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招かれざる客たち

いつも読んでくださってありがとうございます。


今回のシーンでは、対人の暴力シーンがあります。申し訳ございません。

 真吾と会ったその日の夜に、如月から佳子の家に電話が掛かって来た。


「どうしたの? 電話なんて珍しいわね」


『本当は直接会いたかったけど、今日は疲れていると思って。彼への説得はうまくいった?』


 如月の仲介で真吾との再会を果たしたので、成り行きを気にしての電話だった。佳子の体調まで気遣ってくれて、彼の配慮を嬉しく感じる。

 如月の予想通り、佳子は遠出をして疲れていた。もし、突然如月が訪ねていたら、その対応をするのは佳子にとって難儀だっただろう。


「ええ、父の死が分家の仕業に違いないと話したら、先のことをゆっくり考えたいと言ってくれて、少しは考えを改めてくれたみたい」


『そうなんだ。それはよかったね』


「ええ。また会おうって言ってくれたから、次も説得を頑張ってみるわ」


『うん』


「あ、そういえば、真吾さんだけど、如月のことも気にしていたわよ?」


『へえ、そうなんだ。何を訊かれた?』


「色々よ。でも、何も知らないから私に訊かれても、困るのにね」


 佳子が苦笑すると、如月も受話器の向こうで笑う。


『お前が俺のことが知りたいなら、手取り足とり教えてあげるよ?』


「いかがわしそうだから、ご遠慮するわ」


 佳子が素っ気なく断ると、如月は更に愉快そうに声をあげて笑っていた。


『それじゃあ、おやすみ』


 如月との電話は、すぐに終わった。彼の心遣いに、佳子は胸に温かいものを感じた。



 それから、佳子は週の後半をいつものようにレジのパートと内職に勤しんだ。

 土曜日の勤務は次の日が休みと云うこともあり、仕事が終わるのが待ち遠しい。


 やっと勤めを終えた佳子は、通い慣れた帰路を歩く。屋敷へと続く坂道を上がって行くと、いつもは暗い屋敷に明かりが灯っていた。

 佳子は節電のために電気は消して外出している。それなのに、玄関の照明だけではなく、屋敷内まで煌々と明かりがついているのは、何か異変があったと気付くのには十分だった。

 さらに佳子は気付く。玄関前にある車庫に、いつもより二台多く車が停めてあったことを。

 佳子は玄関の鍵を開けようとしたところ、施錠されていなかった。それは誰かが開けたことを意味していた。

 佳子は緊張しながら戸を開けて、玄関の土間に上がると、居間からこちらへ顔を覗かせる者がいた。


「あら、おかえりなさい。佳子さん」


 声を掛けて来たのは、母だった。

 言葉を失くして立ち尽くす佳子の元へと、母は静かな足取りで近づいてきた。いつものように和服で綺麗に身支度している母の姿が、佳子の視界に映る。


「何ぐずぐずしているの? 早く上がりなさい」


 苛立った母の声に促されて、佳子は靴を脱いで家へと上がった。その時、土間の上に見慣れない男性用の革靴が置いてあるのに気付く。


(母は誰を連れて来たの?)


