学校での尋問
お見合いから一夜明けて、春人がいつも通りに学校へ行くと、朝礼前に男のクラスメイトたちによって席を囲まれた。
「お見合いしたんだよね? どうだったの?」
「一上のところとなんだよな? 美人だったか?」
「何話したの?」
「結婚すんの?」
次から次へと矢継ぎ早に質問される。ところが、春人は誰とも目線を合わせずにマイペースに鞄からノートや筆記用具などを取り出して、机に仕舞っていく。
そして、鞄を机の横のフックに掛けると、ようやくクラスメイトたちに視線を向けた。
集まっている人たちは、春人と同郷の者たちばかり。山代の里で噂を聞きつけて真相を尋ねに来たに違いないと、すぐに春人は気付く。
春人が通っている高校は、家から一番近い公立学校だ。もともとは別の町にあった学校だったが、市町村合併により同じ市になった。そのため、里以外の市町村に住む一般人も多く通学している。
「おはようございます。お集まりいただき恐縮ですが、プライベートな質問にはお答えするつもりはありません」
春人は無表情のまま意見を述べた。
その途端、周りからブーイングの嵐が巻き起こる。
「えー、ちょっと、勿体ぶるなよ~」
「そうだよ、みんな気になってるんだよ?」
「少しくらい教えてくれてもー!」
春人は傍から見ていても分かるくらい、大げさにため息をついた。
春人の言葉遣いは、クラスメイトに対しては丁寧過ぎるものだったが、言われた彼らはいつものことなので、彼の様子を不審に思うことはない。
春人は他人とは距離を置きたがるため、学校の休み時間はいつも独りで本を読むか、人気のないところにいる。
愛想が少なく、会話をしても笑顔を見せることは少ない。誰に対しても丁寧な物腰と口調で、春人は誰とも馴れ合おうとはせず、ため口を決してしない。
高校入学当時、春人の見た目の良さに惹かれて、多くの女子が彼と仲良くなろうと近づいてきたこともあった。しかし、用もないのにまとわりつく彼女らを春人はバッサリと切り捨てたため、今では彼は観賞用として重宝されていた。
どうでもいい奴に邪魔されたくないというのが春人の本音。
顔だけは良いのに、人を寄せ付けない性格のため、陰で女子から「がっかり王子」と評されている。
「おはよう! 朝礼始めるぞ~。席につけ」
どうやって彼らを追い払おうかと思い巡らしたところ、タイミング良く担任の先生が教室の入り口から入って来た。
クラスメイト達は一斉に席に戻ってゆく。その様子は蜘蛛の子を散らすようであった。
お昼休みになり、春人は自分の席でお弁当を広げる。
春人は毎朝五時に起きて、家族の分の朝食と弁当を作っていた。
春人が十三歳の時に義母が亡くなり、それまでは手伝いの範疇だった家事を春人はメインで行うようになった。最初のうちは慣れない作業で、拙いところが多くみられたが、今では一端の主婦に負けないくらいの腕前になっている。
春人が一人食べていると、数少ない春人の友人の山村和樹がやってきた。彼はビニール袋を片手にぶら下げながら、空いていた春人の前の席を勝手に借りて腰を下ろした。
「やっほー、春人、元気してた?」
山村は明るい調子で気さくに春人へ話しかけてきた。
その彼の手は忙しなく袋から取り出したパンの袋を開けている。長いパンに挟まれた焼きそばの麺が見える。机の上に置かれた袋の中には、他にもまだパンが幾つか入っていた。
山村の格好は、短めの黒い髪に、型どおりの詰め襟の制服姿。春人同様、真面目な高校生の姿である。
「いつも通りですよ」
愛想はないが、春人は山村にきちんと応答する。
山村とは昔からの付き合いだ。彼の明るくさっぱりとした人格のお陰か、彼に対しては春人の対応は穏やかだ。
彼もまた同じ里の出身である。
山村はパンを食べながら、いつもの調子で春人へ話しかける。
「いやー、お前が相手にしないから、俺に追及の矛先が向かって大変なんだよね~」
