揃った面子 2
「話は変わりますが、本日春人さんがこちらにいらっしゃる時に、父を殺した方法と同じやり方で襲撃されました。 幸いにも春人さんは危機を脱することができて無事でしたが、分家が卑怯な手を使ってまで、私を孤立させて言いなりにしようとしています。他の皆さんには何かありませんでしたか? 特に如月、貴方は昨日私に、誰かに襲われたかと訊いていたわ。何か心当たりがあったの?」
佳子が如月に視線を向けると、如月は特に態度を変えず、「そうだよ」と答えた。
「実は先週、お前の家から帰る途中で、誰かに雇われたごろつきに襲われたんだけど、返り討にしてやったんだよね」
「怪我はなかったの!?」
如月は何事もなかったかのように言うが、佳子は胸が潰れるような思いがした。
「もちろんないよ。言わなかったのは、心配かけたくなかったからなんだよね。どうせ、お前自身には害は及ばないと思っていたし」
分家の目的は、佳子を一族が決めた伴侶との間に後継者を産ませることだ。
佳子を精神的に追い詰めるのは有効手段だが、直接身体に危害を与えては、元も子もない。如月はそのことに暗に触れていた。
「でも、私のせいで迷惑かけたんだから、教えて欲しかったわ……」
「相手は俺を脅してお前に近づかないようにしたかっただけで、命までは狙っていないようだったから、それほど深刻に考えて無かったんだよ。それに、お前はそういうことを気にすると思って。あ、でも、その坊主はばっちりと殺されかけたみたいだから、結局は悪い事をしたね」
如月は脅しだけで、春人は本気で殺されかけた。
これだけ扱いに差が出たのは、春人が表向きには婚約者だからだろうか。確かに彼が亡くなれば、佳子の精神的ダメージは計り知れない。春人自身が里の中でも上位の実力者であって良かったと佳子は感謝せずにいられなかった。
「正さんには、何も無かったのかしら?」
佳子が正に尋ねると、正は厳しい顔をして「変わりありませんが、気をつけます」と答えた。
彼には妻子がいる。守らなければならない者が多いため、彼の協力を当初佳子は断っていた。ところが、先代の父に対する恩義があると、正は決して佳子の説得に応じなかったため、彼の申し出を受け入れるしかなかった。
その正の厚い忠誠心が、とても佳子には有難かった。
「ところでさ、お前の父親の殺害現場を目撃した妖怪も証人として呼んだ方がいいと思うんだよね」
佳子は如月の言葉に驚いて、視線を彼へと向けた。
「目撃者がいたんですか?」
それに反応したのは春人だった。
「ええ、実はそうなんです。その妖怪のお陰で私は父が殺されたことを知ったのです。でも……」
「それは大変重要なことじゃないですか、是非証人になってもらった方がいいですよ」
「その、その妖怪が証人として、認めてもらえるか心配で。それにあれが森から離れられるのかどうかも」
佳子はその妖怪の姿を思い出しながら、懸念事項を述べた。その佳子の躊躇いに気付いた春人が、「その妖怪の正体は何ですか?」と改めて尋ねて来た。
「きのこです」
一瞬微妙な表情を浮かべた一同の顔に気付いて、佳子は不謹慎にも可笑しくて吹き出しそうになった。
地面に生えていたきのこが、佳子に話しかけて来た時は驚いたものだった。その妖怪は、紅色の厚い傘の立派なきのこだった。素人でも一目で分かる、毒々しい色をしたきのこ。白くて長い柄の部分に眼と口があり、小さな唇を動かして話していた。
”森で火を起こすなど、信じられん!”
そのきのこは無表情だったが、内に秘める怒りの激しい炎を妖怪から佳子はひしひしと感じることができた。
きのこは父を殺した犯人に対して、義憤を覚えていた。
「一か八かでも、そのきのこを探してお願いした方がいいよ」
そう言った如月は、微妙に引きつったような、変な顔をしていた。
「そうね、そうしてみるわ」
佳子は今度の仕事の休みに里山へ行こうと、記憶に留めおく。しかし、あの能面のように無表情なきのこを地面からもぎ取るのは忍びない気がした。
「あともう一つ、用件が」
如月が気を取り直したようで、表情を元に戻していた。
「今回はこの彼と手を組んでお前を助けに行くようだけど、相方の実力を知らないままでペアを組みたくないので、ちょっと外で手合わせしたいんだけど良いかな?」
如月に名指しされた春人は、大きい目をより一層見開いて、如月の方を見た。
「あの、それは春人さん次第ですが……」
佳子は春人を気遣いながら答えると、春人は佳子に対して頷き、「いいですよ」と真剣な面持ちで快諾してくれた。