過剰な口出し
土曜日はあいにくの雨で、朝から降り続いていた。
慶三郎が自宅で家族みんなと一緒に昼食を取っていると、悪天候の中わざわざ大橋が春人の様子を窺いに訪ねて来た。
復活を果たした春人は佳子に会いに出かけていたので、あいに大橋女の目的は果たせなかったが、その代わりに先に食事を終えた父と話に夢中になっていた。
居間で賑やかに話している父たちの声は、台所の側にいる慶三郎のもとまで届いていたので、嫌でも話が聞こえていた。
春人の外出先が佳子のもとだと、会話の中で大橋は知るや否や、それを止めなかった父を責めていた。
「伯父さん、ハルをどうして止めなかったんですか!? ハルもハルだわ! あんなヒドイ女に、ハルってば、どうして会いに行ったんだろう! また傷つけられて、さらに落ち込んじゃうかもしれないのに」
「心配なのは分かるが、春人の奴、昨日まで飯も喉を通らないくらい落ち込んでいたのに、夕輝さんに彼女のことで叱られてから、何やら決意してやっと行動を始めてな。あの子なりに必死になっているみたいなんだ。里香も見守ってあげてくれないか?」
「えー、伯父さんがそんなことでどうするんですか!? 伯父さんがガツンと言えば、ハルは何でも言うことを聞くじゃないですか?」
「いやー、最近春人はそうでもないんだよ。今までは俺に従順すぎて却って心配だったんだが、あの子もやっと主体性を持つようになってな」
「でも、もしハルが彼女と仲直りしちゃったらどうするんですか!? 一上家の人間を伯父さんは嫌っていたじゃないですか!」
「あの春人が選んだ相手だし、ここは俺があれこれ口出すことじゃない。そもそも、好きにしろと言ってあるしな」
「そんな! あの性悪女からハルを守るには、伯父さんが頼りだったのに!」
「すまないな。春人が彼女を選んでいる以上、俺にはどうすることもできない」
「ハルは伯父さんに引き取られたお陰でまともな人間になったのに、身内を平気で訴えるような、ヒドイ女に騙されたせいで、ハルは余計な苦労して、きっとボロボロになって駄目になっちゃいますよ? あたし、あのハルがストレスに耐えられると思えなくて。家族である伯父さんたちが何とかしないと、ハルがまたおかしくなっちゃうかも……」
「しかし……」
大橋の言い分に父が戸惑っている。彼女は春人に関して、踏み込み過ぎた発言をしているからだ。
「伯父さん、今のうちに彼女に電話して、邪魔すればいいんじゃないですか?」
「な、何を言っているんだ、里香。俺はそんなことする気はないぞ。ちょっと外に出るから、後は好きにしていってくれ」
「あ、伯父さん!」
聞こえて来た父の言葉遣いから、色々と過剰に口出しをする大橋を父が疎ましく感じ始めたのは明らかだった。
少し急いだような足音を響かせて、父が居間から廊下へと出て来ると、そのまま玄関へと向かって外へと出て行った。
しばらくして、大橋が居間から気まずそうに出てきて、台所にいた慶三郎たちのもとへとやってきた。
慶三郎たちは食事を終えていたので、食卓の上は既に片付けられて、食後のお茶を楽しんでいる最中だった。陽菜は慶三郎の膝の上に座っていて、夕輝は立って台所仕事をしていた。
大橋は空いている席に座りながら、「伯父さんに逃げられちゃった」と誤魔化しの笑みを浮かべていた。夕輝が里香の分までお茶を淹れて、彼女の前の食卓の上にマグカップを置いていた。
「里香ちゃん、さっきの親父との会話が聞こえて来たけど、うちは春人の件に関して、見守ることに決めたんだ。 色々と心配なのは分かるけど、それを理由に口や手を出すのは、春人にとって余計なお世話になってしまうよ」
「えー、だってぇ、いくら何でも一上佳子はハルの相手には駄目だと思って! 慶三郎さんにも話したじゃないですか。あたし、あの人に酷い事を言われたって。ハルの前で猫かぶるような人、全然相応しくないと思います!」
大橋は慶三郎の話に耳を貸す気がなく、完全に現状に不満げな様子である。その彼女の態度から、こちらが何を言っても無駄な気がしたが、少しでも考えを改めて貰おうと、慶三郎が持つ佳子に対する所懐を述べることにした。
「俺も一上佳子さんに会って話したことがあるけど、真面目に対応してくれて、里香ちゃんの言うように、性格は悪く感じなかったんだ。それに布施から聞いた話なんだが、取り調べで精神的に追い詰められると、隠していた人格が露わになることが多いらしいんだけど、彼女の場合は特に問題はなかったらしいよ」
「えっ、そうしたら、あたしにだけ意地悪したんですね、あの人。きっとハルの幼馴染で仲がいいから、あたしの存在が面白くなかったのかな?」
「さあ、どうだろう? 彼女からの話を聞いてみたら、何か誤解があったのかもしれないよ?」
「慶三郎さん、あたしの言うこと疑ってます? 折角、頼りにしていたのにぃ~!」
大橋は剥れたように唇を尖らせて抗議を続けていた。終わりが見えない遣り取りになりそうで、慶三郎は父が早々に逃げた理由が良く分かった気がした。
そもそも大橋が佳子に口を滑らせたのが、今回の騒ぎの発端になったということを、完全に忘れたような態度は如何なものだろうかと慶三郎は考えるようになっていた。
春人が佳子との復縁を応援するどころか、反対している大橋の今の言動は、佳子のお世話係を申し出てくれた時の心掛けから大きく懸け離れている。
直接佳子に会って、その人柄が好ましく思えなくても、大橋の過失のせいで恋人の仲に亀裂が生じたのならば、元通りになるように少しは気を配るものではないか。あの時の健気な大橋とは、同じ人物と思えない。
慶三郎が大橋を不審に感じ始めた時、来訪者を告げる玄関の呼び鈴の音が家の中に響いた。
夕輝が台所仕事を中断して、対応のために玄関へと向かう。
慶三郎のもとまで訪問してきた若い男性の声が聞こえて来た。夕輝と何か話していたと思ったら、彼女が足早に慶三郎のもとへと向かってきた。
「慶三郎様、如月さんという一上佳子さんのご友人と名乗られる方がお見えになっています。何でも、お話があるとかで」
夕輝の口から出て来た”如月”という名に、慶三郎は心底仰天して、思わず「本当か?」と再確認してしまった。




