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そのお見合いは、危険です。  作者: 藤谷 要
結婚編

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里香の異変

 慶三郎は居間で如月と対面していた。

 高級和菓子の羊羹を手土産に、急に訪問してきた男は、普通の今時の若者にしか見えない。

 妻の夕輝がお茶を運んできた時に、礼儀正しく如月はお礼を述べていた。


 ちなみに、同じ場所に大橋も同席しており、目を輝かせて如月の顔に見惚れていた。


 慶三郎はこれから事件の話を如月から聞き出したかったので、部外者の大橋に遠慮して退出して欲しかったが、彼女は突然現れた美貌の男に興味津々で、彼のことが知りたいという気持ちが見え見えだった。

 そんな大橋の態度が仕方ないと思えるほど、間近で見る如月の容姿は優れていた。


 大橋が如月に夢中になって慶三郎の視線に気付かないので、「悪いけど、これから内密に話がしたいから、里香ちゃんはお暇してもらえるかい?」とわざわざ口に出して言うと、彼女は少し不満げだったが、特に食い下がらずに立ち上がって去ろうとしてくれた。


 ところが、如月が大橋に興味を示して、「君が大橋里香さん?」と部屋から出ようとした彼女に声を掛けて立ち留まらせた。


「ええ、そうですけど……」


「ちょうど里香さんにも訊きたいことがあったから、悪いけど同席をお願いできる?」


 如月によって急に声を掛けられて困惑気味だった大橋だったが、如月が浮かべる妖艶な笑みによって、すぐに態度を軟化させて嬉しそうに頷くと、頬を赤らめながら再び床に座り込んだ。


 慶三郎としては、如月の証言を大橋に聞かれて、また誰かに口外されるのは避けたかった。父に口止めされていたにも関わらず、大橋は佳子に内偵の話を漏らした前科がある。慶三郎の中で大橋への信用は全くなくなっていた。


 一方、如月自身は大橋に話を聞かれても、何も問題はないのだろうかと、慶三郎は気がかりだった。


「いやー、あの時は勝手に帰って申し訳なかったね。色々と面倒なことに巻き込まれそうだったから、後は佳子に任せることにして、俺はさっさと行方を暗ませたんだよね」


 如月は親しげな態度で快活に話し始める。


「ですが、佳子さんは貴方の素性については詳しくご存じなかったんですよ。ですから、如月さん自身からお話をお伺いできればと思いまして」


「うんうん、それは分かるよ。でも、その前に本日俺がここまで出向いた事情を聞いて欲しいんだけど」


 慶三郎は直ぐに如月の取引内容に気付いた。如月の用件を叶えれば、こちらの要求にも応じるということに。


「はい、その事情とはなんでしょうか?」


 慶三郎はすぐに如月の話に乗ることにした。純粋に如月自身に興味があったからだ。

 鬼頭氏とのつながりを始め、彼の背景には奥深いものが潜んでいるように感じる。春人からも彼の話を聞いていて、彼も春人と同じ系統の能力者ということも知っている。

 そんな謎の多い如月が、煩わしい里の詮索から逃れたのにも関わらず、こうして出向いてきた理由を知りたかった。


「春人が佳子と付き合っていたのは、一上家の情報収集するためだったと、大橋里香さんから佳子は聞いたらしい。 だから、彼女は彼と別れたらしいんだけど、その真偽を俺は確かめにきたんだ」


 慶三郎は如月の台詞を耳にして驚いた。事実とは異なる内容で、今回の内偵の話が佳子に伝わってしまったことに。そのため、佳子は春人に騙されたと思い込んでしまい、激怒して義弟と別れたのだ。

 そして、如月は佳子のために、遠路遥々里まで足を運んできた。

 大橋が何を佳子に話したのか、慶三郎は詳細を問い詰めたくなったが、ここは先に誤解を解こうと頭を働かせた。


「それは少し誤解があります。確かにうちがお見合いを受けたのは、一上家の内情を探る意図がありました。ですが、春人が彼女と付き合うようになったのは、彼が彼女に純粋に好意を寄せていたからです。それに、彼は途中で私に事情を話してくれて、内偵を辞めています」


