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春人の。 6

 あの後、居間に戻った佳子と春人は噛みあわない会話を続けて、しどろもどろだった。

 このままではいけないと、佳子は気持ちを切り替える。


「そういえば、修行の巻物の件ですが、どういう風に作ればよいのでしょうか?」


「ああ、巻物ですね。ちょっと待ってください。今、サンプルとして持ってきた物があるので」


 春人は持ってきた紙袋から取り出したのは、一本の巻物、それに地味な黒い石が一つだけついた首飾り。それを目の前に置いて、佳子に使い方の説明を始める。

 巻物に封じ込められた創造物の呼び出し条件や方法、中断方法、終了方法など、様々なルールを淡々と説明していく。

 佳子は念のためにメモ帳に記しながら、話を真剣に聞いた。

 どうやら誤作動防止用のために、起動用のアイテムを装備していないと使えない仕組みになっているようである。そのため、春人が持参してきた巻物を使うためには、この首飾りが必要なのだ。


「すぐに作れるものなのですか?」


「ええと、それはやってみないと分からないです。まだどんなものを作るか決まっていませんし。あと、巻物自体がないので他の材料で代用してみますね」


 春人がいるうちは、まともな物が作れない気がしていた。

 さっきの恥ずかしい件のせいで、春人が側にいるだけで、落ち着かなくなって何も考えられない。


「お願いします」


「はい、楽しみにしていてくださいね」


 春人の為に修行に役立つような強敵を色々と作ってみようと、佳子はやる気を奮い立たせる。


「ありがとうございます」


 目を細めて微笑む春人を見ただけで、佳子は挙動不審になる。

 春人と二人きりでいるのが耐えられなくなって、佳子は「部屋に戻ります」と言って、自室へと逃げようとした。

 ところが春人に背を向けた途端、「あの、佳子さん!」と彼は佳子を呼び止める。


「なんでしょうか」


 佳子は動揺を抑えつつ、後ろを振り返って春人を見る。


「あの、差し出がましいようですが、部屋の片づけをお手伝いしてもよろしいでしょうか」


「そ、そんなこと、春人さんにさせるわけにはいきませんよ!」


 佳子は慌てて手と頭を横に振って、春人の申し出を断った。

 春人がそう申し出てくる気持ちが分からなくもなかった。何しろ、佳子の家はとても散らかっている。

 父の遺品探しのために、仕舞ってある物を片っ端から引っ張り出しては、調べ尽していたのだ。

 不思議なもので、佳子自身が片付けようとしても、何故か物は元通りには収まらない。

 そういったことが繰り返されて、収まる場所を失った物たちが床じゅうに溢れだして、収拾がつかなくなっていた。


「ですが、申し上げにくいことですが、佳子さんって、片付けが苦手じゃないですか? いつまでも、このままの状態ではお困りでしょう」


「そ、それは……」


 この屋敷で一番の汚部屋と化している佳子の自室。それを既に春人に見られているので、言い逃れが出来ない。


「大丈夫です。実は私は片付けが得意なのです。任せてくだされば、綺麗なお部屋にしてみせます」


 春人の気合の入った台詞は、佳子を圧倒した。

 この家の散らかり具合は、春人の掃除魂に火をつけてしまったようだ。


「で、でも、春人さんにそこまでしていただくわけには……」


 無駄だと思いつつ、佳子は遠慮という名の抵抗をしてみた。


「言い出したのは私なのですから、佳子さんは何も気にする必要はありませんよ。それにですね、代わりと言ってはなんですが、お願いがあるのです」


「お願いですか?」


「ええ、一上家に伝わる宝具の類を見せて欲しいのです」


「宝具ですか?」


 宝具とは、不思議な力を持つ物質を加工して、道具にした物である。

 身につけて装備すると、道具が持つ特殊能力が付加されるので、大変重宝されているが、希少価値が極めて高い品物だった。


「はい。もともと、そういった物に興味がありまして。数自体少ないので、滅多にお目にかかることがないので、あれば是非見てみたいんです」


「私の記憶では、指輪の宝具が一つあったと思うのですが、えーと、どこにあったかしら? 仏間のどこかにあった気がするのですが……。蔵の中にも何かあるかもしれませんが、父が突然亡くなったので、その、よく知らないんです」


「そうなんですか。それじゃあ、片付けるついでに、それも探してみますね」


「はい、お言葉に甘えてお願いします」と言って、佳子は了解した。


「それにしても、中身がひっくり返されたみたいになっていますけど、泥棒に入られたわけじゃないですよね?」


「違いますよ! ただ単に私が探し物をしていて、漁っただけなんです」


佳子は春人の言葉を慌てて否定する。


「探しものですか?」


「ええ、父の遺品を捜しているんです。まだ見つからないんですけど……」


「どんな物なのか教えていただければ、私も一緒に探しますよ?」


「ごめんなさい。それがどんな形で残っているのか私も分からないのです。ですから、それは結構ですよ」


 脅しのネタなんてもの、春人に見られる訳にはいかない。

 彼に片付けてもらうところは、既に佳子がチェック済みだから、見られても何も問題になるものはなかった。


「そうですか……」


 話が終わったので、佳子は自室へと戻る。部屋の戸を閉めて、独りになった途端、深くため息をついた。

 情けない寝起き姿を見られたり、汚い部屋を見られたり。春人には好感度が下がることばかり、見せつけている。

 料理も片付けも出来ない佳子。そんな自分には全く魅力がないだろうことはよく分かっていた。それどころか、佳子は劣等感すら感じていた。

 さらに最悪なことを思い出す。佳子は春人と会った先週に、酷い事を彼に言っていた。「お見合い相手に選んだのは、奉納試合での優勝者だからだ。誰でも良かった」と。あの時は春人の人となりを知らず、彼の仕打ちに色々と腹を立てていて、弾みで言ってしまったことだった。

 その後、春人は最初の失態で失った好感を挽回するかのように、佳子のために腐心してくれる。

 佳子は過去の自分の言動を後悔していた。


 しかし、春人はこんな自分に何故親切にしてくれるのだろうと疑問に思う。そもそも、春人はどうして自分とお見合いをする気になったのか、佳子は何も知らなかった。

 春人に向かう関心と浮上する疑惑。


(五月家は一上家を嫌っているはずなのに、わざわざ一上家の当主である自分と会った理由は何――?)


 今更になって興味を持つなど申し訳ないとは思ったが、後で尋ねてみようと佳子は考えた。




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