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春人に。 2

 春人が手際よく朝ご飯を用意してくれたため、佳子はそれを彼と一緒に頂いた。その後、佳子は洗面や着替えを済ませて、辛うじて身支度を整える。

 今日は佳子の一週間分のご飯を用意しなくてよいと春人に断ると、彼は悲しそうな表情をしたが、了承してくれた。


 佳子は居間で食卓に向かって座っていて、台所からやって来た春人を眺める。彼は湯呑を乗せたお盆を持っていて、佳子にお茶を淹れてくれたようだ。


「いつも春人さんにはお見苦しいところばかり、お見せしているような気がしますね。ごめんなさい……」


 喉の調子が悪いせいで、佳子は咳込みながら謝罪をした。

 わざわざ春人には遠くから来て頂いている。それなのに、出迎える佳子の格好は酷いものだし、家に入ってもらっても、彼には面倒をかけさせてばかりいる。

 どうして春人は佳子のことを好きだと言えるのか、正直佳子には謎である。以前も佳子は思ったが、春人ほど整った顔をしているのならば、交際相手なら選り取り見取りの状態だろうと――。


「大丈夫ですよ。誰だって、大変な時ぐらいありますから」


 春人は優しくそう言いながら、湯が立つ湯呑を佳子へ給仕してくれる。


「ありがとうございます」


 佳子は食卓に置かれた湯呑に手を伸ばして、冷ましながら少しずつ口をつける。


「そういえば、仏間なんですが……」


「ぶ、仏間ですか!?」


 佳子は春人の台詞に慌てた。

 先週、仏間は春人によって綺麗に片付けられて、畳の表面が見渡せる状態になっていたのに、佳子が蔵から持ち出して来た父の絵によって、再び床が物で埋め尽くされていたからだ。

 結局、体調を崩してまで全ての絵を調査したのに、収穫はゼロだった。父との思い出に浸れることはできたが、部屋は再び散らかり放題に。春人の労力が佳子のせいで無駄になってしまい、それを本人に知られて、佳子は申し訳なさで一杯である。


「絵がたくさん置かれていますが、あれはどなたが描かれたんですか?」


「え、絵のことですか? あれは父が描いたんですよ」


 佳子はてっきり部屋の汚さを非難されると思っていたので、春人が絵について話題を振ってきて、肩すかしだった。事無きを得て、佳子はこっそりと胸を撫で下ろす。


「ちらっと絵が見えたのですが、それが大変お上手だったので、是非じっくり見てみたいんですが、よろしいですか?」


「ええ、いいですよ。実は修行用みたいに、呼び出せるものもあるので、面白いですよ」


「え、そうなんですか? お言葉に甘えて試させてもらいますね」


 それから佳子は再びベッドで横になって休むように促されたので、春人の言葉に素直に従うことにした。体調不良で起きているのが辛いからだ。

 その間、春人は絵の鑑賞を始めるみたいだ。佳子は自室のベッドで横たわりながら、遠くから聞こえる物音に耳を澄ます。その人の気配に心落ち着くものを感じながら、瞼を閉じた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 まどろみの中、佳子は自分の近くで物音が聞こえて驚き、覚醒した。佳子が慌てて目を開けてみれば、ベッドの側に春人が立っているのが視界に映る。寝起き早々心臓に悪い出来事だ。


「春人さん、どうしたんですか?」


 佳子が身体を起こしながら尋ねると、春人は昼食が出来たから呼びに来たと答えた。

 佳子が寝ていたから起こすのもどうかと悩んでいる最中に起きたらしい。しかし、婦女子が休んでいる部屋に無断で入って、枕元に無言で立っているのは紳士としてどうなのかと、佳子は心の中で嘆く。

 寝顔を見られて恥ずかしくない女はいないと思う。

 二人が居間へ移動すると、食卓の上にはおかずが盛られたお皿が並んでいる。湯気が立っている出来たての料理は、病気のせいで食欲が減退していても、そそられるものがある。


「お昼ご飯まで用意していただいて、ありがとうございます」


「いいんですよ。私も佳子さんと一緒にいられて嬉しいです」


 春人の好意的な言葉に、佳子は何も言い返せなくて、微妙な表情を浮かべることしかできなかった。

 春人の気持ちには応えられない。すでに佳子の中で出されている結論だ。彼がいくら佳子に恋情を募らせて、佳子との距離を縮めようとしても、それが覆ることは決してない。佳子は罪悪感で胸が押し潰されて、泣きそうになりながらも、食事をいただいた。


「佳子さんの父親は、佳子さんの絵を沢山描かれていますが、具現化の仕掛けがあるのは毎年一つだけですね」


 春人は食事をしながら、佳子に仏間にあった絵について話しかけてきた。


「そうなんですか?」


 絵を描いた日付が、隅の方に父の字で書かれていたのは知っていた。けれども、佳子は手当たり次第に絵を調べていたので、春人が指摘した点については気付いていなかった。


「ええ、そうなんですよ。古い順に再生していくと、佳子さんの成長過程が見られて楽しかったです」


「えっ、私の姿絵も見たんですか?」


 佳子は昔の幼い自分を見られたことに、恥ずかしさを覚える。


「ええ、その、お人形みたいで可愛かったです」


 春人は頬を赤く染めて、照れ臭そうに佳子の子供時代の感想を述べた。それを目にして、佳子まで申し合わせたかのように赤面して俯く。

 子供の頃の佳子は、母の趣味で和服ばかり着せられていた。そのため、”お人形”と春人が評する気持ちに察しがついた。

 ただ、春人の口から出た”可愛い”という言葉。それが単なるお世辞かと思いきや、それを口にした彼の様子が、見ている佳子まで照れてしまうような恥じらい振りだったので、不覚にも真に受けてしまった。


