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そのお見合いは、危険です。  作者: 藤谷 要
婚約編

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春人の。 1

 とうとう春人と約束した日曜日がやってきた。

 前日に彼から佳子宛に電話があって、午前中には着くと聞いてはいた。


(――聞いていたけど。現在、朝の九時。何故かあの彼がいます。)


 休みの日に惰眠を貪っていた佳子は、静寂を破る玄関のチャイムによって叩き起こされた。

 早朝から一体何事かと思い、寝起きのまま慌てて玄関へ向かって戸を開け放つと、心臓に悪い美貌が目の前にあった。

 春人がしゃっきりとした様子で、玄関の軒下に立っていたのだ。その彼の両手には、大きな紙袋をそれぞれ提げている。その中身は沢山詰まっていて、見るからに重そうである。


「おはようございます!」


 滑舌良く爽やかな挨拶をされても、未だに寝ぼけていた佳子はもごもごと口籠って「ぉはよぅ…ございまぅ」と返事することしかできない。

 しょぼしょぼの佳子の目は、彼のかたちの良い唇から覗く白い歯をかろうじて捉えるばかりである。


(白い歯って素敵――。)


 現実逃避をした佳子の耳に聞こえるのは、雀の元気なさえずり。

 長閑そうな動物たちが、この時ばかりは羨ましい。


 佳子は鏡を見ていなかったので、今の自分の姿を確認していなかった。それでも、毎朝の自分の姿を思えば、きっと今日も酷い有様であるのは容易に想像がつく。

 毎日寝ぐせに格闘している頭はぼさぼさ。洗顔前で汚れたままの自分の顔。それに現在着ている部屋着は、そろそろ洗濯をしようかと思っていた程よろよろである。


 一方で、土間に入ってきた春人は、美形の特権なのか何を着ても様になっていた。先日見たのと同じジャケット、その下はカットソーとジーパンという有り触れた格好なのに。

 それに比べて佳子のみすぼらしい格好。情けないやら恥ずしいやらで、佳子は急に悲しくなる。


「お邪魔してもよろしいでしょうか?」


 春人の方から断りを入れてきて佳子は気付いた。自分が呆然として突っ立っていて、いつまでも家の中へ案内しなかったことに。


「え、ええ、どうぞ……」


 まだ寝ぼけたままの佳子は、何か気の利いた台詞を言えるほど頭は回っておらず、彼に催促されるがまま頷いて奥へと通す。すると、春人はそのまま廊下を真っ直ぐに進んで、台所へと入った。彼は前回も来たことがあるので、少しは勝手が分かっているのだ。彼は自分の持ってきた荷物を台所の床に置いて、取り出し始めていた。


「すいません、こんなに早くにいらっしゃるとは思わなくて、まだ寝起きなんです」


 佳子は自分の格好の気まずさから、取り繕うように謝罪した。何で自分が謝らなくてはならないのかと、内心不満はあったが。


「いえ、こちらこそ早くからすいません。今日が料理作りの初日だったので、なるべく時間が沢山あった方がいいと思って、早く来てしまいました。あと、それに……少しでも長く、その佳子さんと……」


 春人はガサガサと騒がしく音を立てながら話していたので、段々と尻つぼみになっていった彼の台詞は、佳子の耳まで最後まで届かなかった。


「すいません、冷蔵庫お借りしますね」


 佳子が「はい、どうぞ」と答えれば、春人はテキパキと手際よく、紙袋から色々なものを取り出す。そして、それらを冷凍庫や冷蔵庫に仕舞い始める。


「本当にわざわざ遠くからすいません。シロの具合はあれからどうですか?」


「知り合いに診てもらっていますが、順調に回復しているみたいです」


 佳子が作業中の春人に話しかけると、彼は手を動かし続けながらも、チラリとこちらを見て答えてくれた。


「そうですか。でも、やっぱり治るまでには結構時間がかかるんですよね?」


「傷自体は二週間もあれば治るようですが、頭を打っているので念のために予後を見守りたいと思います。異変があった時にすぐに診てもらえるように、しばらく五月家(うち)で預かりますね」


