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春人が。 2

 佳子たちは場所を居間へと移動していた。

 食卓の上には、先程見つけた一上家に代々伝わる宝具の指輪が置かれていた。

 春人はそれを熱心に見詰めている。


「この指輪を装備すると、どんな効果があるんですか?」


 声を弾ませて春人は佳子に質問してくる。


「えーと、実はですね……」


「実は何ですか?」


 春人の期待に満ちた目が、今の佳子には痛い。


「隠された力を目覚めさせるようなんですけど、本当のところは私にもよく分からないのです」


 佳子の曖昧な回答に、春人は驚く。


「どうしてですか? 嵌めたことはあるんですよね?」


「あるんですけど、何も起こらなかったんです。指輪には嫌われていないようなんですけど、私には潜在能力がないせいか、あまり効果がないみたいで」


「そうだったんですか……。でも、指輪に嫌われるってことがあるんですか?」


「ええ、その指輪は使い手を選ぶらしいんですよ。父が嵌めると頭痛がすると言っていました。ちなみに母は静電気が起きて、嵌めることすらできませんでしたけど」


「そうだったんですか。それは興味深いですね……」


 感慨深げに春人は呟いて、指輪に視線を送る。


「春人さんも試しに嵌めてみますか?」


「いいんですか!?」


 佳子の申し出に、春人は歓喜の表情を浮かべた。



「どうぞどうぞ。私も春人さんが嵌めるられるのか興味がありますし」


「では、お言葉に甘えて……」


 春人は恐る恐る指輪を手に取り、自分の指に通そうと試みる。最初は中指に入れようとしたが、指輪がそれよりも小さいようだったので、彼は薬指に嵌めた。


「何か不愉快なところはないですか?」


「無いです。むしろ、身体が芯から温かく感じます」


 春人は指輪が嵌まった左手を掲げて、しみじみと眺めていた。


「それでは、指輪に気に入られたんですね。試しに能力を使ってみてはいかがですか?」


「いいんですか?」


「はい、折角ですから、ここにいる間はご自由にお使いください」


 佳子がそう言うと、春人は外で身体を動かしてくると行って、家から出て行った。

 春人が不在中、佳子は再び絵の修復作業に勤しんでいた。それから時間が経ち、佳子のお腹が空いて来たお昼頃になって、春人が外から戻って来た。


「佳子さん、この指輪は凄いですね! 新しい技が使えたんですよ!」


 非常に興奮気味に、春人は佳子に話しかけて来た。

 すっかり指輪に心奪われて、新しい玩具を手に入れた子供のように目を輝かせている。


「どうやら、春人さんにはまだ眠っていた力があったようですね」


 そんな童心に返ったような彼の様子に、佳子は微笑む。


「春人さん、そろそろお昼にしましょう。うちには何もないので、食べに行きませんか? 近所に以前から気になっているお店があるんです」


「すいません、はしゃいでしまって。もうそんな時間だったんですね。車を出しますので、食べに行きますか」


佳子が気になっていると言ったお店は、最近開店したばかりのイタリアンのレストランである。石窯で焼き立てのピザが評判で、職場の同僚が美味しかったと絶賛していたので、興味があったのだ。

