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闖入者 2

「あっ!」


 佳子は見知った男の出現にさらに驚き、思わず声を上げてしまう。

 目の前にいたのは、極上の笑みを浮かべた美貌の男。

 高志が佳子の声に反応して、目の前の男から注意を逸らした途端、男は高志を突然殴りつけた。

 殴られた衝撃で横に飛ばされて床に倒れる高志。

 あまりの展開に佳子は呆然と立ち尽くす。うつぶせに倒れている高志が、ふらふらしながら身体を起こそうとしている。佳子がその姿を眺めていると、高志を殴った男にいきなり手を取られた。


「ほら、行くよ!」


 高志に代わって、今度はその男に手を握られて引っ張られる。

 大きな彼の手に包み込まれている自分の掌。伝わってくる体温は、相変わらず冷たい。けれども、さきほどまで乱暴に高志に握られたものと比べて、彼からは優しさが感じられた。


「ちょ、ちょっと。何で如月(きさらぎ)がここにいるのよ!?」


 突然現れた男の名前を佳子は呼ぶ。


「いいから、いいから。とりあえず、逃げよ?」


 如月はいつものように妖艶な色気を振りまきながら、佳子を振り返って笑みを浮かべると、有無を言わさず彼女の手を引いて誘導し続けた。

 高志よりマシかもしれないが、お見合いの場から連れ去られることには変わりが無い。


「ちょっと待って! 帰るわけにはいかないんだけど……」


 佳子の抗議を如月も聞いてはくれず、ホテルから出る破目になる。

 如月が一直線に向かうのは、出入り口付近にあるロータリー。さらに、そこに停めてあった高級そうな黒塗りの車に近づく。彼は後部座席を開けると、佳子を押し込むように乗せた。そして、彼自身も続いて乗りこんでくる。


「すぐに出して」


 如月が指示すると、後部座席を振り返っていた運転手が「はい」と返事して、すぐに前を向いて発車させた。

 運転手は黒いサングラスをかけた青年。彼は後部座席に乗った佳子と如月よりは一回りほど年上のように見えた。

 車がゆっくりと動き出す最中、如月はドアを閉める。次の瞬間、ドアにロックが掛かる音が車内に響いた。

 如月と体を密着して座っている状況にすぐに気付き、異性に慣れない佳子は思わず緊張する。

 彼から離れるために、慌てて隣の座席へ腰を少しずつ動かしながら移った。


 車がホテル前のロータリーを出た時だ。先ほど如月が閉めた車のドアに何かがぶつかる音がした。

 佳子が驚いて首をそちらに向けると、そこには春人の姿が。彼はドアを叩いて、「佳子さん!」と叫んでいる。

 春人は高志の妖怪から解放されていた。彼は動いている車と並走しながら、ドアノブに手を掛けて開けようとしていたが、鍵が掛かっていたため無駄に終わる。


「五月さん、危ないですよ! 私は大丈夫ですから!」


 思わずドアの方へ身を乗り出して、佳子は大声を出した。ドアと佳子の間にいた如月が、残念ながら今は邪魔だった。

 佳子たちの車は車道を走り始めていたので、体一つで車を追いかけるのは、明らかに危険である。

 しかも、ロータリーを出てから一般道の流れに乗らなくてはならないため、車の速度は急に上がっている。

 春人が車に轢かれでもしたら大変だ。

 佳子の声が届いたのか、それとも車の速度に追いつかなくなったのか、春人は車の側からいなくなった。

 佳子が後ろを振り返り、リアガラス越しに春人の姿を探すと、歩道にぽつんと立ち尽して車を眺めている彼がいた。

 一人置いていかれて小さくなって行く彼の姿を見て、佳子は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 自分のせいで彼に迷惑を掛けてしまったからだ。後で連絡して一言お詫びしないと気が済まない心地だった。


「彼とお見合いしてたの?」


 穏やかに笑みを浮かべながら如月が尋ねてきた。


「そうよ。でも、お見合いが途中でぶち壊されて、彼に迷惑をかけてしまったわ」


 佳子は前へ体の向きを直しながら、返事をする。

 その一因でもある如月を軽く睨みつけると、彼は佳子の視線を受けても意に返さず表情を崩さない。


「じゃあ、俺が殴ったのは誰だったの?」

「えーと、親が勧める縁談相手」

「もしかして、修羅場だったの?」

「もしかしなくても、そうだったわ。もー、あの人といい、如月といい、どうして黙って見守っていてくれなかったのかしら?」


 さっきのいざこざを思い出すだけで、佳子の頭は重くなる。

 佳子が自分の額を手で押さえつつ、チクリと嫌味を言うと、如月は心外だと言わんばかりに目を大きく見開く。そして、彼は佳子を覗き込んだ。


「もしかして、俺に怒っている? もとから結婚する気がないのに、お見合いを申し込んだくせに~。むしろ、邪魔されて助かったんじゃないの?」


 軽い口調だったが、如月の鋭い指摘に佳子は言葉に詰まった。

 確かに自分の都合だけで、五月家にお見合いを申し込んで春人を巻き込んでしまい、そもそも迷惑をかけたのは佳子だ。

 如月の言う通りで、返す言葉が無かった。


 気まずくなった佳子が、視線を彷徨わせて黙りこんでも、如月は言葉を続ける。


「まぁ、でも、一度やってみたかったんだよね~。意に染まぬお見合いに無理矢理参加させられたお嬢様を攫うナイト役」

「なによそれ」


 佳子は如月の軽口に反応する。如月を再び見ると、相変わらず面白おかしく佳子を見つめていた。

 そんな如月に佳子も表情を崩す。彼の調子の良さに、少し気分が上昇した。


「後で彼に謝っておくわ。これでこのご縁も終わりね」


 佳子の口から思わずため息が漏れる。


(もっと穏便にお見合いを終わらせたかった――。)


