表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/118

来訪者たち 2

 華やかな訪問着に身を包んだ佳子の母である政子は、後ろに女中を引き連れて玄関の土間に「ご免下さいね」と強引に入って来た。

 春人は逆らえない気配を感じて怯んでしまい、無意識に後ずさる。

 政子は堂々とした様子で侵入して春人を一瞥した。その後、彼女は春人の後ろに立っていた里香へと視線を移した。


「あら、貴女は大橋里香さんね? 二人きりで仲がよろしいのね。春人さんとのことで、お噂は兼ね兼ね承っていましたのよ」


 政子は口元に手を寄せて、ウフフと声を潜めて笑った。

 大橋は目を丸くして、言葉なく政子を見つめるだけである。

 強烈な気迫を発する年配の婦人には、さすがの大橋も敵わなかったのか、彼女は気圧されて棒立ちのままだ。

 春人も政子を警戒して様子を窺うことしかできなかった。


「偶然にも彼女との逢瀬の途中でお会いできて助かりましたわ。春人さん、これで言い逃れはできませんね。うちの娘に関わるのは、これ以上止めてもらえませんか? 今日はそのご用件で伺いましたの」


「ち、違います。私は」


 大橋と一緒にいたことを誤解されたと、春人は気付いて訂正しようとしたが、政子はそれを許さず、遮るようにさらに言葉を続けた。


「貴方が何を言われて佳子とお付きしているのか存じませんけど、あの子の芝居には私も騙されましたわ」


「何の話ですか? 何か誤解をしていらっしゃるのでは……」


 政子の調子に巻き込まれて、話が進められてしまい、春人は質問を挟むので精一杯だった。

 政子は余裕の表情で、嘲笑うかのように鼻で笑う。


「先日、夜半に佳子のもとを訪ねて来た若い男が、ちょうど居合わせていた高志さんを見て激高して、浮気だと大騒ぎだったそうよ。貴方も可哀想ね。佳子に都合のいいように使われているんじゃないのかしら? 佳子はね、親の私がいうのもなんですけど、色々と手がつけられない娘なんです。でもね、自分が産んだ子供ですから、大事になる前にあの娘の身辺を片付けたいんですよ」


 政子の言葉に、春人は如月の存在を思い出していた。

 佳子の周りに出現する、謎の男。それについて彼女から未だ何も説明がされていないことに春人は気付いた。

 そのため、春人の心に黒い染みのように不安が広がる。


「今の、本当!? 浮気って……」


 大橋の興奮した声に、春人は我に返った。春人が大橋を見ると、彼女は血相を変えて、政子を注視していた。


「本当ですよ。でも、それはお互い様みたいですけどね」


 春人と大橋が並んで立っている姿に、政子は視線を送る。

 その意味深な目つきから、自分が非常に悪い立場に追い込まれていると春人は感じずにはいられなかった。

 このまま政子の発言をはっきりと否定しなければ、それを自ら肯定しているものとして受け止められてしまう。


「貴女が言っているのは、事実を捩じ曲げた虚言です。私も佳子さんも不実な行為はしていません」


 断言しながら、春人は考えていた。

 佳子から如月のことを聞いていないのは、彼に関係する話題が今まで出なかったせいだ。もともと彼女からは、彼は友人だと言われている。政子は春人と佳子を別れさせたいがために、たまたま春人が大橋と二人でいただけで、”逢瀬”と邪推するような人だ。佳子についての件も、事実と相当異なるところがあると推測された。


「いくら弁明しても、今の貴方の状況は、不利なことには変わりませんけどね。佳子に言ったら、あの娘はどんな顔をするかしら?」


 政子は薄笑いを浮かべながら、春人を見据えて冷たい言葉を発する。

 それに対抗するかのように、春人は無言で政子を睨みつけたが、彼女は涼しい顔でそれを受け止める。


「佳子との婚約をなかったことにしてくれたら、それ相当の慰謝料をお払いしますわ。それを里香さんとのご結婚の費用に充てたらよろしいのでは?」


「帰ってください。佳子さんとは別れるつもりはありません」


「今なら、支払額を二倍にしてもよろしいのよ?」


「お金をいくら積まれようと、考えは変わりません。早くお帰りください。これ以上、貴女と話すつもりはありません」


 春人が拒絶を態度で表すと、政子は眉毛を釣り上げて、恐ろしい形相へと表情を変えた。


「全く、こちらが下手に出て、穏便に済まそうとしているのに、生意気な態度ね。後で泣き面を見せる様なことになって後悔しても、知りませんわよ」


 政子は憎らしげに捨て台詞を残して、帰って行った。

 拭いきれない後味の悪さだけが、玄関に残された気がした。


 脅威が去った後も、その影響から春人はしばらくその場から動けなくて、立ち尽くしていた。そんな春人の腕を先に立ち直った大橋が両手で掴んで揺さぶって来た。


「一上家と婚約したままだと、ヤバいんじゃないの? 大丈夫!?」


 大橋は本気で心配しているのか、不安げな表情を浮かべていた。


「大丈夫ですよ、彼女の母親はいつもあんな調子なんです」


「いつもああなの? 信じられない! 結婚したら、あの人がハルの姑になっちゃうんだよ? それに佳子って人のこと、全然知らないけど、あの母親にあそこまで扱き下ろされるなんて、実は相当ヤバいんじゃないの? こんなこと言うのもなんだけど、ハルってば、真面目で女慣れしてないし、彼女に騙されてるってことない!?」


 興奮気味な大橋は思いついたまま不安を発しているのだろう。その気遣いの無い言葉に、春人は不愉快に感じて、眉間に皺が寄った。

 親切心から言っているのかもしれないが、佳子のことを全く知らないにも関わらず、憶測を口にする彼女に春人は苛立ち、これ以上会話する気になれなかった。

 春人は大橋に掴まれていた腕を強引に振りほどく。


「大橋さんには関係ないですよ。それより、これ以上暗くなる前に帰った方がいいですよ」


「えっ! でも……」


 まだ何か言いたげな様子の大橋を春人が冷たく一瞥すると、彼女はやっと諦めたようで「じゃあね、今日はありがとう」と言って帰って行った。

 二人の来訪者の姿が消えても、春人の苛立った気持ちは収まらない。思わず傍にある家の壁を腹立ち紛れに殴りたくなるのを、春人は残った理性で抑えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