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そのお見合いは、危険です。  作者: 藤谷 要
結婚編

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春人の実家

 春人に会って欲しい人がいると言われて、佳子は五月家を訪問した。佳子が通された居間には、五月家の家族が勢揃いしている他、大橋の姿もあった。


 ばつが悪そうな顔をしていた彼女は、佳子と目が合った途端、「嘘ついてごめんなさい!」と勢いよく頭を下げて謝って来た。

 佳子はそれに面食らい、すぐに言葉を返すことができなかった。正直、あの大橋がこんな素直に謝罪するとは、佳子は予想もしていなかったからだ。


「あ、あの……」


 佳子がまごついて、碌な返事ができない状態になってしまった時、「この通り、彼女も反省しているし、許してやってもらえないだろうか」と慶三郎が間に入って取り成してくれた。


「はい、私はもう気にしていません」


 佳子はそう答えるだけで精一杯だった。

 佳子が大橋を見ると、彼女は気まずそうに佳子から目線を外す。彼女は「それでは、あたしはこれで失礼します」と断りを入れて、そそくさと逃げるように帰ってしまった。

 大橋の行動は驚いたけれども、決して不快ではなかった。それどころか、きちんと謝罪した彼女に佳子は少し好感と尊敬の念を抱いた。


 その後、慶三郎に妻の夕輝と娘の陽菜を紹介された。そして、無愛想だったけれども、父親の寿治郎からも今回は挨拶をもらえた。


「春人から結婚の約束をしたと聞いたんだが、本当なのか?」


 寿治郎から前触れもなく爆弾が投下されて、佳子の心臓は破裂しそうだった。

 驚いて佳子の隣に座っていた春人の顔を見つめると、彼は佳子を優しい眼差しで見つめるだけだった。


 春人によっていきなり彼の家へと連れて来られたが、もしかしてこれは家族への結婚のご挨拶というものだったのだろうかと、佳子は今更ながら気付いてしまった。

 今回の帰省の理由は、一族の処分についてだけだと佳子は思い、五月家の訪れは全く考えていなかったため、何も手土産も用意していなかった。

 その不手際を佳子は今更後悔して、何の予告も与えてくれなかった春人をこっそり逆恨みした。


「はい、春人さんとは結婚を考えてお付き合いをさせていただいております。ですが、お互い収入が無い状態なので、具体的な話は全くの未定です」


 佳子は落ち込みながらも、何とか質問に答えた。


「それじゃあ、春人が高校を卒業したら、直ぐにという訳ではないんだな? それに、結婚する場合は、春人を一上家に婿入りさせるということか?」


 寿治郎の率直な問いに、佳子は息を呑む。


 一上家の当主として、佳子は今までと同様に務めを果たさなければならないため、佳子が結婚する場合は相手に一上家の籍へ入って貰わなくてはならない。

 そこに考えが至ったと同時に、春人との結婚話がますます困難になってしまったことを佳子は悟った。血の繋がっていない子供を引き取ってここまで育て上げたのに、わざわざ嫌悪している家へ、差し出す訳がないではないかと。佳子は血の気が引く思いがした。


「お話の通り、私の結婚相手には婿に入ってもらわなくてはなりません。お役目の返上は断られたので、私は当主として引き続き一上家を守らなくてはならないからです」


 佳子の言葉を寿治郎は聞きながら頷いていた。


「あと、結婚の時期ですが、彼の卒業後すぐは難しいと思うんです。新卒の採用はこの時期では既に終わっていて、春人さんがこれから私の住む街で仕事を探しても、なかなか無いと思いますし、それに、春人さんは役場に就職が決まっているので、それを辞退してまで、再び就職活動するのは勿体ないと思います」


「そうか」


 寿治郎は短くそう答えただけだった。内心では反対しているのだろうが、今のところは言動にそれらしき気配は無かった。


「そういえば、佳子さん。里の長と何を話されたんですか? 是非聞かせていただけませんか?」


 慶三郎がちょうどよいところで話を変えてくれて、佳子は助け船を得た気分だった。すぐに彼の要求に佳子は応えて、長の美芳と話した内容を語り聞かせた。

 里とミワという妖怪にまつわる昔話を聞いて、黙りこむ五月家の人々。


「あの土地を先祖代々一上家が守り続けていたのは、里の長と交わした約束のためで、他の人に委ねることは決して許されることではなかったんです。私はそれを知らずに、もう少しで約束を破るところでした……」


