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そのお見合いは、危険です。  作者: 藤谷 要
接近編

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春人が。 1

 日が変わり休日の日曜日となり、佳子は朝から早起きをして、部屋の掃除をしていた。

 いつも春人に情けない姿を佳子は見せていたので、たまには身だしなみを整えた格好でお迎えして、片付いた部屋をご覧になってもらおうと奮起したのだ。


 昨夜は部屋に貼られた妖怪避けのお札のせいで、追い払われていた居候たち。彼らは佳子がお札を破いたお陰で戻ってきており、掃除を手伝っていた。

 佳子が目を光らせているお陰か、妖怪たちは濡れた雑巾で廊下や戸をサボりもせずに拭いている。

 その彼らの様子に佳子は感心しながら、仏間に放置していた父の遺品を片付けようと、閉じたままだった戸を開く。

 そこは綺麗に片づけられていて、何も置かれておらず、畳が完全に見えていた。

 佳子が留守中に、母たちによって勝手に触られてしまったのだと佳子は気付き、家中を捜索した。しかし、家の中にはどこにも見当たらず、佳子は念のために蔵の中も探したが、どこにもなかった。


 一体どこへ片付けたのかと、無断で父の遺品に触れた母たちに佳子は苛立つ。

 その時、嫌な予感が佳子を襲った。屋敷の外にゴミを入れておく金属製の柵が置いてあったので、佳子はそこへと向かい、ゴミ袋の封を開けて調べ始めた。

 すると、探し物はすぐに見つかった。ビリビリに破られた父の絵。佳子が描かれた絵すらも同様な目に遭っていた。


「そ、そんな酷い……」


 惨状を目の当たりにして、佳子はそれ以上言葉を続けることが出来なかった。

 母の仕業に違いない――。この母の心ない仕打ちに、佳子の激しく痛めつけられ、涙が頬を流れ落ちた。

 泣きながら佳子は絵の欠片が入った袋を持ち、家の中へと入って行った。




 気持ちを切り替えた佳子が、仏間で絵を張り合わせる作業をしていると、玄関の呼び出し音が鳴った。

 時計を見ると、いつも春人が訪れる九時はとっくに過ぎていて、すでに十時半になっていた。

 佳子は真剣に作業をしていたので、時間が過ぎても全く気付かなかったのだ。

 どうして春人の到着が遅くなったのかと、佳子は疑問に思いながら、来客の対応のために玄関の戸を開ける。すると、一週間ぶりに会う春人の姿が目に入った。


「おはようございます、どうぞ上がってください」


 今までと違って、佳子は来客の準備が出来ていた。そのため、佳子は清々しく春人へ朝の挨拶をする。しかし、対する春人の表情は暗く沈んでいて、その場に立ち止まって土間へと入って来なかった。


「どうかしましたか?」


 その春人の不審な様子に気付いた佳子は、首を傾げて彼の表情を探るように見上げた。

 春人と重なり合う佳子の視線。佳子の鼓動が乱れて胸が締め付けられる感覚がしたが、それを表に出さないように堪えた。

 春人は苦しげに顔を歪ませたと思うと、佳子に腕を伸ばして来て、覆いかぶさる様に佳子を抱きしめてきた。

 佳子は突然のことに驚いて、されるがままだった。

 以前春人によって急にキスされたことを佳子は思い出す。佳子は彼に対して警戒するものの、春人はそれ以上動こうとせず、佳子の背中に固く腕をまわして、大事そうに腕の中に収めたままだった。

 一体、彼に何があったのかと、佳子は心配になる。


「すいません……」


 春人から謝罪の声が聞こえて来た。


「どうして謝るんですか?」


「いえ、いつもより遅れてしまって……、ずいぶん待たせてしまいました」


 春人の謝罪の内容に、佳子は驚いて目を丸くした。そして、可笑しくなって噴き出してしまう。

 突然笑いだした佳子に、春人は困惑したのか身体を少し離して、佳子の表情を窺うように見つめる。


「大丈夫ですよ。確かにいつもの九時よりは遅かったですけど、作業していたから全く時間は気になりませんでした」


「そ、そうですか?」


 春人は安堵したのか、固かった表情が少しほぐれてきた。


「はい。それよりも、それだけのことで、あんなに深刻そうにして、思い詰めていきなり抱きついて来なくても……」


 佳子は春人と身体が密着している状況が続いているので、彼の不審な態度の原因が理解してから、急に彼の腕の中が落ち着かなくなる。さらに春人と視線が重なったまま。佳子を見つめる彼の真剣な目に、思わず飲み込まれそうになる。


 呼吸が止まりそうなほど佳子の胸は高鳴り、春人から目を離せない。


「佳子さん、そんな目で見つめられると……、我慢できなくなるんですが……」


 春人が切ない表情を佳子に近づけながら、呟いた。


「えっ……!」


 佳子はは一体どんな目つきで春人を見つめていたんだろうかと、焦ってしまった。

 春人からの告白を佳子は自分の都合で断っておきながら、今も彼の気持ちを受け入れられない。

 理性では拒絶しなくてはと分かっているのに、春人の体温が、匂いが、優しさが、感情が、自分から離れて欲しくないと佳子は願ってしまう。


 理性と感情が相反し、佳子が混乱して思わず顔を伏せると、春人は何かを察して佳子から離れてくれた。

 恐らく、佳子が拒んだと春人は判断したのだろう。そう考えるだけで佳子は心苦しかった。


「あの、ごめんなさい……」


 佳子が謝っても、春人からは何も返事がない。

 気まずい空気が漂うのを佳子は感じた。


 その時、頭上から木が軋む大きな音が聞こえてきた。佳子は何事かと思い上を向くと、一匹の妖怪が壺を片手に持って天井に張り付いていたのが目に入った。

 佳子は前回春人に盥が落とされた件を思い出す。

 春人には手出し無用と妖怪たちに言い付けていたのにも関わらず、この妖怪はそれを忘れたのか。今回も玄関で春人が佳子に抱きついていたので、春人に何か落とそうと企てていた。

 ただ、妖怪が持っている壺が問題だった。それは、ただの壺ではない。「これは結構高かったのよ」と母が自慢していた逸品である。売ったら幾らになるか佳子は知らないが、いざとなったら金目となる品物の一つだった。


「その壺は、駄目ぇ!!」


 落として割られたら大変だと、反射的に佳子は大声で叫んでしまった。

 ところが注意された妖怪は、佳子の必死な形相によって傍目にも怯えて震え上がり、持っていた壺を手から落としてしまう。壺が落下していく様子は、佳子の目にスローモーションのように映った。


 地面に落ちて割れてしまう――。佳子がそう思った時に春人が間一髪で拾い上げてくれた。

 その瞬間、壺の中から聞こえた「カチリ」という小さな音。


 春人もそれに気付いたのか、彼は壺を逆さに振ると、彼の掌の上に小さな指輪が壺の中から転がり出て来た。

 石一つついてない、何か複雑な模様が描かれている地味な指輪である。

 佳子はすぐにそれが何なのか思い出した。


「これは……! 探していた宝具だわ!」


「これがですか!?」


 まさか壺から出てくるとは思わなかったのだろう。春人は驚いた声を上げて、指輪を摘まんで眺めていた。



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