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そのお見合いは、危険です。  作者: 藤谷 要
婚約編

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如月の回想 佳子の誓い

 その後、佳子は真吾の近状を尋ねたり、世間話をしたりして、顔合わせの食事は終わった。

 すでに彼は結婚していて、子供がいると話していた。二人の娘が可愛くてしょうがないと、最後は穏やかな会話で締めくくられた。

 佳子は真吾に別れた後でも、嬉しさのあまりに少し興奮気味で浮かれていた。

 わざわざ彼女のために顔合わせの場を設けた甲斐があったが、初対面の真吾にいささか入れ込み過ぎている気がした。


「彼はどうだった?」


 車に二人で乗り込んだ後に、如月は佳子に尋ねてみた。如月の視界に機嫌良く笑みを浮かべている佳子が映る。


「分家の外で育った人間だからかしら? 私の母みたいに偏った考え方をしていなくて、すごく安心したわ。それに、優しいところは父に似ていて、やっぱり親子だと確信したの。彼に会えて嬉しかった。本当に今日はありがとう如月」


 手放しで感謝されて、嬉しくない訳なかった。こんなに上機嫌な佳子を見たことがあっただろうか――。そう感じて、彼女の様子に如月も満足である。


「そう言ってもらえると、骨を折った甲斐があったよ。そういえば、父親が亡くなっている以上、認知についてはどうすることもできないって彼が言っていたけど、死んでから三年以内なら認知はできるんだよ?」


「死んでるのに出来ちゃうの!?」


「子供が望めばね」


「そうなんだ……。まだ父が亡くなってから三年経ってないから、可能だったのね。それにしても、如月って意外なことを知っているのね」


「伊達に長く現世にいないよ?」


 佳子自身は真吾と家族になることを希望し、それを本日真吾に伝えるという目的を達成することが出来た。しかし、彼自身はそれを望んでいるように見えなかった。

 変化を恐れていて、揉め事を起こされるのを避けているように感じた。


「それより、今後はどうするの? 彼への説得は続けるの?」


「うーん、それは悩んでいる最中なの。そもそも彼は会ったばかりの私のことを信用していないでしょうし、彼の言う通り、一族はこのままでは彼を後継ぎとして認めないでしょう。私がいなくなれば、次に血が濃いのは彼だから、後継ぎ候補に上がるでしょうけど」


「まさか、また家出するの? その時は、喜んでまたお付き合いするよ?」


「いやね、まだやることあるし、いなくなったりできないわよ。父を殺した奴をこのまま野放しにはできないわ」


 佳子はそう言って如月から視線を逸らした。その彼女の表情は、張り詰めていて、微かに眉間に皺が寄っている。

 それを見届けた如月は、無言で車のエンジンを掛けた。


(彼女の復讐心は全く衰えていない。)


 如月はそのことに少し安堵しながら、車を発進させた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 父が殺されたと、出会ったばかりの自分に衝撃な事実を告げた彼女。

 一旦は止まった彼女の涙だったが、辛い内容を話すうちに、また心が乱れたのか瞳から溢れ出ていた。

「ごめんなさい」と言って、彼女はおしぼりで流れ出た涙を拭いていた。


「真っ黒な仮面をかぶった黒衣の男が、お父様の車に近づいてきたんですって。事故の衝撃で意識のないお父様を助けもせず、ただ傍から見ているだけだったって……。そのうち、車が燃え出してしまって、父は見殺しにされたのよ! しかも、死んで身体から離れた魂魄すらその男の手で殺されたの」


「魂も?」


「そうなの……。男が紙を取り出すと、そこから突然化け物が現れて、無防備なお父様の魂に襲い掛かったそうなのよ。それって、私の一族が持つ力と同じなの」


「身内にやられたの?」


 崖から転落した車の事故現場にすぐに現れるとは、もともとそこで事故が起こると分かっていて待機していたのだろう。

 もしかしたら、事故自体その男によって引き起こされたのかもしれない。


「そうなのかもしれない……。でも、なんでお父様が殺されなくてはならないの? 殺されなくてはならないほど、恨みを買うような人ではないのに!」


 彼女の目に浮かぶのは、父を突然殺されて奪われた怒りと苦痛の感情。


「お前はその答えを知りたいだけなの?」


「え?」


 突然何を言い出すのかと、非難に近い怪訝な眼差しを自分は彼女から向けられた。


「俺が言いたいのは、その答えを知って、お前がどうしたいのかが問題だと思って。犯人をどうしたいの?」


「犯人を、どうするかですって?」


 彼女は自分に言われるまで、そこまで考えが及んでいなかったのだろう。

 言葉を反芻したまま、彼女の表情が固まった。体の動きまで止まり、視線は宙を見つめたままである。


「犯人に復讐をしたいの? それとも、そういうのは危ないから止めておく? 放っておくなら、別に答えを探す必要はないんじゃないと思って」


「犯人を放っておくですって? そんなことできるはずないじゃない……」


 彼女の声は小さかったが、その口調は激しく怒っていた。彼女から伝わってくる負の気迫は、側にいる自分にまで影響を及ぼす。表面の皮膚に細かな電気が走ったみたいに、痺れる様な痛みを感じていた。自分までも不安定な気持ちになり、まるで荒れ狂う嵐の中に放り込まれたようである。彼女が及ぼす作用の凄まじさに、内心動揺を覚えた。


