表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/118

恋人の訪れ

 玄関の呼び鈴が鳴り、佳子が戸を開けると、春人の姿があった。


「おはようございます、春人さん」


 恋人同士になってから、まだ一週間も経ってない。普段は離れているので、夜に佳子と春人は電話をするくらいの付き合いだ。そのため、こうして会えたことが嬉しくて、佳子は笑顔を浮かべて春人を出迎える。

 対して、春人は暗く思い詰めた顔をしていた。佳子の顔を見るなり彼は安堵した様子になり、少し表情が明るくなった。

 どうしたのかと、佳子が尋ねようとした時に、春人の腕が佳子の背中に回されて、優しく抱き寄せられた。


「佳子さん、ご無事で良かったです……」


 春人から漏れた声は、酷く切なげだった。佳子の身を心配せざる得ない出来事でも彼にあったのだろうか――。佳子は思わず不安に駆られる。


「私は大丈夫ですよ、何かあったんですか?」


 佳子はおずおずと春人の背中に手をまわして、抱きしめ返す。こういう異性との接触にまだ馴れなくて、佳子は照れ臭かったが、こうして自分も堂々と彼に触れることが出来て嬉しかった。

 しばらくお互い抱きしめ合って、直接伝わってくる温もりを味わっていた。ドキドキと落ち着かなく高鳴る佳子の心臓。


「あの~、はやく いえのなかに はいりたいんですけど…」


 二人の世界を破るかのように、雰囲気を全く無視した、疲れたような声が間に割って入って来た。

 春人の後ろから聞こえたシロの声に、佳子は慌てて彼から離れる。佳子が春人の身体越しに前を見ると、外でシロが所在なげに立って、こちらを見つめていた。


「あら、シロ! お帰りなさい!」


 シロが目の前にいたのにも関わらず、堂々といちゃついてしまったのが恥ずかしくて、佳子は頬が赤くなるのを感じながらシロも出迎えた。


「ただいまです。 ぶじに かえってこられてうれしいです」


 長距離のドライブで疲れたのか、シロは元気が無かった。佳子たちが塞いでいた玄関からシロは入ってくる。覇気が全く無い様子で、玄関を上がると、ふらふらと台所へと向かって行く。


「シロもどうしたんでしょうか? 一体、何があったんですか?」


 佳子が春人を見ながら尋ねると、彼は「これからお話します」と言いながら屋敷へ上がった。




 春人の話を居間で一通り聞いて、佳子はその襲撃内容が父の殺害方法と同じだったことに気付き、言葉を失った。

 犯人は間違いなく、一上家の手の者だ。恐ろしい事実に、佳子は背筋が寒くなった。

 春人が自力で窮地を切り抜けなければ、彼は冥府へと旅立っていたのだ。


 佳子は自分の傍で、畳の上に正座している春人に視線を送った。姿勢正しく凛としている彼の姿に、佳子は心を奪われて胸が締め付けられる。もしかしたら、彼が殺されていたかもしれないと思うと、こうして再び彼と会えた事を、なりよりも尊く感じずにはいられない。しかしその一方で、佳子は彼に対して申し訳ない気持ちを抱いてしまう。


 佳子の一族の問題のために、春人まで命を狙われるような事態になってしまった。彼が佳子の婚約者でいる限り、彼の身の安全はないのかもしれない。そして、一族に反逆しているというだけで、佳子に関わる人の命を軽々しく奪おうとする、一族のやりように佳子は改めて怒りを覚えた。


 そこで、佳子はふと気付いた。

 昨日の如月との会話で、”もしかして、誰かに襲われた?”と彼が尋ねてきた真意を。脈絡の外れた内容に、佳子は不自然さを感じて覚えていた。

 今思えば、もしかしたら彼の身にも春人と同じように襲撃があったのかもしれない。今日の午後に如月も来ると言っていたので、その時に問いただしてみようと佳子は決意した。


「本当に春人さんが無事で良かったです。でも、私に関わり続ける限り、春人さんは危険なままです。復讐の機会ももうすぐですし、婚約は一度破棄した方が……」


「いいえ、それには及びません」


 佳子の婚約破棄の提言は、春人の毅然とした態度で拒否された。

 佳子の側に座っていた春人は、腕を伸ばして佳子の肩を抱き寄せるので、彼に凭れかかるように身を寄せることになる。


「偽装とはいえ、婚約を破棄しては敵の思う壺です。どんなことがあっても、気持ちが揺らいだり、距離を置いたりしません。私が佳子さんとこういう関係になれたのは、奇跡に近いと思うんです。だから、絶対に佳子さんの手は離したくないんです」


「春人さん……」


 春人が自分を大事に想う気持ちに触れて、佳子は胸が熱くなるのを感じた。愛しい気持ちがどんどん湧き上がる。

佳子は自分がこんなに他人を想える日がくるとは思ってもみなかった。


「嬉しいです、そんな風に言ってもらえて……。でも、今後のことを考えると心配です。警護用の妖怪を春人さんにつけましょうか?」


 佳子は自分の影に潜んでいる、翔影という妖怪のことを考えながら提案してみた。

 あれはある程度知能があるので、佳子に怪しく近づくものを予め教えてくれたり、明らかに接触しては危険だと分かるものは、佳子の指示が無くても、勝手に判断して防御してくれたりする。


「いえ、私は大丈夫です、身体は丈夫なので」


「でも……」


 春人のことが心配で、彼の言葉に納得できなかった佳子は、更に言葉を続けようとしたところ、彼に両肩を掴まれて顔を覗き込むように見つめられた。

 その彼の真剣な眼差しに、佳子は息を飲んだ。


「佳子さんの身に何かあった時に、守りが多い方がいいでしょう。貴女に万が一のことがあったら、私には耐えられません」


 最後の台詞を口にする時に、春人の表情は切なげに揺らいだ。

 彼が佳子の身を本気で案じてくれているのが分かり、佳子は彼にこれ以上何も言えなくなった。


「分かりました。お互い、もうしばらく気をつけましょう」


 春人は佳子の答えに満足そうに頷くと、垂らしていた佳子の髪に手を伸ばして、優しく梳くように撫でてくれた。

 愛おしげに自分を見つめる彼の表情に、佳子は湧き上がる喜びを感じるのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