「へー、そうなんだ。でも、春人は佳子のことを好きでも何でもなかったと、聞いたみたいなんだよね。ねぇ、里香さん、そうですよね?」


 如月に突然話を振られた大橋は目を見開いて、驚愕の表情を浮かべる。それから大橋は慌てて手を横に振って、それは違うと弁解を始めた。


「あたし、そんなこと言ってませんよ! 確かにハルがスパイのために彼女に近づいたとは言いましたけど。彼女ったら、そんな風に思い込んでしまったんですね……」


 それは彼女の誤解です、と大橋は堂々と如月の目を見て答えていたので、慶三郎の目には彼女が嘘をついているように見えなかった。

 そんな大橋に対して、如月は微笑を浮かべながら、殊更に魅惑的な視線を彼女に向ける。すると、彼女は瞬時に彼に見惚れて、気の抜けた顔になった。


「俺はね、本当のことが知りたいんだ。大橋里香さん、佳子に言った言葉を正直に話してもらえるかな?」


 如月の双眸は大橋の瞳に真っ直ぐ注がれて、それを彼女は真っ向から受けていた。

 大橋は頬を赤らめながら、嬉しそうに小さく頷いた。ところが、その彼女の目つきは今までとは異なって、明らかに虚ろになっており、いつもの大橋と様子が違っていることに慶三郎は気付いた。

 大橋に何が起こったのかと、慶三郎が不安になり、彼女に対して声を掛けようとした矢先、如月の僅かに持ち上げた手が、慶三郎の動きを制止させた。

 その理由を求めて、慶三郎が如月の方を見ると、彼の射るような鋭い視線とぶつかった。


『今は邪魔をするな――』


 如月の目は、言葉に出さずとも、そう雄弁に語っていた。


「あたし、如月さんが言った通りに、彼女に言ってやったんですよ。ハルはスパイのためにあんたと嫌々付き合っていたって」


 大橋から吐き出される台詞に、慶三郎は自分の耳を疑う。彼女は夢心地のような上機嫌な様子で、慶三郎がすぐ側にいるのを忘れているようだった。慶三郎が驚いて彼女を凝視しているのに、全く気付いていないのか、視線が合うことはなかった。


「ハルはあたしのものになるはずだったのに、犯罪者がいい気になっているのが、ムカついたんですよ。ハルの仕事を終わるまでは、邪魔しちゃいけないと思ってあたしもただの親戚の振りをしていたけど、あの女が布施さんから逃げ切ったせいで、あたしも堪忍袋の緒が切れたんです。あの女が裁かれたら、せっかくハルが手に入ると思っていたのに!」