 ただ、佳子は一人でお店に入る勇気がなく、一緒に行こうと気軽に誘えるような友人もいないため、行く機会が今までなかった。


 お昼時だったためお店は混んではいたが、回転が速かったので、それほど待ち時間に苦痛を感じない位で、佳子たちは席に案内された。

 佳子はメニューを見て食べたい物をすぐに選んだが、春人はピザのメニューでクリーム系とトマト系のどちらにしようかと悩んでいた。意外にも彼は優柔不断のようだった。

 佳子がトマト系を選んでいたので、春人にクリーム系を選ぶように勧めて、半分ずつ取り分けようと提案した。

 春人はその話に乗って、やっとメニューを選択した。


 休日を異性と二人きりでいること。

 好きな人と一緒に過ごすのが、こんなに刺激的で嬉しいなんて、佳子は初めて知った。

 友達がいなかった佳子は、誰かとプライベート時間を寛ぐという経験が乏しい。


 そもそも、全くの他人である春人が、佳子に好意を寄せてくれる事自体、佳子にとっては奇跡的だった。

 人外の者には好かれて、付き纏われたりすることはあっても、人間にはほとんど関心を寄せられたことが無かった。

 そこまで自分が魅力的でないことを佳子は自覚していたし、目立たないようにしていたから、それが当たり前だと思っていた。


 佳子は目の前に座っている春人に視線を送った。

 清々しい程、整った目鼻立ち。

 丁寧な口調で穏やかに話す声や、抱きしめられた時に感じる彼の体温が好きだった。


 不器用なところもあるけれども、何事も一生懸命なところや、佳子を優しく看病してくれるところ。今まで一緒にいた中で、春人の人柄を多く知ることができた。


 いつまでも春人と穏やかな時間を過ごせたら、どんなに楽しいだろうか。そう願ってしまう自分がいることに佳子は既に気付いていた。


(春人さんが好きなんです。)


 彼と過ごす度に段々と膨れ上がって行く、声に出して言えない、この感情。いつかは、それを殺さなくてはいけないのに――。佳子はその時がもうすぐ訪れることを知っていた。





 外食の後、家に戻って二人で会話をしていると、指輪の話題に再び戻った。

 その時に、春人が指輪を指から抜こうとしたところ、全く指輪が動かないと言い出した。

 そんなことが有る訳ない――。入ったのだから抜けるはずだと思い、佳子が指輪を掴んで引っ張ってみたところ、ピクリとも指輪は動かなかった。まるで指に張り付いているみたいである。

 そこで初めて異様な事態に陥っていることに、佳子は気付いた。


「石鹸で滑りを良くすれば、もしかしたら取れるかもしれませんわ!」


 無駄な行為になるかもしれないと思いつつも、佳子がそれを提案すると、春人は黙って従った。

 春人が台所で手を洗うが、結果はやはり同じだった。


 指輪が抜けない。


「ごめんなさい、まさかこんなことになるなんて……」


「いいえ、佳子さん気にしないください。曰くつきの品物だと分かっていながら、嵌めたいと思ったのは自分ですから」


 落ち込んだ佳子を庇うように、春人は言ってくれたが、学生である彼が指輪を嵌めたままでは不都合が多すぎるだろう。しかも、後で佳子は気付いたのだが、左手の薬指に指輪だなんて、まるで結婚指輪のようだった。


「それにしても、指輪が抜けないのは指輪の意思かもしれませんね」


「そうなんですか?」


「ええ、春人さんが気に入ったのかもしれません」


「そう佳子さんに言われると、嬉しくなりますね」


 春人は自分の指に嵌まった指輪を、笑みを浮かべながら眺めていた。佳子もつられて、その指輪を見た。

 春人の指に強引に納まっている指輪が、「離れたくない―」という佳子自身の気持ちを代弁しているように感じた。



 その後、指輪は外れるまで春人に貸し出すこととなった。

 春人は貴重なものを預かることに恐縮していて、学校に行く時は包帯でも巻いて隠しておくと言っていた。

 それならば、教員に咎められることもないだろうと、佳子は安心する。


「でも、不謹慎な事に指輪をしばらく使えることが出来て嬉しいです。この間送ってもらった手紙なんですが、まだクリアできていないので、新しい技を使って挑戦したいと思います」


