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春人の独白 2

 そんな中、突然舞い込んできた佳子とのお見合いの話。九月の中旬頃のことで、二木家の喜美子が仲介人として話を持って来てくれた。

 義兄はすぐに断るつもりだったが、一上家の内情を探るために都合が良かったため、返答を保留にしたと語っていた。

 お見合いの話を受けるのは、最終的には春人次第だと義兄に言われて結論を託された。あの時、春人には了承以外の選択はなかった。彼女と会える機会を得られる為ならば、多少の難儀は覚悟の上だった。それでも、彼女を密かに探ることは、結局彼女を騙していることだ。正直嫌だったが、背に腹は代えられなかった。


(彼女が一族の慣例を蹴ってまで、自分とお見合いをしようとしてくれるなんて――。)


 煩わしく思っていた顔が役に立って、この時ばかりは都合よく喜んだ。

 どうでもいい人に自分の顔のせいで近寄られるのは、堪らなく嫌だったが、彼女に同じことをされても、どういう訳か不快に思わなかったのは不思議だった。


 義兄の懸念通りに彼女も悪事に手を染めていたらどうしようと、不安に思うところがない訳でもなかった。それでも、山神様と妖怪たちに慕われる彼女が、そんな訳無いと信じながら会いに行った。


 お見合い会場で佳子と出会った時の感動は一入(ひとしお)だった。

 彼女と目があった時、興奮のあまりに感情が爆発しそうになって、反射的に目を逸らしてしまったくらいだ。その結果、かえって失礼な態度を取ってしまったのではと内心慌ててしまったが。

 必死に動揺を抑えて、何とか挨拶だけ返すので精一杯な状態。そんな感じの悪い初対面を春人は挽回しようと、喫茶店での会話は努めて和やかな雰囲気を保とうとしたが、闖入者によって佳子が連れ去られてしまった。


 再び会えても彼女の機嫌を損ねてしまった上に、風邪を悪化させてしまうやら、不手際の連続で目も当てられないほど。

 妖怪に好かれる彼女を問題の現場に連れて行ったら、どのような事が起こるのか、冬の海辺に興味本位で連れて行った春人の配慮の無さが原因だった。

 さらに最大の誤算が、彼女が春人に全く恋愛感情を持っていないことだった。「だから、私に対して同情や哀れみは無用ですよ?」と言い切った彼女。春人から今回のお見合いについてお断りしてくれと、それとなく匂わせていた。


 このままではお見合いが終わり、彼女との縁も終わってしまう。彼女に会えなくなるのは、耐えられなかった。

 そのため、彼女との関係を何としてでも繋ぎとめようと、偽装の婚約を持ちかけたのは、よく咄嗟に閃いたなと春人は自分自身でも感心するくらいだった。しかし、それと同時に内偵を続けることとなってしまった。

 下がってしまった好感度を上げようと努力する一方、彼女に探りを入れなければならない卑劣さ。

 家族と彼女、両方に対する後ろ暗さが、常に付き纏う。


 それにしても、今日の告白はするべきではなかったと後悔した。佳子と上手く関係を築き始めていたのに、全て台無しになってしまった。


(彼女と同じ時間を過ごしたお陰で、以前よりは自分に好感を持ってくれている気がしていたのに――。)


 あの時の己の醜態のせいで、佳子に疑惑を持たれて追及されてしまい、早々に自分の気持ちを告白してしまう破目になるとは思いも寄らなかった。


 玄関で動揺のあまりに震えている彼女を見て、幼い頃に実母によって苦しめられた過去の自分と姿が重なった。庇護欲が掻き立てられて思わず抱きしめてしまった時、彼女は春人を拒絶せずに受け入れてくれた。疚しい気持など全く無く、あの時の春人の行為は、ただ彼女を慰めたかっただけ。

 彼女は泣きやんでも腕の中に居続けてくれた。ところが、時間が経つごとに春人の状況が変化していった。自分の想い人と密着している状況を意識してしまい、思わず興奮してしまったのだ。


 彼女が甘えるように春人の胸に顔を寄せて来た時、もしかして彼女も自分のことを憎からず想っているのでは――、と期待に胸が膨らんでしまった。それから期待が錯覚かどうか確認するために、佳子を見つめた春人。すると、彼女も春人を意味あり気な潤んだ目で見つめて返してくれた。


 吸い込まれそうな彼女の瞳。顔が自然に近づいていっても、彼女は逃げもせずに、無言で待っていた。あの瞬間、時間が止まってくれればと、今でも祈ってしまう位、幸せなものだった。けれども、あと少しで唇同士が重なりそうだったのに、思わぬ邪魔が入って、気持ちを確認するまでには至らなかったが。

 それでも、二人の気持ちは同じものだと思わずにはいられない雰囲気だったのだ。


 告白を躊躇う春人に対して、彼女は優しさを込めて“味方”だと言ってくれた。その言葉が春人を後押ししてくれた。彼女が味方になってくれるなら、義父や義兄に頭を下げてでも、彼女との関係を認めてもらおうと、心に決めたのだ。

