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白状

(義兄にばれてしまった――。)


 春人は動揺のために、一瞬で頭が真っ白になった。念のために脅迫じみた口止めをしておいたのに、こうもあっさりシロからあの時の事が漏れてしまうとは。


 何か言い訳をしなくては、と春人は考えて口を開くが、「いえ、あの、それは、その…」としどろもどろな声しか出てこなかった。

 春人はますます気持ちが焦ってしまう。春人を真っ直ぐ見つめる慶三郎の目が、ひた隠しにしている佳子への気持ちを見透かしているように感じて、春人は思わず目を逸らしてしまう。


「まさか、シロの言ったことは本当だったのか?」


 唖然とした慶三郎の声で、春人は自分の対応のまずさを悟った。


「いえ、あの、シロの言うことは、一部誤解なんです……」


「誤解?」


「はい。実は、寝ている彼女が高熱で熱がり、寝ながらタイツを自分で脱ごうとしていたのですが、手こずっていたので、それに気付いて手伝っただけなんです……」


 それは本当のことだった。

 車の中で寝てしまった佳子は、家に着いても体調が悪いのか、ぐったりとして意識が無かった。

 そのため、彼女の鞄から鍵を探して玄関の戸を開けて、彼女を春人が抱き上げて家の中に運んだ。その時にベッドを見つけたので、彼女をそこへ寝かしたのだ。

 その際は、春人は佳子のコートを脱がしただけだ。

 その後、春人は彼女の部屋を出て、居間で彼女が目覚めるのを待っていた。しばらくして、彼女の部屋から身動きする気配がしたので、気がついたのかと思い、春人は様子を窺いに再び部屋に立ち入った。

 ベッドの上で彼女は目を瞑ったまま「熱い」と呻き、苦しそうに手足を動かして、身体に掛かっている布団を退かしていた。そして、彼女は意識がないまま寝ながらでも、穿いていたタイツを脱ごうとしていた。

 スカートが捲り上がり、露わになっていた彼女の太ももや足の付け根の際どい下着のライン。それが春人の目に飛び込み、思わず息を飲んで見入ってしまった。

 想い人の乱れた姿に、春人の理性のネジが一本吹っ飛んだ気がした。

 佳子の手つきは、眠りながらでの作業だったので、とてもたどたどしく、傍で見ていた春人はじれったく感じてしまい、つい手を貸して、いや出してしまった。

 女性の足に張り付くタイツをゆっくりと脱ぎ去っていく工程はとても官能的で、そこでも理性のネジがさらに二、三本緩んだ気がした。


「じゃあ、キスしたっていうのは?」


「いや、それは……」


 春人は口ごもってしまった。

 それは言い逃れできないくらい、事実であったからだ。


 佳子の黒タイツを脱がした後、春人は興奮が冷めずに荒くなる息を必死に静めながら、再び布団を彼女に掛けてあげた。

 佳子の寝顔を見つめると、目に焼き付いた先程の扇情的な姿が思い出されて、自分の劣情が燻り続けて消えない。

 気付けば、春人は床に膝をつき、彼女の顔をさらに間近で見つめる始末だ。

 彼女の寝息は規則正しく、頬を指で触れても、起きる様子は全くなかった。


 彼女の唇はどんな感触なんだろう。柔らかそうで甘美な予感がした。春人の中で沸々と湧き起こる淫らな欲求。きっと、今なら何をしても彼女は気付かない――。


 だから、つい魔が差してしまい、意識のない彼女の唇にそっと春人は自分のものを重ねてしまった。それを間の悪いことに、あのシロに見られてしまったのだ。


 慶三郎に何をどう言えばいいのか、春人は思い悩む。

 ここで嘘の言い訳をすれば、何とか追及をかわせるかもしれないが、それは良心が咎める。佳子へ寄せる想いを黙って秘密にしていると、否定して偽るのは、全く別物だと思ったからだ。

 それでなくても、彼女を探って密告している自分を卑劣に感じている。家族にまで嘘をつき始めて、これ以上自分を貶めたくなかった。


 彼女への気持ちは、振られたとはいえ、依然揺るぎない。会えば会うほど、想いは募るばかり。しかし、告白してしまったせいで、ぎこちなくなった関係を修復するのは、今日彼女と会って難しく感じた。