 佳子は突然の成り行きに驚き、何も対処できないまま居間へと足を踏み入れた。

 そこには、高志がいた。彼はダークグレーのスーツを着ていて、食卓の側に座っている。入って来た佳子へ視線を向けていたので、彼と目が合った。


「あの、どうして高志さんがいるんですか?」


「佳子、話があるから座りなさい」


 母は佳子の質問には答えず、自分の用件を切り出した。

 久しぶりの母の勝手ぶりに、佳子は苛立つものを感じながらも、コートを脱いで言われた通りに腰を下す。


 食卓の席には、母と高志と佳子の三人が顔を並べている。

 奥の台所で、人がいる気配がするので、母付きの女中が何か作業をしているのかもしれない――と佳子は考えを巡らした。


「いきなりやって来て、話とはなんですか?」


 まさか母たちが自分の留守中にやってくるとは、佳子は想像もしていなかった。母たちは堂々と家の中に入り込み、一体何をしていたのか――、佳子は不安になっていた。


「婚姻届の件ですよ」


 母は不機嫌な顔をして語り出した。


「先日、高志さんと貴女の婚姻届を役所へ届けに行ったんですよ。でも、受理されなかったんです。お陰で恥をかいてしまったわ! 貴女、何で不受理届け何か出したの!」


 母の話を聞いて、佳子は開いた口が塞がらなかった。用心のために手続きした届け出が、思いっきり役に立ったことに。


「結婚は本人の同意なしにはできないと思うんですが。お母様がやっていることは犯罪ですよ!?」


 佳子が正論を片手に非難すると、母は顔を歪めた。


「子供の為なら、親は犯罪にすら手を染めるのを厭わないんですよ!」


 そんな偏った愛情はいらない――。佳子はスッと気分が急に落ち着いて冷静になり、改めて母を見た。

 こんな母でも、自分はまだ未練がましく何かを期待していたと気付いて、馬鹿らしくなったのだ。


「恥をかいたのは自業自得ですよ。用件はそれだけですか? 早くお帰りください」


 佳子が冷たく言い放つと、激怒した母はさらに何か言い募ろうとして口を開いたが、高志の手が阻止するように母の前にかざされた。

 高志が母に目配りすると、母は頷いて黙った。


「私はそろそろお暇するわ。後は若い人で話して頂戴」


 母はそう言って立ち上がると、台所にいる女中に帰る旨を伝えて、玄関へと向かって行った。

 慌てて帰り支度をした女中がその後を追う。高志と佳子が二人で見守る中、母たちはあっという間に帰って行った。

 それを確認すると、「佳子、実は……」と、高志が話し始める。


「当主としての勤めを放棄しているお前に対して、一族内で不満の声が上がっている」


「そうですか。それが何か?」


「このままでは他の者に当主の地位を奪われかねない。年末にある集まりでの議題に挙がっているぞ」


 毎年正月前になると、一族が集まって重要な点について話し合いを行うのが行事となっていた。

 当主であった父や、後継者であった佳子も毎年それに参加していた。


「どうぞご勝手に話し合ってください。他に変わる方がいらっしゃるなら、私に拘る必要はないはずです」


「そいつの血筋が怪しいから、先代が亡くなった時点で、お前が当主に選ばれたんじゃないか。血の濃さは絶対ぶれてはならない。少しでも例外があると、一族内の規律が乱れる恐れがあるんだぞ」


「そんな考えは、(どぶ)に捨ててしまえばいいんです」


「お前……!」


 高志の語気が強まるが、佳子はあえて気付かぬふりして流した。


「もう止めませんか。貴方だって、本当は私なんかと結婚したいとは思ってないでしょ?」


「……お役目は大事だぞ」


 佳子の問いに否定も肯定もしないあたりに、高志の本音が窺えた。


「私は貴方だけではなく、一族内の誰とも結婚するつもりはありません」


 佳子の頑な態度に、高志は呆れたようにため息をついた。その時、玄関の呼び出し音が鳴り響いた。


「誰かしら?」


 佳子が玄関に行って戸を開けると、そこには如月がいた。


「こんばんは、ご機嫌いかが?」


 艶のある笑みを浮かべながら、如月は颯爽と入ってくる。彼の突然の訪問はいつものことだが、今日だけは都合が悪すぎて、佳子は慌てる。


「ちょ、ちょっと、今はやばいの!」


 如月が以前殴った高志が家にいるのである。彼らが鉢合わせしたら、面倒なことになるのは目に見えていた。


「ん?」


 佳子の動転した様子と、玄関の土間に置かれた男物の靴に如月は気付いて、彼は佳子へと顔を近づけた。


「俺の居ない間に浮気とは……」


 如月の口は笑っているが、目が据わっていて、佳子は恐ろしくなる。その如月の様子に、佳子は後ろめたいものは全くないのにも関わらず、震えあがった。


「浮気って、全然違うから!」


 佳子は思わず大きな声で反論してしまった。


(そもそも、付き合ってもいない如月に浮気だと責められる謂れもない、はず……よね……?)