「最後に残っていた作品は、佳子さんが十八歳くらいの時ですよね。現在の佳子さんとほとんどお変わりが無いですね」


「そ、そうですか?」


 佳子は春人の感想に内心慌てるが、適当に相槌をして受け流した。

 佳子は家出をして、異空間の中で父の過去を調べていたため、時の流れから一時期外れていた。春人が見た具現化する最後の佳子の絵が描かれたのは、高校三年生の春。

 本来ならば、その絵から四年は経とうとしているはずなのに、実際はもっと少ない。春人にほとんど容姿が変わっていないと言われて、何も知らないはずの彼から、その事実を指摘された気がして驚いたのだ。


「そういえば、佳子さんの誕生日は七月二十日だったんですね。お誕生日おめでとうと、絵に描かれていました」


 春人に言われて、父が描いた絵にそんなものがあった事を思い出す。


「ええ、そうです。そういえば、春人さんの誕生日って、もしかして春生まれなんですか?」


 佳子が質問すると、春人の表情が固まる。


「そうなんです。四月生まれででして。名前からして分かりやすいですよね」


「やっぱり、そうだったんですね」


 佳子は笑顔で答えたが、それに対して春人は複雑な表情をしている。

 名前をつけたのは不仲だと思われる実親だとすると、それを思い出させる話題は、彼の前では禁句なのかもしれないと気付く。


「もしかして、佳子さんが探していた遺品って、あの絵だったんですか?」


 春人の質問は、佳子が先週話していた内容についてだった。彼がきちんと覚えていてくれたことに、佳子は驚きながらも思わず嬉しくなる。


「いいえ、違いました」


「それは残念でしたね。早く見つかるといいですね」


「……ええ、本当に」


 佳子は心底そう思いながら、返答した。



 だいぶ休めたお陰か、春人の滋養があって消化の良さそうな食事のお陰か、佳子の体調はずいぶん良くなっていた。

 熱を測ると、微熱くらいになっている。このまま安静にしていれば明日は無事に出勤できそうである。

 今回、佳子の不調のせいでまともに春人の相手をしていないので、退屈な思いをしているのでは――、と佳子は心配していた。ところが、春人はシロがいなくなって荒れた台所を片付けたりして、彼なりに忙しそうだった。

 そんなことをしなくていいですよ、と佳子が遠慮しても、春人はこういった家事が好きなので任せてくださいと張り切られては、更に言葉を続けられなかった。


 体調が良くなってきたからと、佳子が家の中をうろうろしていたら、春人に見つかって寝ていてくださいと心配される始末だ。熱が下がるまで油断は禁物だと、佳子を注意する春人の手には、父が描いた絵があった。


「あら、また絵をご覧になっていたんですか?」


「あ、いや、その……」


 佳子の視線が春人の手元に行くと、彼は顔を赤くして、しどろもどろな口調に変わる。

 そんな春人の様子を佳子は訝しんだが、あることを察して合点がいく。

 妖怪らしき絵が沢山あり、修行用のものを欲しがっていた春人には、もしかしたら興味を持つ物が色々とあったのだろう。また、何度も絵を見ているということは、父の絵を春人が気に入ってくれたに違いない。けれども、遺品ということもあり、それが欲しいと佳子に言い出しにくいのではないか――。

 春人には度々お世話になったり、迷惑をかけたりしている。その気持ちとして差し上げても、佳子には何ら不都合はなかった。


「その絵ですが、お気に召されたのなら、良かったら差し上げますよ?」


「ほ、本当ですか?」


 佳子の想像通り、申し出を聞いた春人は歓喜の表情と共に興奮気味な声を上げた。


「ええ、どうぞ。その絵以外にも、他に気に入ったのがあれば、持って行っても構いませんよ?」


「ありがとうございます。大変嬉しいです」


 春人はそう言いながら、照れ臭そうに笑う。


「春人さんには、お世話になっていますから。喜んでいただけるなら、亡き父も喜んでくれるでしょうし、差し上げた甲斐があります」


 春人の喜びようを見て、佳子は自分の考えが正しかったと安堵した。

 佳子は春人に促されて、再び自室のベッドに寝かされた時、佳子はシロのことを尋ねたくて、部屋から去ろうとした春人に声を掛けた。


「シロの様子はどうですか? 昨日、五月家の方へ引き取られたんですよね?」


「ええ、見た目は元気そうですが……、まだ安心できないので、こちらで見守りたいと思います」


「そうでしたか。どうか、よろしくお願いします」


 早くシロに戻って欲しかったが、怪我をして辛いシロのためを思えば、自分も辛抱しなくては――。そう佳子が自分を奮い立たせていると、春人は「もちろんです」と返答をして、佳子の部屋から静かに出て行った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 先週に比べて、少し早い時間帯に春人は帰って行った。

 台所のガスコンロの上に置かれた鍋には、春人が作ってくれた雑炊が入っている。夕飯に食べてくださいと、わざわざ帰る前に作ってくれたのだ。思いやりのある彼の行動に、佳子の胸がじわりと熱くなる。


(こんなに優しい彼の恋人は、さぞかし幸せね――。)


 自分ではなく、いつか春人の横に並ぶであろう他の女の人を思うと、佳子の胸中は複雑だった。




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