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真吾との再会

 今日は一上真吾と会う約束の日だ。無事に風邪が全快した佳子は昼前から外出していた。


 真吾と駅前で待ち合わせて、それから徒歩で移動した先は、真新しい感じの鳥料理専門店である。真吾が案内してくれたお店で、「ここのお店、美味しいんですよ」と勧めながら、お店へ入って行く。真吾は以前も来店したことがあるんだ――、と思いながら佳子もそれに続く。


 完全な個室ではないものの、四面をほとんど仕切られた作りの席に通された。二人は掘りごたつの食卓に腰を下して、店員に配られたおしぼりで手を拭く。


「今日は来てくれてありがとう」


「いえ、こちらこそ、会えて嬉しいです」


 真吾の言葉に、佳子は嬉しくて興奮しそうな気持ちを抑えながら答えた。


「何を召し上がりますか?」


 メニューを一緒に見ながら、このお店のお勧めである親子丼定食を佳子は選んだ。真吾は「美味しかったですよ」と教えてくれたので、以前に彼も頼んだことがあることが分かる。

 呼び出しボタンを押すと、すぐにやって来た店員に、真吾は注文を頼んだ。前回会った時とは異なり、真吾と打ち解けた感じで会話できて、佳子は少し安心する。


「婚約者の五月君とは、会っているんですか?」


「ええ、最近は毎週会っています」


 突然、春人の話題になったので佳子は驚く。そして、僅かに芽生えた彼への警戒心。真吾は分家の人間なので、正統な後継ぎを産めと高志との結婚を勧めてくるのではと、佳子は恐れたからだ。


「仲がよろしいんですね」


「ええ、まぁ……」


「本当に彼と結婚されるつもりなんですか?」


「ええ、いつになるか分かりませんが」


「そうですか……」


 真吾はそう呟いた後は、何も言ってこなかった。彼の質問の意図は何なのか、良く分からず仕舞いだったが、結婚の話題が出たので、佳子も彼に質問を試みようと思った。


「真吾さんは、いつご結婚されたんですか?」


「僕ですか? 八年くらい前にですよ。所謂出来ちゃった婚でして」


「あら、そうなんですか。じゃあ、娘さんは小学生なんですね」


「ええ、二人ともそうなんです。今はまだお父さんって近づいてくれますが、そのうち煙たがられると思うと、悲しいですね」


「父親って煙たがられるんですか? 私はずっと父に懐いていたんですが……」


 佳子は亡き父と頻繁に会話をしていた。母とは神経を使って会話をする必要があったため、何でも話せる間柄ではなかったからだ。


「普通は思春期になると父親は疎まれるんですよ? 佳子さんはパパっ子なんですね」


「そうですね。実はファザコンだったのかも」


 苦笑しながら、佳子は呟いた。


「真吾さんの奥さんも一上家の人なんですか?」


 その質問は何気なく思いついて佳子の口から出たものだった。


「ええ、僕の側女(そばめ)でしたが、子供が出来たので」


 佳子は真吾の言葉に驚いて、二の句を告げなかった。真吾の云う”側女”には、ただの使用人と云う意味と、妾という意味がある。一体、どちらなんだろうか――と佳子が意味合いを考えているうちに、それが顔に出てしまったのか、真吾は佳子を見て困惑げな表情を浮かべた。


「もしかして、ご存じではなかったんですか?」


「え、何をですか?」


 真吾の質問の意味が分からず、佳子は更に戸惑いが深まる。


「貴女の父親にも、同じように側女がついていたと思うんですが。だからてっきり、ご存じだと……」


「側女って、分家から送られてくる女中のことですか?」


 分家から本家へ若くて元気な女性が派遣されて、家事を任せられていた。側女とは使用人としての意味だと佳子は安堵したところ、その佳子の表情を真吾は見て、彼は表情を曇らせた。


「ええ、そうです。ですが、彼女たちは、ただ単に家事の手伝いのためだけに来ていたのではないのですよ。能力が高い子孫を少しでも残す目的もあったんです」


 真顔で説明する真吾を眺めて、それが冗談ではないと悟る。佳子の背筋を寒気が走り、身体が震えそうなほどだ。 もともと分家には悪い感情を持っていたが、今回のことで生理的な嫌悪感すら抱くほどの存在になった。

 確かに真吾の言う通りだ。分家から数年おきに送られてくる女は、みな若かった。あの女たちが、そういう目的で我が家に来ていたなんて、佳子にとっては寝耳に水だった。

 父はどういう気持ちで彼女たちを受け入れていたんだろうか――。佳子の心に暗い影が落ちる。


 一族の中での、父や女中たちに対する扱いが、まるで子供を作るための道具のようだ。そして、それに巻き込まれようとしている佳子と、既に囚われた目の前の異母兄。


(やはり、分家のやり方は間違っているわ――。)


 佳子はそう強く感じた。

 目の前にいる真吾を助けたいと心底願う。しかし、事を荒立てまいとしている彼はそれを果たして望んでいるのだろうか。本人の同意を得る前に、父は強引に話を進めて、真吾を分家から取り戻そうとしていた。同じように異母妹である自分がしてよいものなのか。佳子の中で躊躇いがあり、そのため真吾の気持ちをもっと知るべきだと考える。