「里が滅ぶところだったということか」


 慶三郎は顎を手で擦りながら、険しい顔をして話していた。


 美芳は一上家の信義を試すために、ずっと里に腰を下して、経過を観察していた。何百年と経っているのに、彼は未だに約束の内容を覚えて、それに固執していた。


 美芳を恐ろしいと佳子が感じた理由は、一上家と里の人間に向けられた底知れぬ憎悪だったのかもしれない。


「結果的に、一上家が血筋に拘ってくれたお陰で、今まで子孫が絶えずに家系が続いて良かったな」


 寿治郎が何気なく呟いた台詞に、慶三郎が反応した。


「いや、もしかしたら、長との約束を守るために、子孫を絶やさないしようとした危機感が、いつの間にか、その本来の理由を忘れてしまい、目的そのものに変わってしまったのでは?」


 佳子は慶三郎の言葉に衝撃を受け、何も言い返せなかった。

 確かに身内である佳子が嫌になるほど、血縁や後継ぎに重きを置いていた一上家。同じ能力者同士の婚姻は、能力を安定して引き継がせることが出来て、さらに血の濃さは素質の高さを保証していた。優れた能力者を輩出することが可能となった結果、一族に慢心が蔓延り、道を踏み外させてしまった。


(もう二度とあのような悲劇を引き起こしたくない――。)


 佳子は父や真吾を思い、その気持ちだけが強く残った。





「佳子さんに、春人のことで、改めて話があるんだが…」


 美芳の話が終わり、重苦しくなった雰囲気の中で、寿治郎が口を開いた。


「はい、何でしょうか?」


「春人が五月家の養子だと云う話は知っているか?」


「はい、存じ上げております」


「養子と云っても、春人は実の親とは縁が既に切れているんだ。だから、俺は春人を我が子と変わりなく育ててきたつもりだ」


「はい」


「だから、春人には幸せになって欲しいと願っているし、余計な苦労は掛けたくないと考えていた」


 佳子は寿治郎の話を聞いていて、もしかして遠まわしに結婚話の断り文句を言われようとしているのかと、身構えてしまう。問題を多く抱えている一上家への婿入りは、誰だって嫌に決まっている。


「だが、春人が俺に土下座してあんたとの結婚の承諾を得ようとしてきた時に、昔、俺が同じように養父に頭を下げたのを思い出してな。血は繋がって無いのに、やることは同じなのかと、おかしくなったんだ」


 寿治郎は言いながら、決まりの悪そうに頭を掻いた。


「子供は親の思う通りにはいかないものだ、そう笑いながら言った養父のあの時の言葉の意味が、やっと分かった気がしたよ。だから、春人へ好きなようにしないさいと俺は言ったんだ。それに、さっきあんたから話を聞いて、真剣に春人との将来を考えてくれていると分かって安心したよ」


 佳子は彼の話を信じられない思いで聞いていた。まるで、寿治郎が佳子たちの結婚に承諾しているような口ぶりだったからだ。


「あの、春人さんとの結婚に反対ではないのですか……?」


「ああ、反対しない。それに、あんたには悪かったな。以前、その……挨拶してくれたのに無視したりして。思い込みや、嘘を鵜呑みにしてしまって、あんたの心証がえらい悪かったんだ。話してみたら、まともな方だったから、もっと早く会ってみれば良かったよ」


 寿治郎の口から断言されて、佳子はようやく事態を呑みこむことができた。

 湧き起こる喜びは、自然と佳子の口許を綻ばせる。この感動を分かち合いたくて、横にいる春人を振り返った。すると、彼も幸せそうな表情を浮かべて、佳子を見ていた。

 春人の親の説得は、困難を予想していた。それなのに、こうも早く進展したのは、彼がよほど頑張ってくれたに違いない。

 親を説得すると約束してくれた、春人の結婚への決意の強さを佳子は改めて感じることができた。


「佳子さんは、分家とは縁は切れて孤立無援だとお聞きしています。頼る人がいなくては大変でしょう。これからは、是非五月家(うち)を頼ってください」


 慶三郎の気遣いに感謝以外の言葉はなく、佳子は泣きながらお礼を述べることとなった。


 周りを見回すと、春人の家族たちは温かい眼差しで佳子を見つめている。自分が彼らに受け入れられていると理解して、佳子はこの空間がとても居心地良く感じた。


(この時の気持ちは、ずっと忘れてはいけない。)


 そう佳子は心に誓い、自分とこれから一緒に歩んでくれる春人の存在を愛おしく感じるのであった。


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