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会わせたい人 2

「如月さんにはお久しぶりです。そして、貴女は初めましてですね」


 真吾はまず如月に挨拶をして、次に佳子に視線を向けた。


「初めまして、一上佳子です」


 真吾の視線を受けて、佳子が挨拶すると、彼も続いて「僕は一上真吾です」と名前を名乗った。

 とうとう、真吾と対面した。


「ええと、貴方は私の叔父にあたる人だとお聞きしていますが、お会いするのは初めてですね」


「ええ、僕はあの家では微妙な立場なので、子供の頃は里の外で暮らしていたんです。それに、屋敷に戻ってからは、あまり人前に出ることはなかったので」


「そうだったんですか……」


 真吾は、分家の主でもある祖父の愛人の子供だと聞いている。

 庶子という身分で、同じ敷地内で暮していれば、正妻やその子供には気を遣うのだろう。さらに父と同じ顔をした真吾は、他にも色々と苦悩があったに違いない――と、佳子は彼の胸中を察せずにはいられなかった。


「それにしても、如月さんも人が悪い。予告なしに彼女を連れてくるとは」


「すいませんね。彼女がどうしても貴方に会いたいとおっしゃるんで。私は彼女のお願いには弱いんです」


「そうですか、佳子さんはずいぶんと如月さんに気に入られているようだ。分家(うち)とは縁を切って、彼と仲良くされていたとは」


 意味深長な笑みを浮かべて、真吾は佳子を見据えた。

 何か誤解しているような言い回しだったが、佳子は敢えて否定せずに、ただ笑みを浮かべるだけで曖昧なままにした。

 如月との関係を訊かれても、復讐の協力者だと正直に言えるようなものではない。どのように言えば怪しまれないのか、佳子には上手な答えがすぐに出なかった。


「せっかく料理が来たんですから、冷めないうちに召し上がってください」


 絶妙なタイミングで、如月が真吾に声をかける。


「有難くいただきます」


 料理を勧められて、真吾が箸に手を伸ばした。

 仲居達が置いて行った飲み物は、まだ昼間だったためか、如月が頼んだのか、お茶や果汁などのソフトドリンク系のみである。透明なポットに大量に入ったものが、すぐ脇に氷のボックスが置いてある。セルフで用意する必要があった。

 佳子は適当に全員の飲み物を用意して、食卓に置く。すると真吾に「ありがとうございます」と微笑みながら礼を言われた。

 佳子はその懐かしい笑顔に嬉しくなり、心が浮足立つのを押さえつつ、席に戻った。


「元様が心配されていましたよ。政子さんとは仲直りはされないんですか?」


 お椀の蓋を開けながら、真吾が質問してきた。真吾は佳子の祖父のことを“元様”と呼んでいることに気付く。

 父とは呼ばないところに、彼の言う微妙な立場が窺えた。


「ええ」


 佳子も箸と口を動かしながら、答える。


「今のところは。それに、母はお爺様のところにいた方が幸せだと思います。好き勝手に暮らせますし」


 佳子はこれ以上の母に関する追及は勘弁してほしくて、ぎこちない笑みを浮かべて言い切る。

 今日は、母のことは思い出したくなかった。せっかく良かった気分が、下向き加減になってきてしまう。


「しかし、それも役割を果たしていたらですよ。貴女の婚約話が噂されて、親としての監督責任を問われ、政子さんは窮地に立たされています」


「そうなのですか?」


 箸を動かす手を止めて、佳子は真吾を見た。不仲な親とは云え、何も母の不遇を佳子は望んでいたわけではない。思わず心配になって尋ねると、真吾は「ええ」と頷いた。


「勝手に高志さんとの婚姻届を役所に出されるかもしれませんよ。役所に受理しないように届け出をした方がいいかもしれませんね」


「そうですか。わざわざご忠告ありがとうございます」


 佳子は引きつった笑顔を作ることしかできない。憂鬱な種が増えた気がして気分が塞ぐ。


「それにしても、貴女は……」


 真吾の目はどこか憐みを含んで佳子を見つめる。


「先代の当主が亡くなって、傷心だとは云え、ずいぶんと無茶をしていますね」


「無茶ですか?」


「一族の決定にことごとく逆らっておいででしょう。一体何を考えられているんですか?」


 真吾は単刀直入で尋ねてくる。

 誤魔化しは効かないとばかりに踏み込んできた。


「結婚は個人の自由じゃないですか。勝手に結婚相手を決める母親の考えについていけないだけです」


 嘘は言ってないので、佳子は堂々と胸を張って言い切る。

 そんな佳子の様子を、目を丸くして真吾は見て、面白そうに声をあげて笑い出した。


「貴女は里の外で育ったせいか、あの家の洗脳には染まっていないようですね。あそこの女は、みな一族の言いなりですよ。逆らうとあそこで暮らしていけませんから」


 洗脳という真吾の言い回しに、佳子はなるほどと納得する。母の物の考え方は、そう言っても過言でないぐらい偏っていた。一族の男と結婚するのが当たり前で、他の考えが入る余地はまるでない。


