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春人との対面

 そして、お見合い当日となり、佳子は某ホテルのロビーにいた。脱いだ上着を膝の上に置いて、ソファーに座って相手を待っている最中だ。

 木々が紅く色つき始めたこの頃、風が肌寒くなり、日中でも外出には上着が必要になっていた。

 ただ、空調設備が整ったホテルの中では、かえって暑くなり上着を脱いでいた。体温調節に気を遣う季節である。


 佳子はこれからお見合いだと云うのに、ダサい眼鏡をまだ使用していた。

 とっくに流行が過ぎていて、真面目で堅苦しい印象しか与えないと分かってはいた。しかし、厳しい財布の事情でコンタクトをなかなか購入できなかったのと、佳子自身がどんな眼鏡でもいいだろうとあまり頓着していなかったのもあった。

 髪は後ろで団子状に一つにまとめて、佳子の細いうなじが見えていた。今日はスリムタイプのブルーのワンピースを着ている。ちょうどスカート丈は膝上である。服に合わせて、ストッキングにヒールのある靴を選んだ。

 佳子自身痩せているので、彼女が選択した服は非常に似合っていた。

 丸く開いた首元が寂しかったので、普段はつけないネックレスを着用。

 持ってきたショルダーバッグはお気に入りのもの。こげ茶色の革製で、父と一緒に買ったものだ。

 身なりだけは相手に失礼の無いように佳子は気を遣った。


 特に問題はない恰好だが、もし服を選ぶときに母がいたら“お見合いの席には振袖でしょう”と文句の一つでも言われていただろう――と佳子は思う。

 そして最終的にはいつものように母が選んだ、母好みの振袖の着物を身につけさせられるのだ。


(着せ替え人形のように――。)


 母は和服が好きで、それこそ正装というような考え方であり、若い人が着る丈の短いスカートには眉を顰めていたことがあった。


(まだこれなら膝上でセーフだろうけど。)


 佳子は自分の服装に視線を送る。

 そう心配してしまった自分の中で、母の存在がまだ大きいことに気付いて佳子は心の中で苦笑した。


 お見合いの相手がいつ来るかと、出入り口の方を見つめてその姿を探していた。

 まだ約束の時間にはなっていない。とはいっても、あと五分くらいでその時間はやってくる。


 今日のお見合いの席は、当人同士だけという、シンプルなものにした。

 堅苦しい雰囲気はなしにしたいというのは建前で、佳子の母親が自分と現在不仲なため、出席することはないからだ。


(あら、来たみたい。)