「真吾さんは、分家のやり方が正しいと思いますか?」


「疑問に思うことはありますが、そこで生きている以上、従うしかないんです」


 諦めが混じった真吾の瞳は、それでも真っ直ぐ佳子を見ていた。

 真吾は不条理を抱えつつも、全てを受け入れている――。佳子はそんな気がした。


「でも、人を人と思わない所ですよ…? 平気で人を子供を作る道具として扱うし、人殺しを生業にしているなんて」

「駄目ですよ」


 真吾は佳子の言葉を遮って、注意する。


「誰かに聞かれるかもしれない所で、そのようなことを言っては」


 佳子が口にした”人殺し”という単語に、真吾は神経を尖らせていた。彼は厳しい顔を佳子に向けている。


「ごめんなさい、でも……」


「それにして、佳子さんは裏の家業をご存じだったんですね。父親から聞いたのですか?」


「いいえ、父は何も話さないまま、亡くなりました。いえ、父は殺されたんです」


 佳子は事実を話す決意した。

 身内すら殺してしまう分家の残酷さを知れば、きっと真吾も恐ろしくなって考えも改めてくれるかもしれない。そう思って佳子は恐ろしい言葉を口にしたが、真吾は驚きもせず、悲痛な表情で佳子を見つめるだけだった。


「佳子さん、あれは痛ましいことでしたが、事故だったんですよ。警察の調査でもそのように結論が出ているんです。殺されたなんて、突拍子もない事を言ってはいけません」


 真吾は優しく佳子に諭す。

 佳子が父の事故死を受け入れていないだけではなく、その死すら間違った形で認識していると思われたのだろうか。その可能性に佳子は気付き、慌てて頭を振って、真吾の言葉を取り消そうとした。


「違うんです。私は見たんです。父の過去を。そこで、父は誰かによって事故を起こされて、魂すら消されたんです。あれは他殺だったんですよ……!」


 真吾は佳子の発言を聞くや否や、表情を強張らせて顔色を変えた。


「過去を見た? 佳子さん、一体貴女は何を言っているのですか?」


 真吾は張りつめた気配を漂わせて、佳子の言葉を反芻する。


「過去を視ることができる能力者に頼んで、父の過去を視たんです」


 佳子の話に真吾は息を詰めて聞き入っていた。彼が真剣に自分の話に耳を傾けている事を感じて、佳子は真相を話し続ける。


「犯人は黒いお面を被っていて、一上家特有の力を使っていました。誰かは特定できなかったけど、きっと祖父の命を受けて、一族の者が父を殺したに違いありません。父は祖父を脅迫していましたから」


 余程驚いたのか、真吾は身動きもせず、視線を佳子に固定したままだ。


「私が分家に私が逆らうのも、貴方を本家に迎えたいと云うのも、分家のやりようが許せないからなんです。あんな恐ろしいところに、貴方にいて欲しくないんです。父もそれが分かっていて、強引に貴方を引き取ろうとしたのでしょう。これまでの貴方の生活もあると思いますが、あそこに居続けたら、今後お子さん達がどのような目に遭うのか恐ろしくて」


 説得の最中にも関わらず、「失礼しまーす」と店員の元気な声が邪魔をした。そして開かれた仕切り。佳子たちが頼んだ食事がちょうど運ばれてきたのだ。給仕を受ける中、佳子と真吾は無言だった。

 店員は「ごゆっくりー」と場違いな明るい声を残して去って行ったが、気まずい雰囲気が二人の間に漂っていた。


「ごめんなさい、食事時にする話ではなかったですね」


 佳子が気付いて謝罪したが、真吾は「いえ…」と短く答えるだけでフォローも何もなかった。

 半ば呆然とした真吾の様子に、佳子は少し申し訳なさを感じながら、密かに喜びも感じていた。彼が佳子の言葉を信じてくれて、受け入れてくれただけではなく、父が殺されたという事実が、やはり真吾にも衝撃だったことに。

それが分家と手を切る切欠になってくれればと、佳子は希望を抱いた。


「冷めない内にいただきませんか? せっかく真吾さんと会えたんですから、楽しいお話をしたかったんですけど……。つい分家に対して感情的になってしまって、気分の悪いお話をしてしまって、申し訳ありませんでした」


「いえ、そんな大事なことをお話していただいて嬉しかったです。今は驚いて言葉がうまく出ないんですが、しかし、後でゆっくりと今後のことを考えたいと思います」


 その真吾の言葉に、佳子は胸が躍った。分家との関係を見つめ直す、その機会を自分は真吾に与えられたのだと。


「本家では、いつでも真吾さんたちの訪れをお待ちしています」


 佳子の言葉に、真吾は控えめに優しい頬笑みを浮かべながら、佳子に向けて「ありがとうございます」とお礼を言った。

 今は、この真吾の様子だけで佳子は満足だった。


 その後は、食事を頂きながら、真吾に佳子自身や如月、婚約者の春人のことを質問された。

 自分に関心を持ってくれたことを嬉しく感じて、佳子は躊躇いもなく正直に答えた。日中はレジのパートをしていることや、内職のこと。如月がたまに佳子に会いに来ることや、春人と毎週日曜日に自宅で会っていることを話した。


 真吾にも同じように質問すると、真吾は分家の資産管理や運用の手伝いをしていることを教えてくれた。その関係で里の外に出る機会は度々あるので、「また会いましょう」と真吾は言ってくれた。


「ええ、喜んで」


 佳子は心からそう願って、了承した。



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