表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
117/118

春人の就職 3

「ボス、一上君が帰ってきましたよ」


 キリが声を掛けると、ボスと呼ばれた男は、クルリと椅子を回転させて、振り返った。


「やあ、今日からよろしく!」


 胡散臭い笑顔を浮かべて、そう話す男は春人がよく知る人物だった。佳子の家に、突然来訪する妖艶な男。今も春人の目の前で、笑みを浮かべていた。


「如月さん、貴方が私の上司なんですか……?」


 まさか彼がここにいるとは想像もしていなかった春人は、頭の中がクエスチョンだらけだった。間抜けにも片手にビニール袋を提げたまま、茫然と彼を見つめてしまった。


「”如月”だって~。やだ、ボスってば、また新しい偽名を使ってる~!」


 春人の言葉を受けて、ミコはやたらとテンション高く、甲高い声を出して笑っていた。その耳をつく不快に感じる声で、春人は疑問で埋め尽くされた頭から抜け出せることが出来た。如月を”ボス”と呼んでいる彼女は、如月の本当の名前を知っているのだろうか。


 春人はコンビニの袋をミコの机の上に無言で置くと、如月が座っている席に詰め寄った。


「如月さん、私がこの会社に派遣されたのは、一体どういうことですか? 最初からこの会社に就職の話をしてくだされば良かったのに……」


 動揺している春人に対して、如月はあくまで平然とした態度を取り続けている。


「君は書類の上では大手企業の社員で、普通に働いていると思わせることができるだろう?」


(普通に働いていると思わせる?)


「それは……、どういうことですか?」


 春人は如月からもっと分かりやすい説明を求めて、椅子に座っている彼に視線を送った。如月は面白そうに笑いながら、それを真っ向から受け止める。


「お前はその抜き出た身体能力を腐らせたまま、普通に働くつもりだったのかい?」


「それは、そうですが……」


 里を出て安定的に暮らすとなれば、一般の企業に就職して、給料を稼ぐしかない。

 春人は自分の力を活かせるような仕事に就こうと考えても、そもそも他の組織など知らない。もし仮にそれに属することになれば、故郷を裏切ったように感じてしまう。


「俺はお前と手合わせをして、お前のその能力を評価しているんだ。だから、是非うちで働いてもらえればと思ったんだよ。この企業は、表向きは只の警備会社だけど、実際は裏の仕事も多く請け負っている。色々と春人も楽しめると思うよ?」


「ですが……」


 如月の話す内容は、おいそれと春人が簡単に受け入れられる話ではない。如月は躊躇う春人を眺めながら、身体を前に乗り出すと、机に右肘をついて頬杖をついた。


「嫌なら、明日から来なくていいよ。ただ、元の会社に戻っても、君の居場所はないと思うけどね」


 冷酷な台詞を、先程と変わらない微笑を添えながら、如月は言い捨てる。春人は憤りを感じたが、彼の態度に気圧されて、それは胸の中で抑え込まれた。


「それは脅しですか……?」


 春人は残った気力を振り絞って、やっとそれを口に出来た。


「何、人聞きの悪い事を言っているんだい? 俺はお前にとって悪い話じゃないと思って、わざわざ手配したんだけど。それが気に喰わないなら、別のところに就職したらどうだい?」


 簡単に他の会社に就職できていたら、そもそも如月に頼んでいない。春人の置かれた状況を分かっていながら、突き放す言い方をする彼のやり方が狡く感じた。しかし、春人にも落ち度があったことは自覚していた。


(うまい話には裏がある。)


 まさに身を持って知った春人である。


「あの……、裏の仕事は、犯罪になるものではないですよね? それに、里には色々と掟があって、それを破らなければ、この話を受けたいと思います」


 春人は腹を括って、承諾を口にした。如月は無言で頷くと、ミコの名前を呼んだ。


「今日から彼女の下で訓練してもらうよ。このビルの地下に施設があるから、一緒に行くといい」


「ボーヤ、よろしくね♪」


 ミコは如月の声に反応して、機嫌よく愛嬌を振りまいていた。春人は彼女のように愛想を作ることはできず、儀礼的に挨拶を返すのがやっとである。


 これから、この子供のようなミコが春人の直属の上司になり、ビシバシと扱かれる破目になるとは露知らず。

 一見普通の就職かと思いきや、腹黒い策略によって如月の手下にされるとは、春人は全く予想できなかった。



 春人の社会人としての新生活が、早くも雲行き怪しいものになっていた。


ここまでお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