「……それじゃあ、どうするの?」


 冷静を装って自分が問いただすと、彼女は自分の目を見据えて口を開いた。


「犯人に相応の報復を与えるわ。父を殺した奴が、のうのうと暮らしているなんて許せない!」


 彼女は復讐を誓った瞬間である。そして、彼女がそれを望んだからこそ、自分が彼女の力になれることを確信し、彼女のそばに居続けられる理由ができた。


「それならば、俺が力を貸そう。真実を知りたければ、俺がその方法を知っている」


 自分は身を傾けるように彼女に近づけて、その耳元で囁いた。


「本当?」


 彼女が驚いたように目を見開いて、間近にある自分の顔を見た。


「そうだよ。力になると言っただろう?俺を頼ると良いよ。決して悪いようにしないから」


 決して偽りがないと伝えたいがために、真剣な表情で彼女を見つめ返した。


「でも、どうして、貴方は私にそこまでしようとしてくれるの? 貴方とは、さっき会ったばかりなのに」


 ここまでのこのこ疑いもせずについてきたのにも関わらず、彼女はまだ自分に警戒をしているのだろうか。

 今更だと思いながら、それでも答えることで彼女が安心できるのならば、何度でも彼女の気が済むまで真面目に答えようと思った。


「袖振り合うも多生の縁というか。俺にとって、もうお前はただの他人ではないよ」


「私たち、まだお互いの名前も知らないのよ?」


 そう言われてみれば、自己紹介もまだだったことに自分は気付いた。

 自分にとって、名前なんていうものはどうでも良いものだった。

 長い時の流れに身を任せていると、自分にとってみれば短い時間しか生きられない人間の名前など、興味がなくてすぐに存在自体忘れるか、エピソードは断片的に覚えていても、顔や名前は記憶の渦に飲み込まれて思い出せなくなってしまう。

 命よりも大事だったと思っていた相手すら、もう朧げなものだというのに――。


「名前なんて、ただ他人を区別するだけの手段に過ぎない。別にそんなもの知らなくても構わない。お前と今日偶然出会えたことが、なにより重要なことだ」


 自分がそう言いきると、彼女は唖然としていた。

 彼女の手を取り、両手で優しく包み込んだ。

 彼女が生きている間だけ、自分が彼女を覚えていればいいだけなのだ。

 どれほど焦がれるように求めても、彼女が死んでしまえば、名前も姿もいずれ自分の中から消えて、お終い(それまで)なのだ。


「私の名前は一上佳子。貴方の名前は?」


 彼女の名前は、“いちがみよしこ”か。意中の女の名前を聞いても、さして心を動かされるものはなかった。

 自分の名前を訊かれたが、今使っている名前は所詮偽名である。その偽名すら、すでに何個目だったか忘れた。本名はいわずもながである。

 一時の関係で終わらせたくない彼女に、今の嘘の名前を教えても意味のないものに感じた。


「俺の名前は、お前の好きに呼んで欲しいな」


「ええと、それじゃあ、二月に出会ったから“如月”っているのはどう?」


 名前を考えるようにいきなり要求されたにも関わらず、彼女の名付けの閃きの速度は早かった。


「いいよ」


 如月という名前のセンスは、結構良かった。思いのほか気に入り、彼女に笑顔を向けると、自分が掴んでいた彼女の手が無言で逃げて行った。


「如月は、さっき真実を知る方法を知っているって言っていたけど、本当なの?」


 彼女は切り替えが早い。さっさと自分の本題に戻っていく。そういうところも、自分は気に入った。


「そうだよ。当てがあるんだ。今日は遅いから行くのは明日になるけど、大丈夫?」


「ええ、問題ないわ。学校の方はもうすぐ卒業だし、少しくらいサボっても、大丈夫よ」


 彼女はぎこちなく笑みを見せた。

 彼女にとってみれば、現在の心情は学校どころではないのだろう。父の死の真相に近づけるチャンスを、自分が握っているのだ。彼女の関心が自分に向かっていると思うと、愉快でたまらない。




 この時の彼女は“少しくらい”と言っていた不登校が、二年越えの家出になるとは想像もついてないようだった。



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