揃った面子 1
昼食について、春人とシロがお互いに自分が作ると譲らず、火花を散らして剣呑な雰囲気を漂わせていた。そのため、佳子がじゃんけんで決めてはどうかと提案してみた。
その勝負の結果、春人が勝利して佳子と一緒に材料の買い出しに出かけることに。
春人の車には、今朝の襲撃のせいで凹んで傷ついた個所があり、佳子は事件の様子の生々しさを感じた。
佳子の脳裏に甦る父の最期の記憶。その重さに押し潰されそうになる前に、佳子は目の前のことに思考を戻した。
車の破損個所の修理費用は、佳子の財布の事情で全額は出すことは難しいが、一部負担したいと佳子は決める。
二人がスーパーに向かう車の中で、コツを掴んでからじゃんけんは負けたことはないと、春人が得意げに語り出す。
相手が手を出す瞬間に、何を出すのか指の動きを見て、春人は予測するらしい。人並み外れた動体視力を持ち合わせていなければ、為し得ない技だった。佳子が驚いて春人の視力を尋ねたところ、『2.0』は余裕であると返事があった。佳子が春人と今後じゃんけんをする機会はないだろう。
職場のスーパーでは、同僚に春人との仲を冷やかされて、佳子は赤面する破目になった。春人と恋人同士になっても、婚約は偽装のままである。春人はまだ十八歳で学生であり、付き合いだして日も浅い。彼との結婚の話は、佳子自身の問題があって、まだ考えられなかった。
春人の家族について、佳子との交際にどのように考えているか、そういった話を彼の口から聞いたことがない。
もともと五月家と一上家は犬猿の仲なので、探りを入れたが為に悪い状況を耳にして、落ち込む破目になるのは嫌だった。お見合いすら、春人の対人関係の修行として受けたと聞いている。そもそも婚約は彼にとってはストーカー対策だったのだ。
瓢箪から駒の成り行きで、春人が佳子のことを好きになってくれて、こうして付き合うようになったのは、彼の言う通り佳子にとっても奇跡に近い。
春人は佳子に思いやり深く接してくれて、ひたむきな愛情を注いでくれる。そんな春人の存在は、佳子の中で大事なものとなっていた。
午後になって、佳子の家に如月がやって来た。
離れにいる坂井正も呼んで、父の仇のために手を貸してくれる面子が揃う。
佳子の屋敷の居間で、打ち合わせが始まった。
「皆さん、お忙しいところ集まってくれてありがとうございます。初顔合わせなので、簡単にですが紹介しますね」
家来の坂井正、恋人の五月春人、友人の如月と名前を呼んで、佳子はそれぞれに紹介した。
明るい如月は人懐こい笑顔を浮かべて、よろしくと二人に握手を求めていた。昨日、如月に春人のことを話した時は、彼に疑惑を抱いている様子だった。けれども、こうして目の前でにこやかな顔をして握手している如月の姿を佳子が見る限り、波風は立つことはなさそうだった。
「とうとう父の遺品である日記が見つかりました。父は裏付けが取りやすいように暗殺の記録を詳細に記述していました。それに書かれた内容の検証は、如月に任せているところです」
佳子は話しながら一同を見渡すと、如月と目が合った時にウインクをされた。彼の茶目っ気に佳子は緊張の解れを感じる。
「父が残した情報が、分家の首を締めてくれるように、私も頑張る所存です。復讐の時期ですが、年末に一族が集まる機会があるので、それを利用します」
皆は黙って佳子の話に聞き入ってくれていた。
「親族の集まりは、一族の中でも中枢に近い者しか参加できません。当日、私一人でそこへ行けば、当然のように結婚について追及されると思うので、私に注目が集まったところで、父殺しの件に触れます。そして、その足で全てを告発しに行くと伝えます。相手がどのような態度を取るのか、正直私も掴みきれません。ですが、出来るだけ相手から言質をとれるように踏ん張りたいと思います」