 それにしても、真吾は分家の人間だと云うのに、客観的にあの家のことを語っている気がした。

 里の外で育ってきたと聞いたので、彼も佳子のように分家にあまり染まっていないのかもしれない――。そう思うと、佳子は少し安心した。


「話は変わりますが、佳子さんは僕に何か尋ねたいことがあるんじゃないですか?」


 真吾の方から佳子の本題を尋ねて来てくれた。佳子が彼を見れば、父とそっくりな彼の表情は真剣である。


「はい。お言葉に甘えて率直にお伺いしますが、貴方は私と腹違いの兄妹なのですか?」


「直球で訊きに来ましたね」


 真吾は苦笑しながら、続けて口を開く。


「しかし、その答えを知る者は誰も生きていないんですよ。私の産みの母も、貴方の父親も亡くなっているのですから」


「母親からは何も聞いていないのですか?」


「ええ、父親と一緒に暮らせないのは何故だろうと子供心に思っていたくらいですが、元様が時々訪ねて来てくれるので、そのうち母は愛人だということに気付いたんです。しかし、経済的に困っていなかったし、大学まで通わせてもらったので、特に不満に思うことはありませんでした」


「そうなんですか……。でも、貴方は私の父に似すぎていて、思わず血縁を疑ってしまったのですが」


「親戚同士ですから、顔がたまたま似ることもあるのではないでしょうか」


 真吾は本心で言っているのか、誤魔化しているのか、佳子には分かりかねた。欲しい答えを得るまで問い質したかったが、真吾が質問を受け付けている間に、あえて諦めて他に尋ねたいことを口にする。


「真吾さんは、父が亡くなる数日前に分家の屋敷で父と会っていましたよね?」


 質問を言った直後、佳子は緊張で心臓が激しく脈打つのを感じながら、真吾の反応を伺う。


「さあ、昔のことなので、記憶が……」

「一上真吾さん」


 今まで成り行きを見守っていた如月は、真吾の言葉を遮って急に名前を呼んだ。

 真吾は如月に視線を送る。そして、真吾と如月は目線が合った。

 ぶつかり合う、二人の眼差し。

 如月は真吾の目を捕えたまま、言葉を続ける。


「彼女にとって大事なことなので、申し訳ないですが、正直に話してもらえませんか」


「え、ええ……」


 真吾の瞳が揺らいだ気がした。


「貴方の父、先代の当主にはお会いしたことがあります。偶然里のお屋敷で出会いまして、僕の顔を見て驚いていました。それで色々と質問をされました」


 如月は真吾に目の力を使ったようだ――と、佳子はそう感じた。

 誤魔化そうとして、「忘れた」と嘘をつきかけた真吾の口から、正直に過去が語り始められる。佳子があらかじめ如月の力について知っていたお蔭で、真吾の急な態度の変化に戸惑わずに済んだ。そのため、佳子は落ち着いて用意していた質問を続けることができる。


「ええ、貴方の出生についてですよね?」


「そうです。母の名前や、僕の誕生日、父親についてです」


「父は貴方が自分の子供かもしれないと言っていませんでしたか?」


「はい。政子さんが嫁に行く少し前まで、母は本家にご奉公にあがっていたようです。その時に、深い関係にあったと先代から聞きました。しかし、僕は元様に認知してもらっています。本当のことは亡くなった母にしかわかりません」


「でも、貴方は父にそっくりだわ。父もそれで貴方が自分の子供だと確信したのでしょう」


「父親が誰だったにせよ、愛人の子供と云う、僕の立場が変わることはありません」


「どうして? 父の子供ならば、本当の後継ぎは、本来ならば長男の貴方だったはずです」


「いいえ、僕は血の薄い劣り腹の母から産まれたので、血の濃さでは貴女には敵いません。もし仮に貴女と父親が同じでも、後継ぎには到底なれませんでした」


「父は亡くなる前に電話で私にこう言いました。“佳子に会わせたい人がいる”って。父のことだから、貴方を紹介したかったんだと思います。自分の子供として」


「それは……」


「父は貴方を家族として迎えたかったのでしょう。そうでなければ、私に紹介しようとは思わなかったはずです」


「仮に僕が貴女の兄だとしても……、一族は僕を後継ぎとしては認めなかったでしょう」


「貴方が言うのだから、きっとそうなのでしょうね。でも、父はどんな手を使ってでも、認めさせたかったんだと思います」


「どうして……」


「父の真意は父にしか分かりません。父は亡くなる前日に、母との離婚と、貴方を後継ぎとして認めるよう、お爺様に迫っています。そして、家へと帰る途中で父は事故で亡くなりました」


