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義父への説得

(いつ義父に話そうか――。)


 そのタイミングを見計らっている内に、春人は週末を迎えてしまった。

 土曜日なら義父も春人も家にいるので、チャンスならいくらでもある。そこで朝食後、居間でのんびりと新聞を読んでいた義父に、「聞いて欲しいことがあります」と春人は告げた。

 義父は新聞を脇に置いて、傍で正座している春人に向き合う。


「改まって、何のようだ?」


 畏まった様子の春人に、義父は気付いていた。


「はい。実は大橋里香の件なんですが……」


「おお、里香か。あの子がどうしたんだ? もしかして、付き合うようになったのか?」


「違います。むしろ、里香と私との仲を取り持つことを止めて欲しいのです。私には別に想う人がいまして……」


 春人がそう言うと、あからさまに義父は不機嫌な表情を浮かべた。


「他に好きな人がいるなら、何で始めから言わなかったんだ?」


 義父の不満は正しい。始めから自分の気持ちを伝えていれば、義父は余計なお節介を焼かずに済んだのだ。


「あの、それについては、申し訳なく思っています。ただ、言うに言えない状況だったので……」


「好きだと、胸を張って言えないような相手なのか」


「……はい」


 義父が最も嫌っている一上家の人間に好意を寄せていると、どうして堂々と言えようか。春人が躊躇していると、義父は彼の気持ちに気付かず、さらに渋面を続ける。


「そんな親に堂々と紹介も出来ない相手など止めておけ。里香の何が不満なんだ。あれほど熱心にお前を慕っている子はいないぞ」


「……彼女とは、無理です」


 大橋里香は人や状況によって、その態度を全く変える。

 義父や義兄の前では、彼女は非常に礼儀正しく笑顔で接するため、義父は愛想のいい彼女しか知らない。

 しかし、自分より格下と認識している人間の前では、彼女は冷淡で非情だ。

 春人がこの里に引き取られて情緒的に不安定だった頃を思い出す。クラスのリーダー格の男の子が、すぐに泣き出す春人をからかっていたことがあった。その輪に大橋も入って「あんたみたいな泣き虫と親戚だなんて嫌だわ」と、調子に乗って春人をいじめたのだ。


 さらに、春人が暴れて家を壊してしまった時も、「あんたみたいな子供を引き取って、伯父さんたちも大変よね」と大橋は平気で突き刺すような言葉を投げかけて来た。そのくせ、大人の親戚たちがいる前では、別人かと思う位、優しい態度で接してきた。


 お互い小さい子供の頃であったから、それがどんなに酷い言葉なのか、よく理解していないで、覚えた言葉をたまたま口にすることもあるだろう。そういったことを考慮しても、中学に入って義母が病気で倒れた時に、必死に家事を手伝う春人に大橋は決定的なことを言ったのだ。


「家のお手伝いで大変なんだってね。でも、どうせ点数稼ぎなんでしょ?」


 その大橋の目つきは、完全に春人を見下していた。

 それから春人と同じ高校へ通うようになっていたものの、二人の間に全く交流は無く、月日は過ぎ去っていった。

 ところが、春人が夏に奉納試合に出て優勝したことから、里香の春人への態度が百八十度変わった。里の中で同じ年頃の女子が、春人のことで騒いだせいだ。

 試合前まで、里の中で春人は自身の驚異的な身体能力を全く公言していなかった。そのため、春人はあの試合で圧倒的な強さを見せつけたお蔭で、強烈な印象を若い女子たちに与えてしまい、一瞬にして注目の的になったのだ。

 それから、話題の人となった春人に、大橋は近づくようになった。

 今までの関心のない態度は嘘のように、媚びへつらった笑みを浮かべる大橋を春人は迷惑にしか感じなかった。


「私が好きなのは、一上佳子さんなんです」


「は? 一上?」


 義父は怪訝な顔をした。しかし、春人が口にした言葉と挙げられた名前を次第に理解したのか、顔色が険しいものへと変化していった。


「一上の当主を好きになっただと? 感情移入するなと言ったのに、まんまと騙されたな!」


「違います! 本当は調査の前から好きだったんです! 五月家(うち)では、一上家は良く思われていなかったから、隠していたんです。申し訳ございませんでした!」


 義父の気迫に押されて、春人は頭を下げてひれ伏した。


「馬鹿者が! 調査は中止だ! 二度とあの女に会うな! 分かったな!」


 義父は問答無用でそう怒鳴ると、勢いよく立ちあがった。


「待ってください! 話を聞いていただけないでしょうか」


 春人は慌てて義父に取り縋るが、勢いよく振りほどかれた。


「うるさい! それ以上、不快なことを言うな! 部屋に籠って反省しろ!」


 義父は憤怒の形相で歩き出して、居間から出ると、そのまま玄関の方へと向かい、外へと出て行ってしまった。


 義父に話を全く聞いてもらえなかった――。春人は予想していたとはいえ、義父に拒絶された事実が悲しく、打ちひしがれた。隠し事をして良心の呵責に苦しんでいた時も、精神的に辛かったが、家族に理解されないのも辛いものだった。


 しかし、このまま諦めてしまっては、調査は打ち切りとなって、佳子への協力すらできなくなってしまう。春人が彼女へ会いに行くのも、反対されたままだ。



 春人は感情のまま家を飛び出してしまった義父を心配して、慶三郎に先程のことを相談してみた。


「大丈夫だよ、近所の囲碁仲間のところへ行ったんじゃない? それにしても、春人、ちゃんと自分から言えたんだな」


「ええ、でも取り付く島もありませんでした……」


「でも、お前に失望したり、見限ったりするようなことは、親父は言わなかっただろ?」


 慶三郎に言われて、春人はハッと気がついた。

 義父は部屋で反省しろと言っていただけで、春人を見放すようなことは言っていなかった。


「はい、言っていませんでした」


 再び捨てられることを心の奥で恐れていた春人。それを義兄に気付かれているとは、春人は今まで知らなかった。


「お前はちょうど反抗期なんだから、あのくらい親父を怒らせた方が親孝行だぞ」


 義兄の言葉に、春人は感極まって何も答えられなかった。


「まあ、お前だけじゃ今回は荷が重いと思うし、俺からも口添えしとくよ」


「はい、ありがとうございます……」


 春人は顔を上げられず、深々と頭を下げたまま慶三郎に礼を言った。



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