「和樹も相手にしなければいいんですよ。いずれ興味を失います」
春人が素っ気なく言うと、山村は苦笑した。
春人は休み時間中まで好奇心旺盛な人達に囲まれていたが、春人自身に全く隙がなかったため、彼といつもご飯を食べている山村へ調査の手が及ぶようになったのだ。
「それまでが大変なんだって。それにしても、お前が女と談笑する様子って想像つかないんだけど。マジでお見合いしてきたの?」
「ええ、まあ、それは本当です」
「俺は相手の女に同情するよ。どうせ、バッサリ振って来たんだろ?」
「……」
春人が沈黙した。
“当たり前です”と即答してくると思っていた山村は、彼の反応が意外で戸惑う。
そもそも、お見合いに出席しているという行動自体が、山村がよく知る春人という人物の枠から外れているのだ。
「もしかして、訳あり?」
山村が小声で尋ねると、春人が小さく頷いた。
そのせいもあって、春人がまったく情報を漏らさないのかと、山村はようやく察した。
「ハル~、あたしも混ぜて~」
甘えた声を出しながらやって来たのは、大橋里香という女である。
目立たない程度に茶色に染めて、毛先に軽くウェーブがかったセミロングの髪。
顔に掛からないように、髪の一部を後ろで留めていた。
化粧をしてピンクの艶のある厚めの唇、ラインで縁取りされた大きめの目元。
ふくよかで、一目見て分かるほど大きな胸部と臀部。
指定されたセーラー服を着用しているが、スカートは非常に短くなっており、むっちりとした膝と太ももが見えていた。
見た目は少しぽっちゃりしているが、今どきのなかなか可愛い女である。
「女子は女子同士で群れてください」
眉間に皺を寄せた春人が追い払っても、大橋は「差別はんたーい。キャハハ」とテンション高めに言い返して、空いていた春人の隣の席に足を組んで座った。
大橋の視線は春人のみ注がれていて、隣にいる山村は視界にも入れず完璧な無視であった。
「もー、せっかくやってきたのに、ハルってば冷たーい」
「誰も呼んでいませんから」
春人は言いながらも、弁当の中身を掻き込むように口の中へ入れていく。彼女の出現からご飯を食べるペースが急速に上がった。
山村は大橋から視線を反らして、気まずそうにパンを食べていた。
大橋のスカートが短いため、そこから覗く足の付け根の見えそうな際どさが、目の毒だからだ。
男子からの目線を狙っているとしか思えないと、山村はその彼女の魂胆にげんなりする。
春人の所へやって来た大橋は手ぶらで、お昼ご飯を一緒に食べる気がないのは明白だ。
「ハルってば、優しいよね」
春人は大橋の言葉に何も返さない。大橋とは会話が通じないと判断して、だんまりを決め込んだのだ。
「わざわざ一上の人間に会ってあげるなんて。もしかして、彼女に同情して思い出作りに協力しようと思ったわけ?」
春人は無言のまま弁当を食べ終わり、弁当箱を片付け始めた。
素早い手つきで風呂敷に包み、机の横に掛けてあった鞄を取って仕舞いこむ。そして、また鞄を元の場所に戻した。
春人は立ち上がって、山村に視線を送ると、「トイレに行ってきます」と伝える。
山村は手を上げて「おうよ」と答える。春人が教室から出ようとすると、慌てて大橋も立ち上がって後を追う。
「ちょっと、ハル待ってよ~」
「トイレまでついて来ないでください」
大橋にそう言い捨てて、春人は廊下に出る。すれ違う人とぶつからないように速度を上げて小走りすると、いつものように大橋を撒くように逃げ出した。
春人が大橋に纏わりつかれるようになったのは、あの盆祭りの後だった。
奉納試合で一目注目を浴びた春人に大橋は目をつけたのだ。同郷で親戚同士だったが、それまではお互いにすれ違っても口も利かなかったのに、手の平を返した態度である。
可愛い容姿を活かして、色んな男との浮名を流していた彼女の執念は、春人が瞬時に逃げ出すほど凄まじい。
今のところ、彼女の辞書に“諦める”という文字は見当たらない。