 佳子はホテルの入口で目的の男性を見つけて、すぐに立ち上がる。そして、その人物に向かって手を振って、こちらの存在をアピールした。

 相手はこちらに気付いて、足早に近づいてくる。


「お待たせして申し訳ございません」


 佳子の傍まで来た男性は、礼儀正しくお辞儀をしながら謝罪した。


「まだ時間前だし、気にしなくていいですよ?」


 男性は集合場所に後にやってきたことに恐縮している。そのため、佳子は安心させるように笑顔を浮かべながら返答した。

 男性は濃いグレーのスーツを着ていた。傍から見ても真新しいそれは、男性自身の若さもあって、とてもフレッシュな印象を受ける。

 染めていない短い黒髪と丁寧な物腰は、真面目そうな雰囲気。綺麗に伸びた背筋と、逞しそうな両肩や腕回りは、背広を着ていても見て取れた。

 成長期を終えた体は、大人とさほど変わりはないが、顔つきはまだ成人前の若さに溢れていた。何しろ、お見合いの男性は、まだ卒業前の高校生だ。

 学生のフォーマルの服装と言えば制服だと思うが、これからお見合いに同席する身としては、それを彼が着用してなくて良かったと佳子は密かに安堵した。

 制服姿の学生とお見合いとは、少し恥ずかしかったからだ。


 それにしても、と佳子は男性を改めて見つめる。彼の顔は、目を見張るものがあった。要するに、とても良すぎるのである。


 先日久しぶりに会った友人とは、全く違ったタイプだ。

 彼はどちらかというと中性的で柔らかな雰囲気を持ち、陰のある妖艶な色気を漂わせていた。

 一方、目の前にいる男性は精悍な顔つきで男らしく清々しい。どちらも負けず劣らず眼福ものである。


 間近で彼の顔を見たのは今日が初めてである。故郷で催されていた夏のお祭りの時、奉納試合で彼を遠目だったが、見かけたことはあった。しかし、その時も古くて度が弱くなった眼鏡を使用していたため、彼の顔までは確認できなかったのだ。

 佳子の裸眼の視力は結構悪いので、コンタクトや眼鏡がないとほとんど見えない。

 あの時はお見合いの申し込みまで考えてなかったから、あえて顔まで確認しようとは思っていなかった。


 わざと母の逆鱗に触れるために五月家とのお見合いを企てた時も、相手の家に百パーセント断られると思っていたから、正直に言うと相手の顔も知らないで申し込んでいたのだ。

 そんな状況の中、五月家から快い返事を意外にも貰い、それから佳子は慌てて相手の素性を調べ出す始末だった。


「彼って、どんな顔をしているの?」


 こんな質問をして、正には呆れて白い目を向けられてしまった。それから、正に渡された彼の写真を見て、佳子が唖然としたのは言うまでもない。

 自身が申し込んだお見合いの相手が、美男子だったということは、佳子にとって衝撃だった。優しい人だと良いなと呑気に考えていた自分が恨めしい。


(私が彼の顔に一目惚れをして、一族が指定した婿候補者を蹴っ飛ばし、結婚を申し込んだと思われるじゃない!)


 誰しもが認める美貌の顔。

 佳子の想像はあまり外れておらず、正の嫁には、「彼ってカッコいいわよね。佳子さんが気に入るのも分かるわ。ウフフ」なんて言われる始末だった。

 佳子は「いえ、違うんです」といちいち訂正して回りたい気分だったが、そんな科白も照れているからだと解釈されるに違いないと思い、結局気にしないことにした。

 もともと佳子が蒔いた種である。自分さえ気にしなければ害のないものだと、佳子は諦めるしかなかった。


 佳子はちらりと再度彼の顔を盗み見る。


(こんなに格好良いなら、女の子なんて選り取りみどりだろうに――。)


 しかも十八歳の若い男がお見合いに参加なんて、馬鹿げている気がした。

 結婚相手なんて、今すぐに決めなくて良いはずだ。そもそも一上家と五月家は仲が悪い筈。それなのに自分とお見合いするなんて、何か裏があるに違いないと、佳子は密かに警戒をしていた。

 自分からお見合いを申し込んでいるにも関わらず、彼との縁はこれっきりにしたいと、内心では酷い扱いになっている。

 今日の佳子の目的は、穏便にお見合いを終わらせることだ。

 佳子は自分の本来の目的の為、今後色々と他に行動を起こさなくてはならない。そのため、序盤から余計なことで頭を悩ませたくなかった。


 とりあえず彼の出方を見てみようと思い、本心はおくびにも出さず、佳子もわざわざ会場まで出向いてくれた男性に満面の笑顔を向けた。


「初めまして、一上佳子です」


 佳子は深々と頭を下げた後、彼をじっくりと見つめた。


 彼は佳子と目が合うと、一瞬大きく目を見開き、視線が少し泳いだと思ったら、すぐに恥ずかしそうに目を伏せた。


「……こちらこそ、初めまして。五月さつき春人はるとです」


 春人も佳子に倣うようにお辞儀をした。声のトーンが少し硬かったのは、緊張からだろうか。


 何にせよ、お見合いはここから始まる。

 相手に分からないように、佳子は気合を入れた。


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