰を待っているよ」


「はい。それじゃあ、失礼します」


 佳子は椅子から立ち上がって、店長に頭を下げると、部屋から出て行った。

 それから、いつものようにタイムカードを押して、店舗の裏口から出ると、辺りは既に薄暗く、冷たい風が吹き付けて来た。

 働く場所を失えば、収入源が無くなり、佳子が分家に逆らうための財力を失うことになる。

 そこまで自分を追い詰めようとする、分家の汚いやり口に憤怒しながら、佳子は無言で帰宅した。


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