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母への警戒

 如月が運転する車は、佳子の家に近づいていた。

 当初の予告通り、真吾と別れた後は寄り道もせずに安全運転で帰路を走っていた。


「体調が大丈夫なら、役所も付き合うけど、どうする?」


 赤信号で車を停止させた際に、如月が佳子に尋ねてきた。


「役所?」


 佳子は首を横に動かして、運転席にいた如月を見た。


「そう、さっき無断で結婚届を出されないように何らかの措置を取った方がいいって言われたばかりだろう? せっかくだから付き合うよ」


 如月にそう提案されて、佳子は真吾との会話を思い出す。確かに彼は不受理届でも出した方がよいと言っていた。


「じゃあ、お言葉に甘えて、付き合ってくれる? せっかく忠告を頂いたんだし、やっておくわ」


「了解」


「あと、ちょっと家に寄ってもらえる? 必要そうな物とか持ってくるから」


 保険証などの身分を証明するものと印鑑。届けを出すなら必要になりそうなものを持っていくことにする。

 それらを家から持ち出して、再度如月の車で役所へ向かう。そこで佳子の戸籍を見てみると、幸いなことにまだ独身である。

 真吾のアドバイス通り、勝手に婚姻届を出されないように届けを出して、また如月に家まで送ってもらった。


 真吾がこのような助言をしたということは、彼は佳子のことを案じていたということだ。それに気付いて、佳子はますます彼に好感を持った。

 何故もっと早く――、父が亡くなるより前に彼と出会えなかったのか、佳子はそれが残念で仕方なかった。


 佳子が家に再び入ると、留守番電話がメッセージを録音しているのに気付いた。

 電話機の再生ボタンを押して、自室へと向かう。それから、佳子は引き戸を開けっぱなしにして、着ていた服を脱ぎ始めた。

 着信のあった時刻を読み上げる電話機。それを聞きながら、普段着へと着替え始めていた。

 メッセージの再生が始まり、「佳子さん……」と聞き慣れた声が佳子の耳に入ってきた。佳子は思わず手を止める。流れてくる音声に全神経を集中させた。


「貴女が婚約したっていう噂が真しやか流れているんですけど、本当なんですか? お見合いはともかく、婚約なんて冗談では済まされないのですよ!? 本当のところはどうなのか、きちんと説明してください。電話待ってますよ」


 母の怒気が籠められた声によって、佳子の気分は一気に底辺へ叩きつけられた。急激なストレスで、佳子の胃が鷲掴みにされたように、ぎゅうと苦しくなる。


(いい加減、自分のことを放っておいて! いつまでこの干渉が続くの? ああ、もしかして、真吾が言っていた“監督責任”を母が務めているから? 母は自分の地位を守るために、我が子を支配しようとしているの!?)


 佳子は着替えを済ませて、ふらふらとした足取りで仏間へと向かう。その部屋にある仏壇の上――天井付近に飾られている遺影に佳子は視線を送る。

 父の写真がそこにあり、佳子は仏壇の前で力尽きたように座り込んだ。


 父は亡くなる前日に分家の祖父に要求を突き付けた。父はそれが受け入れられないならば、一上家がひた隠しにしている罪を公にすると脅迫したのだ。

 そうまでしてまで、父は望みを叶えたかった。


 脅迫のネタとして、きっと何か証拠のようなものを持っていたはずだ――、と佳子は考えていた。

 それなのに、そう云ったものは懸命に探しても未だ見つかっていなかった。見つからないままだと、犯人を追いつめる道具がなく、言い逃れされてしまう恐れがある。

 せっかく母を家から追い出してまで、捜索を続けているのに、成果の無い作業に望みが薄れ、諦めが生じていた。


 佳子は姿勢を直して正座をすると、線香をあげて仏壇に手を合わせた。


「お父様、きっと見つけ出してみせます」


 佳子は再び自分の気持ちを引き締める。

 写真の父は、いつまでも変わらぬ表情で佳子を見下ろし続けていた。



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