 五月家の面目を潰そうなどと考えてもいなかったが、結果としてそうなってしまい、ますます一上家との仲が悪くなってしまうかもしれない、と佳子は心を痛めた。


 佳子の脳裏に浮かぶのは、先ほどの春人の姿。「佳子さん」と春人は自分の名前を呼び、間近で見た彼の顔はとても切羽詰まっていた。

 あの一瞬の表情が作りものだったとは思えない。彼は本気で心配してくれたのだ。

 分家の人間以外に他の能力者と佳子はほとんど話したことがなかったため、他の里の人間に対しても分家と同じくらい悪いイメージを持っていた。けれども、今日の春人の人柄を見るとそうでもないらしいと気付く。


(それにしても、予期しない闖入者たちがずいぶんと暴れてくれたわ。高志は何故お見合いの場にちょうど現れたかしら? そもそも、どこでその情報を仕入れたの?)


 高志が佳子如きのためにわざわざ動く人だと考えていなかった。だが、婚約者(予定)として今回のお見合いを放置することは、分家内で許されなかったのかもしれないと結論付ける。

 佳子は高志と何度か会ったことがあったが、本家の娘というだけで美しくもない自分との結婚を高志は心から歓迎しているようには見えなかった。だから、今回佳子の方から彼との結婚を拒絶して、むしろ感謝されると思っていたくらいだ。


(でも、いざ私に振られるとなるとプライドが許さなかったのかしら? それとも、分家に逆らう人間を許せなかったのかしら)


 佳子は高志の不機嫌な顔を思い出す。

 彼の乱暴な振る舞いは許せなかったが、嫌々ながらもやって来たのにも関わらず、如月に殴られた彼には少し同情の余地があった。

 春人を傷つけたわけでもないので、里の掟を破ったことには、今回は目を瞑ろうと思った。


 佳子はサイドガラスから外の景色を眺めた。

 ビルやお店が立ち並んでいる合間を走っている。次々に変わる街並みには目が回るくらいだ。

 現在走っている道路は、分岐帯のある二車線道路で幅が広い。交通量が多く、何台も列を作って走行している。信号で停まると、歩行者が何人も横断歩道を通っていて、行き交う人間たちで道路の上は溢れている。

 普段と変わりのない日常。それを無言で眺めていて、自分が今日置かれたドラマみたいなお見合いの興奮から抜けつつあるのを感じていた。


「もし、またどこかにお見合いを申し込むなら、俺にしておきなよ。便利だよ?」

「はぁ? 私、貴方の本名も知らないんだけど?」

「大丈夫、誰も知らないから」

「それ意味分からない」


 後部座席に座っている佳子たちが、ふざけたやり取りをしている間に、運転手はどこかへと車を走らせている。

 如月が佳子に対して不埒な真似をするとは思えなかったが、一体どこへと向かっているのか心配になってきた。


「ねぇ、これからどこに行くの?」

「お前の家。せっかくだから送ってあげようと思って」

「本当? ありがとう」


 如月の言葉に安心した佳子は座席に深く座り込んだ。腰をすっぽりと包みこむ様な座り心地に思わず感心する。

 車の外観を見た時に高級そうだと思ったので、落ち着いて内装もじっくりと見ると、ここにも高級感漂う雰囲気がある。

 最近貧乏性が板についてきた佳子は、この車の値段を考えて、決して汚さないように気をつけようと注意する。


 それから如月をこっそりと窺うと、佳子の視線にすぐに気付いた如月は、にっこりと嬉しそうに笑みを浮かべる。

 今日の彼は前回のラフな格好とは異なり、お洒落な身なりである。

 ダークグレーのジャケットの下には襟口が大きく開いて体にフィットした白いカットソーを着て、ボトムスはタイトなラインの黒だ。首から鎖骨へと滑らかなラインがはっきりと露わになっていて、艶やかな白い肌からは色気が漂っているように見える。

 長い脚を組んでゆったりと座席に腰かけて寛いでいる様子は、とても優雅である。

 佳子は心の中でこっそりとため息を漏らす。


「そういえば、今日来るなんて一言も聞いてなかったんだけど……」

「言っていたら意味ないでしょ。いやー、想像はしていたけど、お前の驚いた顔は見物だったよ!」


 如月は声を立てて笑う。


 佳子はそんな彼の科白に唖然とする。てっきり自分のことを心配して駆け付けてくれたのかと、今回の彼の動機を好意的に考えていたからだ。けれども、そう考えた自分が愚かだったのだ。

 そういえば――、と佳子は思い出す。先日、如月に会った時にわざわざお見合いの日付を尋ねられたことを。きっと彼はあの時から闖入を企んでいたのだろう。


「もー、人で遊ぶのは止めて!」


(結局、自分は彼にとって玩具(おもちゃ)なのよね!)


 佳子が怒った顔をしても、如月にはよしよしと頭を撫でられる始末。彼にはちっとも効いていなかった。


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