 目の前にいる大橋は、慶三郎の知る大橋ではなく、まるで別人のようだった。

 明るく、素直で、礼儀正しく優しい子。大橋に対して、慶三郎はそんな良い印象しか持っていなかった。

 一体、何が彼女を変えたのか――。恐らく、この如月の仕業に違いなかったが、異能者の彼は大橋に何をしたのか、慶三郎は間近にいたのにも関わらず、何も気付けなかった。

 ただ単に如月は大橋に対して”正直に話して欲しい”と言っただけだ。


 予め大橋の発言を予測していたのだろうか、如月は動じることも無く、和やかな態度のまま彼は口を挟まず、小さく頷きながら黙って耳を傾けていた。


「それは残念だったね。春人の恋人になれなくて」


 如月はそう同情的に相槌を打つ。

 優雅な微笑を相変わらず浮かべていたが、目が笑っていないのは明らかだった。

 ただでさえ目つきが怪しい大橋は、自分の話に夢中になっているようで、周囲の人間の様子には無関心だった。


「ええ、本当に。伯父さんたちに気に入られて、あともう少しで上手くところだったのに、あの女のせいで何もかも台無しになっちゃたんです!」


 大橋は心底悔しそうだった。そんな彼女を慶三郎は言葉なく見つめていた。

 人が変わったような大橋の言動が、彼女の本心なのか判断できなかった。慶三郎の記憶にある、好ましい大橋の姿が、今の彼女を受け入れるのを拒むようだった。

 ただ、如月が来る前に慶三郎が感じた、大橋に対する違和感がこれだとしたら、彼女は負の感情を巧妙に隠していたことになる。


 内心混乱の極みにいた慶三郎を放って置いて、如月は着々と聞き取りを続けていた。


「仕事とは関係なく、春人は本当に佳子のことが好きだって知らなかったの?」


「以前、ハルがあたしに対して彼女のことを本気で好きだって説明してくれたけど、それは嘘だってあたし思っていたんです。あのハルがお世話になった家族以外に特別な感情を持つなんて、全然信じられない話だし、そもそも伯父さんからハルがスパイの仕事をしているって聞いていたから、彼はあたしにも嘘をついているんだって。そう思っていたんですけど、取り調べの時、あのハルが花とか持って来たり、おかずを差し入れしたり、すごく気を遣っているというか、親切にしていたのには驚いて、本気なのかなって思うようになったけど、きっとあの女の地味な見た目に騙されて、同情してしまったんですね。あの女がますますいい気になったら不味いと思って、差し入れはこっそり捨てておきましたけど」


(春人の差し入れを捨てた――?)


 慶三郎は思わず声が出そうになったが、自分が口を出した瞬間に、大橋に掛けられた魔法のようなものが解けてしまう気がして、何とか堪えた。

 如月の望んだものを最後まで見届けたかったのもあり、この状態の大橋がさらに何を話すのか、慶三郎は興味があった。


「里香さんはどうして春人と付き合いたいと思ったの?」


「そもそも、最初は付き合いたいとまでは思ってなかったんです。でも、ハルってばお祭りで優勝したから女子の間で人気になったんですよ。怖いとか、何考えているのか分からないとか言っていた連中が、ハルの実力を見て、有望株だっていきなり注目するようになって。うちのお母さんはハルとあたしをいつも比較して叱るから、それが嫌でハルを避けていたんだけど、今までハルと関わろうとしなかった里の女子たちがハルに話しかけるのを見て、自分の気持ちに気付いたというか」


 言いながら、大橋は少し恥ずかしそうに笑みを浮かべる。


「ハルが独りでいて、あたしにとってそれが当たり前で、ハルが誰かを受け入れて、側に置くなんて想像もしてななかったんです。でも、ハルも子供じゃないんだし、年頃の男の人だから、女の子に興味ぐらい持ちますよね? それで、ハルに話しかける女の子たちと適当に付き合いだしたらどうしようって、焦ったんです。あたしの方がハルのこと沢山知っているのに、あたしの方が親戚でハルに近いのに、他の女がハルと仲良くするのが面白くなかったんです。うちの親は凄くハルのことを褒めていたし、ハルは役場に就職が決まって里での将来が安泰だから、あたしがハルと付き合えばいいんだって、考え直したんです」


「そうなんだ」


 如月は大橋に対する質問が全て終わったのか、笑みを消して興味がなさそうに適当に答えていたが、大橋はその様子に気付いていない。


「でも、伯父さん達を味方につければ簡単にうまくいくと思っていたのに、全然うまくいかなくって。やっとあの女との関係も終わって喜んでいたのに、ハルってばまた会いに行っちゃうし、何で思う通りにならないんだろう! あたしより不細工な女に、ハルが好きになるなんて、有り得ない!」


「色々と話してくれてありがとう。もう訊きたい事はないから、家に帰ってもらっていいかな? これから俺はこの人と二人きりで話すから」


 如月は大橋の熱弁を打ち切るかのように、冷たく口を挟んだ。

 すると、大橋は今までの異常な様子が嘘のように、いきなり正気に戻ったように見えた。彼女の目に力が戻って意思が明瞭になっているのが分かる。

 初めはきょとんとしていた大橋の表情だったが、だんだんと困惑したものへと変化していく。

 大橋は状況を掴み切れていないのか、如月と慶三郎を交互に見て、助けを求めるような顔つきになる。ところが、すぐに先程までの会話を思い出したのか、見る間に彼女の顔から血の気が無くなり、顔を歪めて泣きそうになった。


「あ、あたし……、あの、し、失礼します」


 震える大橋はそう呟くと、逃げるように家を後にした。

 きっと彼女は二度とこの家に遊びに来ることはないだろう――。慶三郎はそんな気がした。


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