「佳子、誰だ?」


 最悪なことに居間から高志が覗きこんで来た。そして、高志は土間にいる如月を見るや否や、驚愕の表情を浮かべる。


「お前、あの時の!!」


 高志が大股を広げて近づいてくると、如月の襟元を乱暴に掴みあげて、睨みつけた。


「前はよくも殴ってくれたな。お前、佳子の何だ!?」


「お前に話す筋合いはない。それよりも、その汚らしい手をどけてくれないかい?」


 如月は高志を蔑んだ目つきで見つめる。

 その彼の態度に腹を立てた高志は、顔を憤怒の色に染めると、拳を振り上げて如月を殴ろうとした。


「止めてよ!!」


 高志が振りあげた腕に佳子は咄嗟にしがみついたが、頭に血が上っている高志によって、勢いよく振り払われてしまう。

 佳子はその反動で身体が飛ばされ、玄関に置いてあった下駄箱にぶつかり、その上に飾られていた花瓶が倒れて土間へと落下する。

 陶器が割れる音が玄関に響き渡り、花瓶に入れてあった造花と割れた破片が辺りに無残にも散らばった。

 その光景にこの場に居る者たち全員の注意が取られて、動きが止まる。


「許せないね」


 如月は目を細めて静かに呟くと、自分の襟を掴んでいる高志の手を掴んで、捻り上げた。

 高志の顔は苦痛で歪み、すぐに如月の服を離す。すると、今度は如月が高志の襟元を掴むと、持ち上げるように彼を引っ張り上げ、玄関から外の地面へと投げ飛ばした。

 如月は華奢な体つきにも関わらず、自分よりも体格が大きい高志を軽々とあしらう。


「ちょっと、如月! 乱暴な真似は止めて!」


 佳子の制止の声が耳に入らないのか、如月はすかさず倒れた高志の腹に蹴りを何度も入れる。

 その如月の横顔には、楽しそうな笑みが浮かんでいて、佳子は信じられない思いでそれを見つめた。

 相手に反撃の余地を与えない攻撃に、高志は為す術もない。


「彼女に乱暴な真似はしないことだね」


 高志が苦しげに呻く中、攻撃を止めた如月は佳子の手を取って、屋敷の中へ入ろうと促そうとした。


「如月、やり過ぎよ!」


 佳子は如月の手からすり抜けると、高志のもとへと行き、彼の様子を確かめようとした。


「高志、大丈夫?」


「ああ……、大丈夫だから俺のことは放っておいてくれ。あの男にこれ以上、関わりたくない」


「でも……」


「いいから行けよ! お前にも、うんざりだ!」


 躊躇する佳子に高志は罵声を浴びせる。その大きな声に佳子は息を飲んだ。

 高志の佳子への怒りは尤もだ。正直分家の人間ということで、佳子は高志のことを適当にあしらうことでしか対応してこなかった。ただ、それは彼の尊厳を著しく傷つける態度でもあった。

 その佳子の行為の積み重ねが、今の彼の台詞に籠められているように感じられて仕方が無かった。

 佳子は高志に一抹の罪悪感を抱いたが、立場や考えが大きく異なっている以上、それは仕方がないと自分に言い訳するしかなかった。


「今までごめんなさい。高志さん、貴方は他の方と幸せな結婚をしてください」


 佳子はそう言い残すと、地面に倒れたままの高志を残して、屋敷へ踵を返した。それから佳子が玄関に入ると、如月がそこで待っていた。


「大丈夫?」


 如月がいつものように他人を魅了する微笑で佳子を見つめる。ところが、先程の如月の残忍な様子が佳子の脳裏に浮かんで、思わず視線をずらしてしまう。

 目の前にいる如月が、まるで別人みたいに感じて、恐ろしかった。


「あの、ごめんね。せっかく来てくれたんだけど、今日はもう休みたくて。先週風邪をひいたり、今日は母親が来たりして色々と疲れちゃって……」


「そうだったんだ。それは大変だったね。それじゃあ、俺は帰ることにするよ」


「うん、せっかく来てくれたのに、ごめんなさい」


「いいんだよ。それじゃあ、お休み」


 如月は先程の粗暴さが嘘のように、優しく佳子の頭を撫でると、来た時と同様に軽やかな足取りで帰って行った。


 佳子は信じようとしていた如月の意外な一面を垣間見てしまい、不安を抱かずにはいられなかった。

 しかし――、と佳子は考え直す。

 今回は高志が先に無礼を働いたのだ。如月が不快になるのも無理はない。それに彼があんなに怒ったのは、佳子の為である。

 それなのに彼に不信感を抱くのは失礼な話だと、佳子は無理矢理自分を納得させた。




次も対人の暴力シーンがあります。

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