 先週のうちに佳子は春人の要求を踏まえて、再度修行用の妖怪を作り、手紙として郵送していた。

 春人に楽しんでもらえているようなので、佳子も創った甲斐があり、嬉しくなる。


「そういえば、仏間にあった絵は片付けてしまったんでしょうか?」


 春人の質問に、佳子は動揺した。今朝知ってしまった悲しい出来事を思い出したからだ。


「あの絵は……、もう無いんです」


 佳子は泣きそうになりながら、事実だけを告げた。


「無いって、どうしたんですか?」


 佳子は春人を仏間へと案内して、破られた絵を見せた。


「これは酷いですね。一体、誰がこんなことを……」


「昨日、母が私の留守中に来て、気付いたらこんなことに」


「そうだったんですか……」


 春人も悲惨な光景に痛ましそうな表情を浮かべていた。


「セロハンテープで修復していたんですね。私も手伝いますよ」


 絵の破片をパズルのように組み合わせて、一枚の絵を完成させるのは、大変な作業だった。

 正直言って、春人の申し出はとても有難い。

 夕方になるまで、二人でその作業を続けて、気がつくと春人が帰る時間になっていた。


 玄関でお別れの挨拶となった。


「すいません、途中までしか手伝えなくて……」


「いえいえ、とても助かりました! 本当にありがとうございます」


 心ない行為で傷つける人もいれば、こうして思い遣りを持って佳子に接してくれる人がいる。

 そのことに感謝することで、佳子は自然と再び笑顔を浮かべて立ち直ることができた。


「それじゃあ、また来週も会いましょう。シロの調子が良さそうなので、今度はシロも連れてきます」


「本当ですか? シロに会えるのがとても楽しみです」


 そう言って、佳子は笑顔を春人に向けた。

 春人との別れの時まで、彼とは楽しく過ごそうと佳子は決心していて、なるべく笑顔でいようと思っていた。


 ところが、佳子に対して春人はどこか不安そうな表情を浮かべる。


「あの、シロが屋敷に戻っても、また私と会っていただけますか?」


 佳子は春人の質問に戸惑って、すぐに返答できなかった。

 彼がこうして佳子の家に通うようになったのは、元はと言えば、シロの代わりにご飯を作るためだった。

 その口実を佳子が断っているのにも関わらず、こうして毎週のように彼が訪ねてくるのは、彼が佳子を諦めきれないため。彼とは付き合う気が無い以上、どこかで彼を拒絶しなくてはならない。


 それはまさしく今だった――。佳子は決意をして、口を開く。


「あの、もう私たちは会わない方がいいと思います。私は誰とも付き合う気がないんです。だから、これ以上、春人さんの大事な時間を私の為に使われるのは、勿体ないと思います」


 春人は苦しげに顔を歪めた。

 けれども、彼は何も言葉を発することなく、背中を向けて佳子の前から去って行く。

 その彼の悲痛な様子に、彼に心の傷を負わせてしまったと佳子は罪悪感に襲われる。佳子は気付くと、「待って!」と春人に声を上げると、慌ててサンダルを履いて後を追ってしまう。

 今にも泣きそうな春人だったが、彼は外で佳子を振り返って待っていてくれた。


「春人さんと付き合えないのは、貴方が嫌いとか好きじゃないとか、気持ちの問題ではなくて、私の事情のせいなの。春人さんは、優しくてとても素敵で、何も落ち度はないんです! だから、だから……、私なんかの為に悲しまないで下さい……!」


 抽象的過ぎてうまく伝わるかどうか佳子は不安だったが、何かを言わずにはいられなかった。

 彼は佳子を好きになってくれて、それが嬉しくて、佳子も大切にしたい人だった。出来るなら、悲しい思いをさせたくなかった。


 春人は何か言おうと、口を少し開いたけれど、結局何も言わずに唇を噛みしめただけだった。

 外は冷たい風が吹いていて、コートなどの外衣を着ていなかった佳子は、肌寒くて無意識に腕を身体に回して抱きしめた。

 その様子を春人が見て、「風邪をひくから中に入ってください」と切なげに呟く。そして、今度こそ振り返らずに、春人は自分の車へと歩いて行ってしまった。



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