 春人は気まずそうな表情で説明する。シロの怪我は彼が原因なので、罪悪感に苛まれているのだろうと佳子は彼の心情を察する。

 予後の経過を診るなんて、人間みたいに大げさだと思ったが、頭部は妖怪でも人間と同じように大事なところなのかもしれないと、佳子は自分を納得させた。

 シロには早く帰って来て欲しかった。けれども、万が一容体が急変した時に、すぐに診てもらえる人が側にいるなら、そちらの方がシロにとっては良いのは明らかである。


「お手数ですが、引き続きよろしくお願いします」


 佳子がお辞儀をすると、春人も「こちらこそ、シロの件は申し訳ございませんでした」と再び謝って来た。

 シロの怪我は今でも腑に落ちない点がある。しかし、春人の誠心誠意の対応を見て、度々責めるのも悪い気がしていた。


「いえ、それはもういいんですよ。ところで、これから私は身支度をするので、すいませんが勝手にやってもらってもよろしいでしょうか?」


「はい、いいですよ。あちこち使わせてもらいますね」


「はい。お願いします」


 佳子は春人に背を向けて自室に戻っていく。これから自分の寝起き姿をどうにかしようと考えていた。


 それにしても、来る時間が早すぎる。やはり彼は只者ではない。佳子は一人きりになった部屋でこっそり嘆息をもらした。



 佳子がいつも通りの身支度を終えて、居間で朝食に食パンと野菜ジュースを食べていると、そこに台所で作業をしていた春人がやってきた。彼はわざわざ持参してきたのか、紺色のチェック柄のエプロン姿だ。食事中の佳子の横に彼は正座すると、こちらを見ながら話しかけてきた。


「佳子さん、近所のスーパーは何時から開店しているんですか?」


「ええと、十時ですけど……」


 近所のスーパーといえば、佳子のパート先である。佳子は嫌な予感がした。春人がこれから続けるであろう台詞が、佳子にとって都合の悪い状況になりそうだからだ。


「これから料理をするのに材料を揃えたいので、買い物に付き合っていただけないでしょうか?」


 佳子の不安に気付かず、春人は何やら嬉しそうに頼んできた。彼はお店の場所を知らないから、佳子に道案内をして欲しいという彼の要望は当然である。


「ええと……」


 しかし、佳子は春人の申し出に大いに困惑した。

 自分の勤め先であるスーパーに、この顔だけは良すぎる春人を連れて行ったら、一体どうなるか。同僚に注目されるのは必須で、明日出勤したら根掘り葉掘り、彼とどういう関係なのか訊かれるに違いない。

 異能者ということを隠して、今まで地味な存在で真面目に働いてきた佳子。それなのに、急に注目されるような事態になるのは避けたかった。

 佳子は日頃一般人の中で目立たないようにと注意していたので、そういう状況に慣れていないからである。


「スーパーは私の職場なので、出来ればご一緒は避けたいのですが……」


「どうしてですか?」


 きょとんとした春人の顔は、愛嬌があって思わず見とれてしまったが、一方では察しの悪さに困惑する。


「男っ気のない私が五月さんを連れて行ったら、あとで同僚たちに色々と尋問されちゃうじゃないですか」


「まあ、そういうこともあるかもしれませんね。でも、人の噂はすぐに飽きて忘れられますよ。あと、そういえば、私の名前の呼び方ですが、今後は“春人”とお願いします」


「え!?」


 佳子にとっては深刻な悩みをさらっとスルーした春人は、さっさと話題を切り替えていた。


「婚約者同士なので、下の名前で呼び合った方が自然かと思いまして」


 あまりの素っ気なさに佳子は異論の声をあげたのだが、春人は呼び方について疑問の声をあげたのかと解釈していた。求めてないのに、わざわざしてくれた彼の説明で、佳子は互いの誤解に気付く。

 今更気付いたのだが、春人は佳子のことを名字ではなく既に名前で呼んでいた。


(里では一上姓がうじゃうじゃいて紛らわしいから下の名前で区別していたのかしら? それとも――、少しは彼に好かれているのかしら?)


 そう思った瞬間、佳子は自分の推察が急に少し恥ずかしくなる。


「……じゃあ、これからは春人さんとお呼びしますね」


「はい、よろしくお願いします。もう少ししたら、時間になるので一緒に出かけましょうね」


 上機嫌な様子で春人は返事をすると、再び作業をするためか、立ち上がると台所へと戻っていた。



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