 佳子が語る内容を聞いた真吾は、平静だった様子を一変させて顔を強張らせた。


「佳子さん、貴女は何をどこまでご存じなのですか?」


「今まで話したこと全てです」


 雰囲気を張り詰めさせて声を低くした真吾に、佳子はたじろぎもせずに落ち着いて答えた。含みのある言い方をしたのは、わざとだった。真吾に分家へ不審な感情を持たせるために、意図的にそう話した。そのため、自分の発言によって、彼が何かしら反応することは、予測済みである。


「貴女の目的は何ですか?」


「私は父の望みをかなえたいのです。父と同じように貴方を家族として迎えたいのです」


 佳子は真実の一つを正直に話した。復讐というもう一つの理由は、まだ言うべきタイミングではないため、伏せてはいたが。


「貴女の気持ちは嬉しいのですが、これ以上貴女には無理なことはして欲しくないです。それに、今更僕のことで身辺を騒がしくして欲しくないのです。僕は今の生活で満足していますから。それに、貴女の父が亡くなっている以上、認知についてはどうすることもできないでしょう」


「法的にお爺様の子供のままでも、問題ないのではないでしょうか。そもそも血縁的に私の叔父であって、全くの他人と云う訳ではないですし」


「どうして僕を当主にしたがるんですか? もしかして、好きな男と結婚したいからですか?」


「私の結婚話は、全然関係ないですよ。全ては父のためです。貴方に当主として治まっていただければ、貴方が父の子として認められたことと同じになり、父の望みを叶えることに繋がると考えています」


「今日出会ったばかりなのに、そんなに僕のことを信用していいのですか? それに、僕が当主になったら、貴女の立場が無くなるのでは?」


「私の場合は当主と云っても、里に住んだこともなく、実情を何も知らされていなくて、お飾り同然なのです。里に詳しい貴方がなった方が余ほど相応しいと思います。それに、貴方とは今日初めて会ったと云うのに、全然他人という気がしないというか……、父が家族になりたいと願った気持ちが、私にもよく理解できます」


「……そうでしたか。佳子さんにそこまで言っていただけて嬉しいです。しかし、貴女は一族が認めた唯一の正統後継者です。貴女が産む後継者を一族は欲しています。貴女がそれに逆らおうとするならば、一族はどんな手段に出るか分かりません。僕は貴女に恐ろしい目に遭って欲しいとは思っていません」


「どんな目に遭っても、決して私は意思を曲げません」


「そんなことをおっしゃらないで、一族に対してこれ以上は事を荒立てないでください。今ならば、まだ十分間に合います」


「私は……」


「佳子さん、貴女が僕を兄として慕ってくれるならば、僕の意見も少しは聞き入れてくれると嬉しいです」


 佳子は真吾の言葉に頷くことができない。佳子が何も答えなかったので、気まずい沈黙が場を支配した。


 彼が佳子の考えに同意してくれず、それどころか分家へ従うように苦言を言われる始末である。

 父によく似た真吾。彼の言葉を素直に受け入れて、彼の歓心を得たい気持ちが佳子にはあった。

 しかし、分家の人間とは結婚できない。


 恐らく分家は、今も罪を犯している。父が望んだように、家族として真吾を迎えて、そこから彼を救いたいと、佳子は願い始めていた。


 しかし、真吾は分家に逆らうのを恐れている。佳子とは違い、分家に深く関わっている立場ならば、簡単に裏切れないのも無理はない。佳子は、事を急ぎ過ぎたと感じた。亡き父を彷彿させる真吾に親しみを覚える佳子とは違い、彼にとって佳子は縁のないただの他人。彼は会ったばかりの佳子のことをよく知らないのだから、説得に応じないのは仕方がないことだ。


「ごめんなさい。真吾さんの立場を考えずに、色々と言って困らせてしまって」


「いえ、気にしてはいませんよ。亡くなった父親のことを大切に思う貴女の行動は素晴らしいと思います。それに僕のことを家族のように思ってくれて嬉しいですよ」


 真吾の優しい気遣いが身に沁みた。こうやって佳子に対する思いやりの気持ちが、彼の中にあることを感じる。彼は父と同じように、相手の気持ちを推し量れる人だ。

 佳子の中で彼に対する期待がどんどん膨らむ。


「……あの、また機会があったら私と会っていただけますか」


 今回は説得に失敗した佳子だったが、真吾とはもっと親交を深めたいと願い始めていた。仲良くなって、真吾の信頼を得ることができたら、もしかしたら彼は考えを変えてくれるかもしれないと、佳子は淡い期待を抱く。


「ええ、喜んで」


 真吾は快く了解してくれる。さっきの深刻な話をどこかに置いてきたように、親しみを込めた笑顔を佳子に向けてくれた。

 佳子は、父の面影そのものの彼の笑顔に感極まる。

 仮に説得には成功することはできなくても、真吾を兄と慕うことができたら。彼と仲良くなって心を通わせられたら――と、佳子は深く願わずにはいられなかった。



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