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春人と。 6

 佳子は夢を見ていた。

 父が運転する車の中にいて、家族みんなで遠出していた。

 助手席には佳子が座り、後部座席には母と女中が座っている。

 車は里へ続く山道を通っていて、ガラス越しに見えるのは、代わり映えのない緑ばかりの景色だ。

 カーブを通るたびに遠心力で体が揺られて、小さい佳子の身体は振り回されていた。


 そう、これは自分が子供の頃の思い出。ちょうど長時間のドライブに飽きて辟易としていた時だ。


「ねぇ、お父様。どうして里では屋敷から出てはいけないの? 佳子、つまらない」


「そんなことを言うものではないよ。あそこの家では、佳子はとても大事なお姫様だから、危ない目に遭わないように大切に守っているんだよ」


「うちでは普通に外出しているのに、変なの」


 佳子の言い分に父は苦笑しつつも、父はそれでも弁解した。


「里にはうちとは違って色々な人や妖怪がいるから、危ないんだよ」


「ふーん」


 父の話す内容が、その時は幼かった為によく理解できなかった。しかし、駄々をこねても父が屋敷の外へ連れ出してくれないことを悟り、佳子は愚痴を言うのを早々に諦めた。


 しかし、今の佳子は知っている。

 父が退屈な佳子を気遣って、「お母様には内緒だよ」と、夜中にこっそりと屋敷から連れ出してくれるようになったことを。

 車の中では、後ろに母がいたために、その時は佳子を諌めることしかできなかったのだ。

 分家では、用もないのに気軽に外出をすることを禁じられていた。外遊びといえば、屋敷の中の庭だけ。


 父との夜中の散歩は、子供だった佳子には刺激的だった。

 父の言う通り、里には色々な妖怪がいて、子供の佳子のために色々と相手をしてくれた。

 いつしかこの為に、里への帰省を楽しみにするようになった。


 やがて、佳子たちを乗せた車は、分家の屋敷に着く。

 やっと体を動かせると、佳子は車の中からいち早く降りた。

 後部座席から降りた女中が、トランクから荷物を出している。

 母に促されて佳子は屋敷に足を向けるが、父が側にないことに気付き、後ろにある車を振り返る。

 佳子が見たのは、車内に残る父の姿。


「お父様、どうして降りないの?」


 佳子が窓越しに父の姿を伺うと、父は目を瞑って首を傾けて上半身をドアに凭れていた。

 良く見ると、頭から血を流している。

 佳子は息を飲んだ。

 その瞬間、車全体を包み込むように、周りから火の手が上がる。

 佳子は自分に迫りくる炎の勢いに驚いて、思わず車から身を引いた。


「お父様!!!」


 佳子は声の限り叫んだ。

 火の海に包まれる最愛の父。


 気付いたら、佳子がいるところは分家の屋敷ではなく、森の中だった。

 森の木々の間に挟まるように、崖から落ちていた父の乗用車。

 ガソリンに引火したのか、大きな音と共に車は爆発を起こし、無残な姿へと変えてゆく。

 黒い煙が空へと舞いあがっていた。

 佳子の目の前で起こる惨劇。

 佳子は恐怖のあまり、声も出せなかった。


 その時、後ろで狂ったような嗤い声がした。

 佳子が後ろを振り返ると、真っ黒なお面を被った男が一人立っていた。

 着ている洋服も全て真っ黒で、頭髪も黒色で、まさしく黒ずくめだった。

 彼が全身を使って大声で嗤っている。

 更に彼の後ろに大勢の人が立っている。それは佳子が見知った人間たち。

 彼らも同様に気が触れたように嗤い続けていた。

 耳を覆いたくなるほどの激しい嘲笑が、佳子を襲う。

 佳子はその異常なまでの光景に、心の底から震えあがった。


 ――裏切り者。


 憎しみが籠った彼らの目には、燃え盛る炎が映っていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 佳子は悪夢から目覚めた。

 心臓が破裂しそうな程、大きく脈打っていた。

 呼吸は荒くて苦しく、さらに暑苦しい。燃えるように熱い体は、汗まみれである。

 佳子は思わず着ていた服の胸元に手をやり、掴んで大きく開く。

 何度か襟口を動かして風を送ると、身体に触れる冷気が心地よかった。


 佳子が目を開けると、最初に視界に入ったのは、見慣れた自室の天井。

 ようやく、佳子は自分のベッドの上で横たわっていたのに気付いた。

 身動きすると、額の上から何かが落ちる。

 鉛のように重い腕を動かして、顔の横に落ちたものに触れると、それは濡れたタオルだった。既に温くなっているので、頭上にあるベッドの棚に手を伸ばして置いた。


 一体いつ帰宅して自分の布団に入ったのか、佳子には全く記憶が無かった。

 夢うつつで誰かに運ばれた気もしないではないが、さっきの夢の印象が強すぎて、それが本当か怪しい。

 家の中はとても静まり返っていた。耳を澄まして微かに聞こえるのは、時を刻む時計の音だけ。

 窓から入る光はなく、すでに暗い。

 佳子の部屋の照明は、豆電球だけが点いていた。

 状況から察すると、すでに夜になっているようだ。眼鏡をしていないため、寝たままでは壁に掛けられた時計の針が見えず、現在の時刻が分からない。


 春人は佳子を送り届けた後に、自分が目覚めるのを待たずに、きっとすぐに帰ったのだろう。

 ここから帰るのに長時間かかるので、明日の通学に備えて長居はできないはずだ。

 後で春人に電話をかけた時、送ってくれた礼を言うついでに、詳細を訊いてみようと考えた。


 それにしても、身体が熱い。

 突然、咳の発作が起こり、咽るように咳込む。

 仰向けになったままだと呼吸が苦しくて、思わず上半身を横にして俯き加減に体を傾けた。

 痰の絡みが酷く、咳がなかなか止まらない。

 家にあった薬を飲まなくては、治るものも治らないだろう。そう思い、だるい体に鞭を打つように叱咤して、上半身を起こした。

 佳子は自分の姿を見下ろすと、外出していた時の格好のままなのに気付く。

 汗で濡れて湿っており、肌に張り付いて気持ち悪い。そのため、起き上がったついでに服を着替えようと思った。

 始めにチュニックを脱ぐと、下着のキャミソールが現れた。それも脱ぐとブラとショーツのみの姿となる。

 下着まで汗で濡れて気持ち悪く、迷うことなく全て脱いでしまう。

 ベッドから降りて歩くと、ふらふらで重力に負けそうな自分の身体。気力を奮い立たせて動かして、目的地のタンスに向かう。たった少しの距離が、今の佳子にはとても煩わしい。

 深呼吸をしつつ、タンスの引き出しに手を掛けた瞬間、部屋の外から人の気配を感じた。


「だれ?」


 驚いて佳子が声を発すると、急に開いた部屋の引き戸。


「だ、駄目!」


 裸だった佳子は、慌てて両手で身体を隠して、入口に背を向けた。そして、誰がいるのかと、首だけ後ろに向けて確認する。

 居間から漏れる明かりを背景に立っていた人物。それは予想外にも春人だった。

 佳子と目が合った春人は、視線を一瞬だけ下へ泳がせると、次の瞬間には引き戸が外れそうなほど物凄い勢いで閉めた。


「え、えーと……」


 佳子は以前にも同じような目に遭ったことを思い出す。


(しかも今回は素っ裸ですか!)


 佳子の顔が燃えるように熱かったのは、きっと風邪だけのせいではないはずである。


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