 春人の好意を含んだ台詞に対して、困ったような表情をした佳子。

 どんなに努力しても、恋愛事では報われるとは限らない。

 内偵の期限まで設けられて、彼女との逢瀬の終わりが見えて来た今、望みが見えない自分の恋模様に、春人は絶望に近い感情を抱き始めていた。


「もしかして、本当だったの?」


 言葉に詰まった春人の様子から、慶三郎は何か察したのか、声を潜めて確認をしてきた。

 張り詰めた義兄の声は、確信しつつも春人からの否定を望んでいるように見えた。義兄の信頼を裏切ることになり、春人は罪悪感を抱きながらも、全てを話す決心をする。


「……実はそうなんです」


 悪い反応を予想して、春人は恐々と白状した。

 お見合いを受ける前から、佳子のことを一方的に知っていて、彼女に想いを抱いていた事。

 彼女に会う口実を得るために、お見合いと内偵の仕事を受けた事。

 もともと黙っていた後ろめたい気持ちがあるので、慶三郎の顔を直視できず、顔は伏せたままでの告白だった。


「黙っていて、申し訳ありません」


 春人は頭を下げて、慶三郎に謝罪した。そんな春人に対して、しばらく慶三郎から何も声が掛からず、春人は叩頭したままだった。


「夏の奉納試合で、観客席にいた彼女の名前をわざわざ俺に訊いてきて、ちょっと妙だとは思ったんだけど。こういうことだったとは……」


 途方に暮れた様な義兄の声が、頭上に振って来た。春人はそれに何も返す言葉がなかった。


「一上家を探れと命じた時、五月家(うち)の一上家への嫌悪感を知っているお前が、本当のことを言えるわけないよな……」


 その同情的な言葉に胸が詰まり、「いえ……」としか春人は呟けなかった。

 自分の心境を分かってくれた。ただそれだけで春人は義兄に対する感謝の気持ちでいっぱいだった。


「それにしても、いや、しかし、困ったな」


 慶三郎の重い呟きに、春人は思わず肩をびくつかせてしまう。

 春人の佳子への気持ちが、五月家で歓迎されないことは、分かり切っていた事だったのに。

 家族に反感を買ってしまった――。そう思うと、緊張で身体が強張る。


「いや、そんなに怯えなくても。怒るつもりや彼女を諦めろというつもりはないよ」


 その慶三郎の意外な言葉に、春人は思わず顔を上げる。義兄と目が合うと、自分を安心させるためか、彼は目を細めて顔を緩ませた。


「どんな女でも、お前が選んだ人なら交際に反対はしない。問題なのは調査の件だ」


「調査ですか?」


 慶三郎は深く頷く。


「佳子に対する内偵の行為は、彼女を裏切る行為だろう? 彼女に好意を持っているならば、捜査を続けるのは心理的に辛くないか? それに、お前が捜査に手心を無意識に加えてないか心配になったんだ。彼女に不利になるようなことを俺に隠していないか?」


「それは……」


 春人は”無い”と言葉を続けられなかった。慶三郎の言う通りだったからだ。彼女への好意を隠していた以上、報告していないことが幾つかあった。


「あの、彼女には振られて交際まで発展していないんですが、彼女への好意を隠していたために、報告できなかった事が幾つかあります」


「え、お前振られてたの!? どうして?」


 慶三郎はぎょっとした声を上げて心底驚いているようだ。春人の隠蔽行為よりも、そちらの方が注目されるとは思わなかった。


「自分とは付き合えないと言われました。理由を尋ねても、どうしても駄目だと言われて……」


 あの時の悲痛なやり取りを思い出し、春人は傷を抉られた気分になった。


「あ、すまん。無神経なことを訊いたな」


 春人はどんよりとした面持ちをしていたので、それに気付いた慶三郎が慌てて謝って来た。


「それで、何を隠していたんだ?」


 春人は気を取り直して、説明を始めた。

 一つ目は、彼女が一上家特有の能力について。媒体が無いと具現できないと言っていたのにも関わらず、本人が何も媒体が無い状態で手から具現の能力を発動していた事。

 二つ目は、彼女から修行用の手紙を貰ったことと、その桁はずれの具現能力について。

 三つ目は、本日佳子から貰った、父の遺品となる彼女の姿絵についてである。


 一つ目のことを話した時、慶三郎はどこで彼女が能力を使っている場面を目撃したのか訊かれたので、山神様のことから話す破目になった。

 彼女が山神様の正体だと知って、慶三郎は更に驚いていた。「妖怪をあんなに沢山使役できる人間なんて有り得ないだろう――!」と興奮して声を上げるほど。

 それに対して春人はすぐに否定して推測を述べる。佳子は使役しているのではなく、彼女を慕う妖怪が集まっているだけだと。


「それは一上家の能力なのか?」


「それは、私にも分かりません」


 その点については、まったくの謎だった。

 ひとまず、それについては保留にして、二つ目の具現能力について話題が変わった。

 彼女から手紙を貰ったことを隠していたのは、その内容を読まれたくなかったことと、彼女特製のものを他の者に使わせたくなかったからだ。

 佳子は作成作業に不慣れのようだったので、何か不具合があった時に、家族にそれを知られたら彼女の評判が下がるのではないかと、春人は心配していたからだ。

 案の定、佳子は修行用には不向きな程、強力なものを創ってしまい、ある意味失敗だった。

 それにしても一番驚いたことは、彼女が雷電攻撃可能なものまで創り出していたことだ。

 分家が作成して販売している既存の物は、妖怪が持つ特殊攻撃まで再現できたものは無かった。単調な直接攻撃のみの妖怪ばかりで、彼女が作った物と比べてしまえば、子供のおもちゃみたいに感じるくらいだ。