 湧き上がる期待を胸に告白したのに、返ってきた答えは拒絶だった。


 真っ白になった春人の頭。すぐには理解できなかった。しかし、彼女が頭を下げて、謝罪を口にした時に、ようやく状況を把握した。


(自分は振られているんだ――。)


 その事実を「はい、そうですか」と素直に受け止められるほど、簡単な惚れ方を彼女にはしていなかった。諦めきれなくて見苦しい程、彼女に取り縋って、無理矢理チャンスを貰った。


 今のまともな自分があるのは、この養家のお陰だと春人は思っている。一度は底辺に堕ちた春人を拾い上げて、温かい感情を教えてくれた。それでも春人の心はいつも沈んでいて、水の底から水面に浮かぶ歪んだ陽を覗くように他人を見ていて、己の領域に他人が入り込むのを嫌厭して拒んできた。


 異能の為に親に捨てられて、異能のおかげで拾われた春人は、この里に来てからは自分の能力を磨くことに意を注いだ。

 春人を家族として迎え入れたことで、養家に迷惑を掛けないように、自分の振る舞いには細心の注意を払い、評判には注意した。学校にも通わせてくれたので、真面目な態度を崩さず、学業もそれなりの成績を修めた。


 他人に不必要に干渉されず、普通の生活を送れる。それだけで春人は満足していた。


 それが一変したのは、佳子に出会ってからだった。人外のものたちに囲まれた彼女。初めて、人に激しく興味を抱いた。


(あのように妖怪や自分を魅了するのは、一体どんな仕業なのか――。)


 物影からでも、春人は憧憬の眼差しを送らずにはいられなかった。


 そのうち、泥沼のような心底(しんてい)から這い上がって、その手に触れたいと願った。

 何故、ここまで彼女に惹かれるのか、春人には分からない。

 ただ、彼女に会えなくなって分かったことは、自分の容姿を嫌悪して、それに群がる連中を遠ざけてきた春人が、皮肉なことに彼女に一目惚れをしたということだった。


 警戒心のない佳子が、噂通り恐ろしいことをしているとは思えない。彼女は心の痛みや弱さを知っている、とても優しい人だ。


 彼女の人柄を知れば知るほど、分家の愚行が不愉快で仕方がなかった。あの家のせいで、彼女の評価までもが五月家では貶められている。本家では疚しいことをしているように思えなかった。大雑把で裏表のない佳子は、部屋を勝手に触っても、全く気にしてなかった。しかし、彼女の肩を持てば持つ程、この家では春人が彼女に騙されていると思われて、彼女と接するのを遠ざけられてしまう恐れがある。彼女に対する偏見を正す機会は、ほとんど無かった。


 家族には佳子自身に興味がない振りをして、任務に専念しているように見せなければならない。彼女に対して罪悪感を抱きながらも、義兄の指示通り情報収集を行わなければ、何も成果がないと思われて、捜査が中止になってしまう。


 後ろめたい気持ちを抱えずに、佳子へ会いに行くことができたらと、春人は願わずにはいられなかった。あの時、内偵の話を蹴って、彼女への恋心を義兄に白状していれば、今頃はこんな思いをせずに済んだのだろうか。そんな後悔を春人はずっと抱えていた。


 けれども、お世話になった養家に悪い感情を持たれたくないと恐れていた。

 一度捨てられた自分は、この五月家からも見捨てられることが何よりも怖かったのだ。今まで“いい子”を意図して演じてきた春人の弱さ。それが養家に逆らうことになっても、佳子への気持ちを正直に告げられなかった原因だった。


 自分の内面と向き合おうとした矢先に、彼女に振られてしまった現状。


 佳子の心を得たいと切望した。親交を深めて好感度を上げるために、まだ彼女の元へと通い続けたかった。そのため、周りを欺き続ける必要が出てしまった。家族だけではなく、佳子に対してまで。


 お見合いをする前から、ずっと佳子のことが好きだったと、春人は告白すらできない。

 お見合いを受ける前から彼女に好意を持っていた事が知られたら、春人には都合が悪かった。彼女の口から家族にそれを知られたら、何故隠していたと五月家での自分の立場が悪くなる恐れがあったからだ。


 そのため、春人はその事実を隠した。

 ずいぶんと腹黒い人間になったものだと、春人は自分の悪辣さを賎しく感じて嫌になる。


 雲行きが怪しい初恋は、どんなに見苦しくても諦められなかった。春人は恋焦がれていた。妖怪たちの神様に――。


 ただ、春人は佳子に対して不審に思うところがあった。


 あの海岸にいた時、「媒体がないと具現化は難しい」と佳子は言っていたが、山神様だと思って観察していた時に、彼女は手元に何もないところから龍を作り出していた。

 嘘だと春人は見抜いていたが、誰にも黙っていた。


(何故嘘をつく必要があったのか――。)


 些細なことで猜疑心を抱くなんて、馬鹿らしいことだと思いながらも、不安に思わずにはいられなかった。


(彼女がクロだった時、自分は家族と彼女のどちらをとれば良いのか――。)


 そんな悪夢のような岐路に立つことを、春人は想像もしたくもなかった。




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