白を切るのか、開き直るのか、最悪の場合には佳子の口を塞ごうとするのか、様々な相手の反応が予想された。
だから、自ら罪を露呈させるように佳子は促して、その全ての音声を録音しようと考えていた。
佳子が原因で、敵を破滅に追い込みたかった。相手が墓穴を掘る様を、目の前で見たかった。
「佳子さんが囮になるんですか」
春人が口を挟んできた。
「そうです。正直言って、私は相手から見くびられていると思うんです。父も私に期待をかけていないように振舞っていましたし」
「しかし、佳子さんの身の安全はどうするつもりですか?」
「そうです、当日私は屋敷の中にいますから、いざという時は駆け付けるつもりですが、警備が厳重な分家の屋敷に、如月さんや五月さんが入ることは不可能では?」
春人に続いて、正までも質問をしてきた。
坂井家は一上の本家に代々使える家なので、集まりに参加できなくとも、分家の屋敷への出入りは許されていた。
春人と如月は一族の者ではないので、通常ならば屋敷へは入ることはできない。
「春人さんは、婚約者ということで屋敷に入る時に私に同伴してもらいます。それが許されないなら、集まりに出席しないと強気に出ます。私のことが今回の議題に挙がっているそうですし、私が不在なのは向こうも避けたいでしょう」
「それでも、如月さんは……」
「それに警備が厳しくとも、抜け道があります。私はそこを使ってよく屋敷を出入りしていました。後で屋敷内の見取り図と、抜け道を記します」
小さい頃は、佳子は夜になると父と一緒に屋敷を抜け出して、遊んだものだった。ある程度大きくなって、勝手が分かってくると、一人で出かけるようになっていた。それが今、役に立つとは――。偶然とは不思議なものだと佳子は感じる。
「如月と春人さんには、隠れて傍に待機していただいて、異変があったら駆けつけて頂きたいと思います。そして、正さんには、別の役割があります」
「なんでしょうか?」
話を振られて、正が佳子に視線を送る。
「里にいる妖怪たちを屋敷に呼び込みたいので、周囲に施された結界の類を破壊して、門を開放して欲しいのです」
「妖怪を呼び込むんですか?」
「ええ、タイミングを見計らってですが。私が捕まりそうになった時に、他に騒ぎが起これば、場はさらに混乱して私に割く人員が減らせて、さらに気も逸らすことが出来ると思うんです。それに、大騒ぎになれば、里の人も何事かと心配して駆け付けて来て、分家は事態の収拾に追われることとなるでしょう。その隙に、私はその場を離れて、その足で告発しに行きます」
「撹乱作戦ですか。ですが、妖怪を大量に呼び出すことは、いくら何でも無理なのでは……」
正は気まずい顔をして、言葉を濁していた。彼は妖怪に好かれる佳子の体質について、詳しくは知らない。さらに佳子は分家の屋敷から抜け出して、山で妖怪たちと遊んでいた事も彼には秘密にしていた。
「里の妖怪たちとは、旧知なのです。屋敷内にご馳走を用意して待っていると言えば、彼らはやってくるでしょう」
彼らを利用することになって申し訳ないが、佳子は形振り構っていられなかった。分家の屋敷の台所には、集まった親族に振舞う料理の材料が、大量に仕入れられているはずだ。それを餌に彼らをおびき寄せる予定だった。
「それでは、タイミングを合わせるのは、どのような手段を取るつもりですか?」
「分かりやすいように、私が力を使って、合図を送ります」
「あまり力を過信しちゃいけないよ」
正の質問に答えた佳子に、如月は複雑な表情を浮かべて忠告を口にした。
「薬を盛られたりして、力が使えない状態に陥ってしまうことを考えて、盗聴器をつけてもらうよ? 状況を見て、現場に踏み込ませてもらうね」
如月の力強い言葉に、佳子は無言で頷いた。