 佳子のように、そこまで精度の高い具現能力者は、分家では恐らくいない。


「さすがに本家は別格ということか」


「分家があそこまで本家との婚姻に拘る理由は、それだったんですね」


「そうかもしれないな。それにしても、彼女は媒体が無くても具現可能とは。特出した自分の能力を春人に隠したのは何故なんだろうな」


 春人も同じ疑問が浮かんでいたが、全くその答えは想像がつかなかった。


 三つ目の佳子の姿絵。春人はそれを鞄から取り出して慶三郎に見せた。絵を持って帰ってきたことを報告していなかったからだ。

 彼女から好きに持って行って良いと言われたので、春人がお言葉に甘えて持ち帰った絵は、父親が最後に描いた彼女の姿絵だった。ちなみに、具現化の機能付きである。

 当の本人は、自分の姿絵が選ばれているとは思ってもみないようだったので、春人も敢えて何も言わなかった。


「俺が来たら慌てて隠すからエロ本かと思ったら、それだったのか」


「……」


 自分の行動がそんな風に思われていたとは知らず、春人は恥ずかしくなる。そのため、それを誤魔化すように、「これ、具現化できるんですよ」と慶三郎に説明すると、やって見せて欲しいと要求された。


「一上佳子、出でよ」


 春人は姿絵の紙を開いて、予め決められた命令を口にする。すると、絵が微かに光り輝き、白い靄がそこから浮き上がって、人の形が自動的に作り上げられていく。

 春人が想いを寄せて止まない、愛しい人が再現されてゆく。

 和服を着て、優しく微笑んでいる佳子の姿が完成して、畳の上に立っていた。

 本物と変わりが無いほど完成度は高いが、この人形で残念なことは、空虚な印象を受けることだった。本物の佳子のような気配や雰囲気が全く感じられず、胸が高鳴って騒ぐことがない。それでも、本物そっくりの姿は、彼女の様子を詳細に思い出すことができる。

 春人は思わず悦に入って見つめていると、自分を見ている慶三郎の視線に気付いた。

 彼女に見惚れていたと知られて、決まりの悪かった春人は、すぐに目線を義兄からずらしてしまう。


「先代の当主も具現能力は素晴らしいね」


「そ、そうですね……」


 慶三郎の話に、春人は顔を赤らめながら答えた。

 目の前にいる佳子は、紙から煙が浮き上がって作られた物とは到底思えない。


「一体、先代は何を考えて、これを毎年作ったんだろうな。子供の成長を残すためだったのかな?」


 慶三郎は創り物の佳子の姿を眺めながら、話しかけて来た。


「そうかもしれませんね。どれも愛情の込められた作品ですし」


 絵の中の佳子は、全て明るい表情をしていた。この絵からも彼女と父親との仲の深さを窺えた。


「あと、今後の調査だけど、お前はどうしたい?」


「できるなら、このまま彼女の様子を見守りたいと思っています。彼女が分家の件で困っているのは確かですから、なるべく傍にいて手助けしたいんです。偽装でも、婚約しているのが歯止めになっているようですから」


 密かに彼女を探るような真似は、確かに後ろめたい。しかし、それでも彼女に関わりたい気持ちが勝った。彼女が何を画策しているのか未だ不明だったが、影ながら力になりたかった。


「そうか。あまり無理はするなよ」


「はい。ところで、どうして義兄さんは、彼女のことを反対しないんですか?」


 先程の慶三郎の発言について、気になっていた点を春人は質問してみた。

 五月家の中で、一上家の人間は毛嫌いされているのに、佳子との仲を認めるようなことを決して口にするとは思ってもみなかったからだ。


「まあ、反対はしないけど、個人的に云えば、止めとけと思うよ? 今のところ本家が犯罪に手を染めているとは思えないが、分家や母親がアレだろ? でも、春人が恋愛するのも失恋するも、良い経験だと思うしな」


 自分の中でまだ諦めきれていない恋愛に対して、慶三郎に失恋が前提のように言われて、春人はまた凹む。


「春人、落ち込んでいる場合じゃないぞ。親父の対応は、お前が責任持って対処しなきゃ駄目だぞ? 佳子が好きだってはっきり伝えないと、里香の件はどうしようもならないと思う」


 春人は里香との仲を取り持とうとしている義父のことを思い出して、胃の辺りが重く感じた。しかし、義父は自分を育ててくれた大事な恩人の一人。

 今度こそ対応を間違えないように、誠意を持って自分の気持ちを説明したいが、義父の怒りを買うのは恐ろしい。

 あの一上家を嫌悪している義父は、恐らく激怒して春人を叱り飛ばすだろう。そのことは容易に想像がつく。


「義兄さん。義父さんは私に失望しないでしょうか……?」


 春人が慶三郎に不安を漏らすと、義兄は口の端を上げて、明るく笑った。


「まあ、怒ることは決定だけど、大丈夫だよ。親父にドカンとぶつかってこい」


 励ましてくれる慶三郎の言葉に、春人は自分の弱い気持ちを救い上げられた気がした。

 以前のように相手の顔色を窺って、隠し事をしたままでは、自分だけではなく他人までも裏切ることとなってしまう。


(もうこれ以上、自分は誰も欺きたくない――。)


 春人は慶三郎の言葉に頷いて、義父への説得を決意した。



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